エノカマの旅の途中

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鳥羽伏見の戦い~下鳥羽の激戦地と埋骨地

赤池から鳥羽街道を下がると古い町並みが残っている
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小枝橋から敗走した旧幕軍は退き、淀にも近い富ノ森で俵台場を築いて夜を過ごすこととなる。





淀の納所からかつての鳥羽街道が通じていて、現在は市内から続いている千本通の南端となっています。
結構、京都市内の通りが郊外に続いたりしているものなのであります。
開戦二日目の一月四日~五日は下鳥羽が激戦地となり、五日になって官軍となった薩摩兵の攻撃に持ちこたえられなくなった旧幕軍は淀まで後退を余儀なくされた。

悲願寺に旧幕軍(東軍)の埋骨地がある
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このあたりの犠牲者も多かったようだ。

法傳寺の公開もありました
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先ほどの悲願時墓地を示す碑
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法傳寺も戊辰戦争では野戦病院のようになったそう。
展示は会津藩の刀・短銃、砲弾、戦死者名簿、不動明王や木魚も種類出されておりました。


少し歩いて丹波橋駅の西方にも東軍埋骨地がある
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こちらにも榎本武揚の碑があった。

鳥羽伏見の戦い(鳥羽街道)→その1その2その3
鳥羽伏見の戦い(淀)→その1その2その3

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by enokama | 2018-06-08 17:58 | 私の好きな京都 | Comments(0)