エノカマの旅の途中

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2008年 07月 15日 ( 1 )

生誕の地(1809年。城北・坪井)
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8歳から藩校・時習館へ。この藩校の特色は下級武士や商人であっても実力が
あれば入れることが特長・・・小楠は文武両道に秀でた優秀な生徒だった。

14歳。水道町に転居(鶴屋デパート裏)
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25歳で時習館・講堂世話役を経て、居寮長(塾長にあたる)となり、のち江戸・水戸
などへも遊学。
水戸学に傾倒し、藤田東湖・梅田雲浜と言った儒学者とも交流するが、のちに疑問
を感じ開国論や富国富民論と言った提言を行う。

35歳(1843年)改革派家老・長岡監物らと時習館の改革に取り組み、私塾も開く。
1846年に相撲町に移り「小楠堂」と名付け開く。
この「小楠堂」の時代に梁川星厳や梅田雲浜の紹介を持って、福井藩士・三寺三作が
入門(1849年10月)し福井に名声が伝わり、大阪の適塾にいた橋本左内との交流も
始まる。
しかし藩内では終始、各派の対立もあり不遇を囲い、酒席での不祥事も度々見られ
生活も困窮した。
そう言った中での人間関係など思うことがあったのだろう。
郊外の沼山津に移り、秋津川の向こうに阿蘇を遠望し四季の移ろいを感じる所
「四時軒」を開く・・・この地から、小楠の活躍が始まる!

小楠と維新群像
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福井の像はこちら
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by enokama | 2008-07-15 01:09 | 横井小楠の周辺 | Comments(2)