エノカマの旅の途中

enokama.exblog.jp

旅と歴史と競馬のお話をします

ブログトップ

2018年 02月 02日 ( 1 )


土砂の堆積がしやすく水深に問題があり手狭となった川口から天保山周辺への築港計画で、そのシンボルと言うべき「築港大桟橋」は明治30年に着手し、明治36年に竣工した。
同時に築港大道路が開通し、その道路上には大阪市電初の路線「築港線」が伸びた。
しかし開発当初はまだ入港する船舶も少なく、大桟橋は格好の釣り場となって、市電には釣り竿置き場が設けられるほど意図に反して「レジャー」客でにぎわったという。
やがて「島」周辺の基盤整備も進み、街路や倉庫街もできた。
大阪税関も川口から移転してきて「本関庁舎」は今も築港にある。
f0010195_21512886.jpeg
のちに市電に代わって地下鉄が開通し(このあたりは地下でなく高速道路と一体となった高架線)長らく大阪港駅が終点だったが、現在はさらに延長されて高架から急激に線路は下がり、海底トンネルで南港方面へとつないでいる。
地図上で地下鉄が海底トンネルに入るあたりに海に突き出た突堤があるが、これこそがかつての「築港大桟橋」であり市電もこちらまで延びていたのである。
f0010195_21530721.jpeg
f0010195_21532483.jpeg
築港大桟橋のぎりぎりまで市電が通っている
f0010195_00402955.jpeg


もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2018-02-02 21:50 | 大坂発見 | Comments(0)