エノカマの旅の途中

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古地図と見比べる中之島近辺の史跡散策

7月20日(日)
暑い日が続きますが、今月もミクシィのコミュの方と大阪市内を散策してきました。
今回は江戸時代末期の古地図を見ながら、蔵屋敷が林立し(全国の物産のほとんどが
大阪に送られ、金に換えていた)活気のあったころの中之島周辺の風景や、幕末動乱の
舞台を思い浮かべながら歩いてまいりました。

北浜の五代像前をスタート。中之島の遊歩道は現在、京阪電車の延長工事の追い込み
(秋に開通)でほとんど通れませんが、ちょうどその延長線のあたりが一番蔵屋敷の
多かった所です(西へ向かって歩きます)
維新後、東京遷都で役目を失った屋敷群の跡地は空き地になり、大阪自体の人口も
減って活気が失われたのですが「大阪の父」とも言われた五代友厚の各種事業や
造幣局の誘致もあり、徐々に盛り返して行きました。
以下、2つの建物はそんな時代に活躍した実業家たちの寄付を元に建設されたものです!

中央公会堂(大正7年)
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寄付者の岩本栄之助は、建築途中に株相場の暴落で多大な損失を受け
完成を見ずに自殺している。
維新直後は通商会社・為替会社跡(銀行の前身)が置かれた場所。

中之島図書館(明治37年・大正11年建て増し)
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まだ現役の建物で、通常はこの正面入り口の脇から出入りする。



淀屋橋の由来(淀屋橋南詰)こんな碑があるとは知らなかった・・・
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堂島米市場跡(全日空ホテル南)
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その淀屋が始めた、世界初の整備された先物取引市場(大岡忠相のころに認められた)
昭和14年まであった。

渡辺橋から玉江橋にかけては大藩の屋敷も見られます(広島藩など川に面して150m
ぐらいの所も。○○藩の浜と呼ばれ直接、蔵屋敷内に船が着けられるように水路が引き
込まれていた)

中津藩蔵屋敷跡(玉江橋の新しい朝日放送前・福沢諭吉の生誕地)
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福沢の父が中津藩の大阪藩邸詰でここに生まれた。しかし1歳のころにその父が
死亡したので、ほどなく中津に帰ったため幼少時代に過ごしたことはない。
大阪へはまた、適塾で縁ができます!
碑は朝日放送の新築移転で改めて整備されたそうです。

昔の玉江橋
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四天王寺の塔(!)が見えたとか・・・
京阪の中之島駅は橋を越えて大阪国際会議場の前まで伸びるようです!
まだ、ここより西は倉庫街って感じもあって、ある意味のどかなんですが
この延長で賑わってくるでしょう。
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Commented at 2016-07-21 10:51 x
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by enokama | 2008-07-25 21:58 | 大坂発見 | Comments(1)