エノカマの旅の途中

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2008年 07月 25日 ( 2 )

江戸堀界隈。
緒方洪庵の師匠・中天遊です。
このころは大坂の絶頂期で商人文化も高く、教育にも力が注がれた。
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頼山陽も大阪生まれ。
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中之島の南側の川・土佐堀川の南にも「江戸堀」(現土佐堀通)があって
蔵屋敷がありました。

薩摩藩
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長州藩
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あの「七卿落ち」の際、立寄ったとありますが、実際に歩いて見ると薩邸と500mも離れて
ないんですよね・・犬猿の仲のころ、ほんまに大丈夫やったんやろうか。
この両藩の屋敷の中間点あたりに、大村益次郎が適塾の塾頭だったころの寓居跡
の碑があります。

淀屋橋に戻って船に乗ります!
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by enokama | 2008-07-25 22:19 | 大坂発見 | Comments(0)
7月20日(日)
暑い日が続きますが、今月もミクシィのコミュの方と大阪市内を散策してきました。
今回は江戸時代末期の古地図を見ながら、蔵屋敷が林立し(全国の物産のほとんどが
大阪に送られ、金に換えていた)活気のあったころの中之島周辺の風景や、幕末動乱の
舞台を思い浮かべながら歩いてまいりました。

北浜の五代像前をスタート。中之島の遊歩道は現在、京阪電車の延長工事の追い込み
(秋に開通)でほとんど通れませんが、ちょうどその延長線のあたりが一番蔵屋敷の
多かった所です(西へ向かって歩きます)
維新後、東京遷都で役目を失った屋敷群の跡地は空き地になり、大阪自体の人口も
減って活気が失われたのですが「大阪の父」とも言われた五代友厚の各種事業や
造幣局の誘致もあり、徐々に盛り返して行きました。
以下、2つの建物はそんな時代に活躍した実業家たちの寄付を元に建設されたものです!

中央公会堂(大正7年)
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寄付者の岩本栄之助は、建築途中に株相場の暴落で多大な損失を受け
完成を見ずに自殺している。
維新直後は通商会社・為替会社跡(銀行の前身)が置かれた場所。

中之島図書館(明治37年・大正11年建て増し)
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まだ現役の建物で、通常はこの正面入り口の脇から出入りする。

中之島を歩く>>
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by enokama | 2008-07-25 21:58 | 大坂発見 | Comments(1)