エノカマの旅の途中

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庄内旅行2013~酒田・南洲神社と亀ヶ崎城址

前回(→記事)も寄らせていただきましたが
今回は事前にアポを取って、荘内南洲会(→HP)の皆さんに実際にお話をお伺いして、展示物も見せていただきました。
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こちらにも鹿児島武村の西郷邸跡(→こちら)と同様の銅像があります。
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神社に隣接する会館で展示は、いろいろと見せていただきましたが「すごい!」の一言であります。
蔵書も薩摩関係あたりは、わざわざ遠く鹿児島まで赴くこともないぐらいに揃っていました。
薩摩との交流は今も盛んで、お互いの来訪も頻繁にされています。
ちなみに去年、長府博物館で行われた「龍馬・慎太郎のキセキ」展での長府藩士・三吉慎蔵から
西郷さんに送られた赤間硯は、こちらで所蔵されているものであります。
沖永良部の土持家子孫に伝えられてきた西郷ゆかりの品々が近年手放さざるをえず散逸しかけた時に、庄内でまとめて引き取られた経緯があってこちらにあるわけです。
長府の館長さんも貸出・返却のさいに来られて、その際にこちらで講演もされたと言うことです。

あと書籍もいろいろありまして「天保おすわり一件」と、江戸時代中期の藩政改革成功時のエピソード
「名君忠徳公」の本も買ってきました(おそらく一般では手に入りにくいと思う)
このあたりの事項については、庄内藩共著本「七星旗 白雲の間を動く」での僕のパートでもあって
書かせていただいたのですが、庄内藩側以外にも水野忠邦や矢部定謙のこともかなり自分自身では
調べたつもりなんだけど、もうこの本の出された昭和初期の時点で、しっかりとそのあたりの検証も
されていました。
同じようなこと書いてるなとも思ってしまったんですが・・・まあ、自分の調べ方も間違いなかったな
との確認はできました(笑)
その他にも何冊か西郷さん関係・庄内関係の冊子もいただけました。また活用していきたいです!
二時間ほどおじゃましましたが、いろいろとお話を聞けました。。。ありがとうございました!


続いて、前回は行けなかった亀ヶ崎城址にも行ってきました。
庄内藩酒井家は「譜代中の譜代」でもあって「一国一城」の例外を受けて、この港町・酒田にも城がありました。
(最上氏の時代ですが鶴ヶ岡城と「鶴・亀」で縁起がいいと言うことで名付けられた)
ただ歴代の「酒田城代」を見てたら、やはり各時代の藩政での権力競争に負けた家老らが
左遷されるような意味合いもあったようです。

今の酒田東高校(亀ヶ崎町)の敷地にあたる
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校舎の西側に一列の土塁が残っている
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あと、知らなかったのですが高校西側(土塁の裏あたり)に隣接したところに、ワッパ騒動の指導者のひとりで
明治の庄内での自由民権の指導者でもあった森藤右衛門の碑がありました。
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平成24年、ほんと最近ですね。

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by enokama | 2013-09-26 22:37 | 庄内藩 | Comments(0)