エノカマの旅の途中

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カテゴリ:歴史連載( 76 )

ここここからの続きです)
前にもレポしてますので、今日は補完の内容になります。
十七烈士墓のレポは、今回は天気が悪く写真を撮っていないので
前回記事に追記をしてます。

離宮八幡宮(→関連記事
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元々はこちらが「石清水八幡宮」の始まりでした。。。
しっかり証しが残ってるんですね!
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こちらも禁門の変で、長州藩の陣となったので大半の社域が焼かれてしまいましたが
二つある門は、当時の物が残っています!

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by enokama | 2011-03-05 23:13 | 歴史連載 | Comments(0)
今回のブラタモリは面白かったな~
中々新作が出てこないんだけど、出てきたら中身が濃いです!
特に当時の公衆便所の落書きって、腹抱えて笑ってしまった。。。
ぜひ、見逃した方は再放送をチェックしてください!

少し経ちましたが2月12日に再び、霊山歴史館の行事で
天王山に登ってきました。
前日は大阪に久しぶりに積雪があったそうですが、無事に行くことができました!

まず、集合の前に高槻城跡に行ってきましたんで
そのレポから・・・

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by enokama | 2011-03-04 23:56 | 歴史連載 | Comments(0)
天王山を登る

最初はこの地域らしい竹藪(江戸初期は松の山だったそう)少し急です!
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でも足が慣れたころには緩やかになりますんで、がんばってください。。。


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by enokama | 2010-12-02 23:56 | 歴史連載 | Comments(2)
11月21日。大山崎町歴史資料館の企画で、天王山に登って来ました。

戦国時代は、豊臣秀吉と明智光秀の「山崎合戦」の地。
そして幕末には「禁門の変」で、長州側に付いた真木和泉らの終焉の地であり
三河川が合流し淀川となり、京と大坂の境にあるこの地は、歴史的にも重要な場所であります!
今回は「幕末維新期の大山崎」がテーマで、主に禁門の変を中心とした散策をしてきました。。。


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by enokama | 2010-12-01 23:10 | 歴史連載 | Comments(0)
佐賀城・西の濠
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天守台など一部を除いて土塁作りで、全体に平坦な作りの城郭。
その代わり四方(東の濠は埋め立てられた)の濠は幅広く広い池のようだ。

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by enokama | 2009-09-24 23:27 | 歴史連載 | Comments(0)
五月の各地の史跡めぐり、あと1シリーズお付き合いください!
(前回の下関編、全体に加筆しましたので再度ご覧いただけたらうれしいです)

この佐賀散策は行程の都合上、1時間40分ほどでレンタサイクルで回ってきました。。。
佐賀城本丸歴史館や大隈重信記念館なども、じっくり見学したかったんですが
今回は石碑や町並みと言った城下町の散策を中心に行ってきました!
説明はまだ佐賀は勉強不足なんで(苦笑)画像の看板の説明書きも合わせてごらんください!

神野公園(市街地の西北。歩いたら佐賀駅から30分ぐらいかかりそうで、バスも不便)
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江藤新平のゆかりの地と墓所>>
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by enokama | 2009-09-15 23:42 | 歴史連載 | Comments(0)
今回、鞆に絶対行きたいとは最初考えてなくって、候補の一つにはしていたんですが
日程的に山口だけに絞った方が楽かなとも思って
袖解橋や湯田、鋳銭司あたりに行こうと(所さんの本墓もあるし・・・)決めかけていたんですが
「山口の史跡はずっと残るだろうけど、鞆は早いうちに行ける時に行っておいた方がいい」
ともいろんな方にアドバイスもいただいて、鞆に行くことにしました。
(結果的に今年の間に行けて、本当によかった)

鞆のメインストリート
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散策にはいい町だなと見えます。
整備された宿場町とかだったら車の乗り入れができなかったり、電柱もなかったりするんですが
ただし、こちらの道には車がたくさん通ります。一方通行にもなってません・・・(離合も困難)
そう、観光するのだったらバイパスさえ整備されていれば、そちらに生活車両が流れるので
安心してゆったり散策できるものです。
しかし、ここには今も住民の生活が残ってます。「○○家住宅」って他の地区だったら、観光用に
改装して見せたりするものですが、残っている江戸・明治期の住宅も、まだその多くが現役なのです。
メインストリートでさえ、この道幅にすぎず、江戸時代の古地図がまだすっぽりあてはまります。
それが「鞆」と言う港町です・・・
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by enokama | 2009-06-25 21:39 | 歴史連載 | Comments(4)
鞆は寛文12年(1862)に河村瑞賢が西周り航路を整備してから、北前船などの商船も立寄るようになり
商家が立ち並び、隆盛をきわめた。
(庄内・酒田に銅像があったように、河村瑞賢と言う人は江戸時代の港には必ず話が出てきますね。
また、機会があれば調べたいです)
また、鎖国の時代の「朝鮮通信使」「長崎・オランダ商館長の江戸参府」も必ず、ここに立ち寄り
海外の文化も入ってきた。

福禅寺(向こうに見えるのも、古刹の円福寺)
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by enokama | 2009-06-24 21:33 | 歴史連載 | Comments(5)
5月28日(木)
新大阪6:50発のひかりで、福山には8時に到着。
目的は、かつて賑わいを見せた港町・鞆の浦で
往時は潮待ち・風待ち(潮の流れが変わる地点であり、満ち引きのタイミングを利用して船は航行していたため)
の地として、必ず瀬戸内を航行する船舶は停泊し、商家が軒を連ね、独特の天然の円形港湾にはかつての
常夜燈・雁木・波止場と言った当時の港湾施設等が、今も手付かずで残っています!

最近は「坂本龍馬・いろは丸談判場所」として
ガイドブックには必ず載るほどの龍馬のゆかりの場所として知られ、その関連の住宅・寺院は
ほぼ当時そのままの姿で残っている場所であります。
また中世には、政治の地となっていた時期があり(福山に移るまで)その流れを汲む古寺も
多数残っています。
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by enokama | 2009-06-23 23:55 | 歴史連載 | Comments(4)
歩いて楽しい龍馬通り(ブーツ像)
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>>鳴滝塾跡(シーボルト記念館)
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by enokama | 2009-06-09 23:26 | 歴史連載 | Comments(0)