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エノカマの旅の途中

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桑名の城下町

最近の家近良樹さんを中心とする研究もあって、幕末における京都での孝明天皇・朝彦親王から信任を得て
のち将軍になった慶喜周辺の幕府勢力を「一会桑」と呼ばれることが広まってきました。
その一翼で京都所司代を務めた桑名藩の幕末を紹介する「幕末維新と桑名藩」~一会桑の軌跡~と言う展示があり、初めて桑名に行ってきました!

名古屋から電車に乗って、木曽三川の揖斐川を渡り切ったところが桑名で駅東の揖斐川左岸あたりまでに城下町が広がっておりました。
最初に行ったのが譜代藩の城下町に似つかわないような島津家の家紋であります。

海蔵寺→HP

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宝暦治水に関わり難工事もあって多くの犠牲を出した薩摩藩士の墓があり、こちらにも平田靱負の墓があります。
今もこのように顕彰されていることはうれしく思います!
(関連記事→治水神社大黒寺


七里の渡跡
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このあたりの東海道は「七里の渡し」と言う海路によって木曽三川を越え、熱田の宮との間を結んでおりました。
写真は撮れてませんが「伊勢国一の鳥居」と呼ばれる大きな鳥居があります。
ちなみに少し内陸の川を遡り佐屋宿までの「三里の渡し」と言う短いルートもあり、こちらも盛んに使われていたようです。
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このあたりは本陣・脇本陣があったあたりで今も料亭が営業されているようです。

by enokama | 2017-11-05 23:18 | 西日本諸藩 | Comments(0)