エノカマの旅の途中

enokama.exblog.jp

旅と歴史と競馬のお話をします

ブログトップ

またも辞めたか亭主殿~小栗上野介

6月にBSでアンコール放送をしていたのをやっと見ました!
小栗上野介役が岸谷五朗で、子供のころ疱瘡だったことでの、痘痕(あばた)顔でのメイクでした(知らなかった)
奥さんが稲盛いずみで、むっちゃ「きれいかわいい」っくて惚れてしまいそうでしたが
10年前の正月ドラマの作品なんですね・・・





勝海舟(西村和彦)との対比を軸に話は進みます。
咸臨丸の勝も船酔いで使い物にならなかった話は有名だけど
ポーハタン号の小栗も同じように船酔いで使いものにならなかった所から始まります。

小栗家は夫婦のシーンが多かったんだけど、安政~万延のころで
完全に洋式の生活スタイルで、パンを食べて、コーヒーを飲んで、暖炉に火をくべてって
そんなに早くに洋風の生活ってあったのだろうかって思ってしまったけど、実際どうだったんだろう。
上野介は子宝には恵まれないものの奥さんを大事にして
まあ、名門の家系で奥さんもセレブって感じですかね。

一方、勝の一家は子供も多いし、なんか書生やら弟子やらがいっぱい居候して
そのくせ海舟自身は、家のことには構ってくれなくって、外では女を作るってことで対照的。
役職では「勝が立てば、小栗が引っ込む。小栗が立てば、勝が引っ込む」ってことで
小栗も何度も罷免となる。でもライバルだけど、いい刺激って言うかな。
「両雄並ばず」ってよりも、勝と合う人物って方が幕臣には少なかったかもしれないんですけどね。

そして、あの横須賀製鉄所の話となって、ここで親友として栗本鋤雲が登場して
多額の建設費に充てる、フランスからの円借款に協力していきます。
しかし慶応3年には滞り気味になって、栗本は渡仏します。
栗本が翌年、帰国した時期には小栗が殺された後だったかもしれません。
この慶応3年ごろだけど、横浜の貿易もかなり幕府が有利に進めて、兵庫開港も見据えて
「兵庫商会」を設立していた。主導は勘定奉行でもあった小栗なんですよね。
一方の薩摩も張り合うようにして、小松帯刀が商社構想を立てたりもしている。

いよいよ鳥羽伏見から、江戸開城に向かいますが
この慶喜が実にダメダメに描かれていたけど「錦旗には逆らえない」ってとこは、やたら強調されてました。
もちろん小栗は抗戦派で、榎本・大鳥の両人を従えて訴えて(釜さんは髷も切って完全に洋装だった)
恭順論の慶喜の逆鱗に触れる。
まあ、慶喜は京都にあって朝廷のバックアップがあってこそ、将軍に至るまでの立場であって
江戸の幕閣とは、とても相容れないものだったのかな。
「開国と攘夷」「幕府に対する、朝廷の重み」の温度差も、江戸と京都では大きかったし。

最後に権田村に去る小栗と勝の会話があって「徳川あっての日本」「諸侯一致しての日本」ってことで
やはり考えは違ってしまう(結果論的には小栗が保守的に見えてしまうんだろうけど、勝のような考えは
少数じゃなかったのだろうか)
ここで「幕府が終わっても、蔵付きの家は残る」(横須賀製鉄所)の名言が残されます。
このドラマではその建設中の製鉄所を慶喜が爆破してしまえって、言ってたようになってたけど
(くぐってたら「東下してくる新政府軍が爆破する」とかもあったけど、実情はどうだったんだろう)
あれだけ金をかけた施設にあんまりだよね。
この製鉄所の処遇も含めて、勝が西郷との交渉に臨んだとの含みもセリフ中にはありました。

そんな中、跡継ぎのいなかった小栗は又一を養子に(結果、一緒に斬首されてしまう運命になるけど)
そのタイミングで奥さんも待望の赤ちゃんを授かります(結婚19年目だって・・・)
この臨月を迎えた奥さんを、権田村から会津に送り届ける話はよく知られていますね。

権田村でのロケっぽいシーンもあったし、ラストは今も残っている横須賀のドックで
撮影が行われていたんですね・・・ここは感動的だった!

やっぱり90分ではちょっと物足らない感もあったんで、大河ドラマまでには行かなくとも
BSで10回シリーズぐらいで「幕臣から見た幕末ドラマ」ってのがあってもいいように思います!
[PR]
Commented by くるす at 2013-07-10 00:24 x
お久しぶりです!
大変興味を引かれるブログ記事でしたので、事後報告になりますが、ツイートさせて頂きました。ご都合が悪い場合はお教え下さい。https://twitter.com/kurusu_3
Commented by enokama at 2013-07-11 06:52
バナーを貼ってるんでOKですよ!
by enokama | 2013-07-06 00:13 | ドラマ感想 | Comments(2)