エノカマの旅の途中

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水戸城址

水戸城は東日本に多い空堀と土塁の簡素な城であった。
藩主が基本、江戸定府であるという事情もあったようだ。
西側から弘道館のあった三の丸(茨城県三の丸庁舎等官公庁街)、二の丸(水戸三高他)、本丸(水戸一高)と空堀を挟んで構成されている。
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三の丸の西には空堀が残っている
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三の丸と二の丸の間の空堀は道路
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二の丸の入り口にはかつて大手門があったが、現在は復元工事中
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二の丸の土塁
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二の丸が江戸時代の政庁の中心だった。
「大日本史」の編纂が行われた彰考館も長くこの場所にあった。
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水戸城には天守はなかったが、そのシンボル的存在の三階櫓が二の丸に昭和まで残っていた。残念ながら空襲で焼けてしまった
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二の丸と本丸の間の空堀には線路が走っている
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本丸跡の水戸一高には薬医門が残されている。
ちょうど通学時間で生徒が多くって撮れなかった・・・(私服が多いなと思ってたら、こちらには制服がない)


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by enokama | 2018-04-20 18:16 | 歴史連載 | Comments(0)