エノカマの旅の途中

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「西郷どん」~第四回

調所を死に追いやられて、久光は斉彬派の粛清を開始します。
お由羅を化け物のように書いた瓦阪ってのも実際にあったんですかね。
久光に処分の再考を訴えるも「おいに言われてもどけんもできん」
のちに久光は彼ら精忠組を自らの政権基盤に入れていくけど、この今回のキャラでどうやって描くんでしょうかね。

沢村一樹の赤山さんが今回で終わりなのも寂しいです。まあ今回は明治時代まで行かないとダメですしね。
実は最近まで後の家老・桂久武が赤山靱負の実弟ってのは知らなかった。
それもあってか久武は西南戦争で最後まで西郷さんと運命を共にすることになるけど、その背景も次回以降に期待したいです。
赤山は彼らの門下に「それぞれ意見は違うだろうが、切磋琢磨して進め」とした言葉、唐いもと焼酎での最後でした。


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by enokama | 2018-01-29 12:19 | ドラマ感想 | Comments(0)

「西郷どん」~第三回

オープニングの熊吉のシーンは微笑ましくって・・・
今回は斉興の悪政を指摘して、新たに世子の斉彬擁立に動く西郷らの動きが中心でした。
それに対して斉彬が一方的に善政だったという比較も実際にはどうだったかなってことらしいですが
農民も苦しい、武士も苦しい・・・そして商人が金を持っていて、土下座してまで借金をしなければならない。
前回の感想でも書いたけど、生活苦による逃散、脱藩、各地でもあったと伝わります。

当時は子供が生まれても、今みたいに確実にしっかりと成人まで育つってことは難しかったことで、何十人と産んでも半分ぐらいしか子供が残らなかった。
斉彬の子も娘何人かだけが成長したのみで、お由羅の「呪詛」ではないかと呪い人形まで細かいシーンがありました。
半次郎が思ったより早く出てきましたね。まだ可愛らしい表情の子でしたが、奇声や剣はよく出来てましたね。

斉彬が阿部に密貿易を告白したことで、調所が窮地に「許せ」とケン斉彬は「日本国」と言う言葉で諭します。
このあたりの雪の降る背景で竜雷太さんとのやり取りも重厚感ありました。
「死なせとうなかった」藩主の関与を否定し、すべては自分の一存。
立派な武士らしい最後だったと言えるかもしれません。

最後のゆかりの地紹介で、異国との密貿易の場所が山川だったことは知りませんでした。
調所の銅像も天保山公園にあるんですね。

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by enokama | 2018-01-27 00:11 | ドラマ感想 | Comments(0)
天保山の歴史についてはこちらが詳しい。

(以下は2017年の大阪歴史博物館「安治川と天保山」パンフレット参照)
江戸時代に河村瑞賢の手により安治川が開削され流路が開かれて(1684年)安治川口と呼ばれた付近には港が開かれた。
しかしこのような地形では、河川上流からの土砂の堆積がどうしても進んでしまい、水深が浅くなってしまい入船に支障をきたし、洪水の原因ともなってしまうので定期的に川底の浚渫が必要となってくる。
天保年間にも大規模な「御救大浚」と呼ばれる浚渫(二年・1861)が行われたが、大坂の町衆や株仲間の単位に大勢の人びとが揃いの衣装に鉦太鼓を打ち鳴らしてのお祭り騒ぎでもあったという。
その作業は小舟に乗り、鋤簾と言う道具を使って川底の土砂をすくい上げると言うシンプルなものであった。
その時に取られた土砂が積み重ねられて、翌天保三年には標高20m・周囲200mの山ができ、周辺2kmの埋め立て地ができた。
この山は海から安治川への目印ともなったので「目印山」と呼ばれ、のちに天保山と呼ばれるようになった。
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山には眺望を楽しむために茶屋等も作られ一大行楽地ともなったが、嘉永七年(1854)天保山沖へのプチャーチンのロシア船侵入もあって、元治元年(1864)に台場の建設が始まり(慶応二年・1866に完成)天保山の土砂も削られ標高もどんどん低くなってしまった。


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by enokama | 2018-01-20 22:27 | 大坂発見 | Comments(0)
岩倉具視展後期の展示解説があると教えていただいたので、今季の「京の冬の旅」も特別公開が始まっていることもあり、出町柳から歩いて行ってきました。

まずは出町柳駅にほど近い常林寺
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普段から庭には入れて「萩の寺」として秋にはきれいに見られるとのこと
今回は非公開の本堂、書院に入ります。


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by enokama | 2018-01-17 22:48 | 私の好きな京都 | Comments(0)

「西郷どん」第二回

今回は華やかさのない地味な回で最近の大河に見られるような数字を求められるなら、一般人の評価ってどうなんだろうかなと思うんですが、やはり二十代に農政の実務をしていた経験ってのは重要ですからね。なかなか深いとこもあったんじゃないかと思います。

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by enokama | 2018-01-15 22:38 | ドラマ感想 | Comments(0)

「西郷どん」第一回

久しぶりにこのカテゴリを復活させて、今年の大河の感想を書いていければと思っています。
続くかどうかは内容次第ではありますがね。
まだ未見なんですが今回は原作があるので、そのベースがあるのならドラマだし堅苦しいことは言わないでおこうとは思いますが
西郷や薩摩藩での実際に起こった出来事をうまく取り入れられたらうれしいし、この年末年始に放送のあったかつての「年末時代劇」はその史実に沿った映像と言うのが強烈な印象で残っているってことも、名作と言われる所以であるので期待したいです。

ドラマとしては今までも書いてきたけど、フィクションの部分も含めて「あさが来た」の五代友厚や「新選組」スピンオフの榎本武揚が一番良かった。
大河ドラマは実際の興味とは全く逆で最近の幕末モノでは「八重の桜」が60点で一番よくって、「龍馬伝」は30点で「花燃ゆ」10点てところですね。
低評価なのは史実にあった出来事を映像化してみたいところが全く取り上げられずに、反面でフィクションの部分がつまらない部分でしょうか。


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by enokama | 2018-01-12 06:34 | ドラマ感想 | Comments(0)
ちょっと正月から話題になっていた記事だけど→こちら(福井新聞)

まあ、あくまで初夢(仮定)の記事で福井の方が喜べたらいいやと取る人もいるかもしれないけど
「坂本龍馬研究の第一人者」とされている方で、例の新書簡で年末にドラマ(あくまでフィクション)の原案を作られたようですが、おそらくここ数年の「越前藩で大河ドラマを」の流れが今の動きになっているのだろうけど、なんか無理くり坂本龍馬であれば多少のフィクション(イメージ)でいいだろうと作ってるように感じる部分も気になるんですよね。
この文からするとこの方は当時の通史で例えば薩摩・慶喜あたりには通じていないってことがちょっと感じられるし、二つ前の記事にも少し書いたけど、鳥羽伏見の戦いが起こらずに薩摩藩強硬派の大久保・西郷が退けられて、慶喜が議定の筆頭になったとする(こうなったらこうなったで会桑の処遇も紛糾してそうだが)
これも仮定にすぎないけど何かの責任問題ができて慶喜が転けてしまったら、やはり例えば小松帯刀(龍馬自身は小松を首相格にと思っていたことは十分考えられる)をもってでもそのころの経緯から薩摩から代表は出せないだろうし、その時は春嶽の出番がある可能性はきたのかなとは思います。
また慶応三年十二月あたりは「公議派」が実を結ばなかったことで知られることは無くなったけど、中根雪江は結構大事な仕事をしてるのですが(年齢がもっと若くって後藤ぐらいの年だったら、十分新政府に出仕して参議にもなれたかもしれない)ある程度の役目は回ったかもしれない。

歴史に「もしも」はないが、龍馬が暗殺されず、春嶽が国のかじ取りを行っていれば、武力ではなく、話し合いで物事を決する国家ができていたかもしれない。戊辰戦争から日清、日露、太平洋戦争へと続く「戦争の70年」に突入しなかった可能性があるように思う。少々、想像を膨らませすぎたが、大国が覇権を争う現在の世界情勢や日本が置かれた立場を顧みるとき、龍馬の新国家構想に立ち返ることは意義がある。

問題はこの最後の四行が引っ掛かりまして、龍馬が大人物になりすぎですね。
藩単位であったり、江戸からも幕府軍も出兵してきているのに龍馬がそれらを抑えて「言論」で解決なんてできるんですか。
大政奉還に反対する会桑や幕軍、薩摩の強硬派や上洛を目指す長州軍や芸州軍と有力諸侯を差し置いて、どうやって話し合える。
大政奉還は龍馬の手柄を後藤が取ったとか言うくだらない意見も、後藤の実行力を軽視しすぎだし「龍馬の存在だけで当時の政局が回った」とかありえん。
個人が動くだけで何が成るのだ、それができるのは将軍ぐらいで鳥羽伏見の戦いも慶喜がある意味、想像以上の行動を起こしたおかげで収束に向かったのですよ。
何度も書いてきましたが、当時の世界史では黒船来航にしろ、ロシアの南下にしろ、清における列強の勢力争いも当然「兵力」をバックに外交を行うんです。ある意味、現代の中国もそういう考えでしょう。
明治以降も国を富まして、徴兵制も取り軍事力を整備することでようやく「条約改正」と言った列強と対抗できるようになった。例えば軍艦の隻数あたりで兵力を以ての抑止力だったり、時期に応じたお互いの軍縮ってのもあったのです。
なんだか、これだけの文章で明治以降をくくってほしくはないのです。


>本題に入りますが
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by enokama | 2018-01-10 07:43 | 歴史全般 | Comments(0)
こちらは新年入ってからのBSでの磯田さんの二時間特番で幕末の薩摩藩を特集してました。
最初に言いたいのは「英雄たちの選択」と言う番組はあくまでも磯田氏ありきの番組だってこと。
歴史のターニングポイントに「ここで選択する」番組てのも今回本人の要望だったと言ってたし、中野信子さんや今回出ていた投資家の方みたいに見る方からしたら「部外者」って言う意見も散見されますが、プライベートでも仲の良い言ってみれば異業種の方をパネラーで入れるのも磯田氏のポリシーなんだろう。
別に歴史オタや自称研究家って人向けだけでは範囲も狭くなってしまうことだし、いろんな表現で歴史を紹介する番組は「皆さまのNHK」であるし、番組を立ち上げる時も民放と違ってパイロット版を何度か放送した上で「歴史秘話ヒストリア」もできたりしたわけだから、その辺はわりきって見たらいいんじゃないかと思う。



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by enokama | 2018-01-08 06:54 | 歴史連載 | Comments(0)
ブログの方は本年最初の更新となります。
画像の多いものはSNSの方が更新が楽なもので移行していってますので、またフォローだけでもできますのでそちらもご覧ください。

年末年始はかつての年末時代劇も完全に見たし(五稜郭は感じなかったのですが、白虎隊と田原坂はカットも多かったようですが)歴史番組も結構な数があったので、正月は普通に仕事でもありましたので録っていたものを順次見て行ってます。



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by enokama | 2018-01-07 12:10 | 歴史連載 | Comments(0)