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エノカマの旅の途中

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中岡慎太郎の慶応3年秋~大政奉還・慶喜の決断と薩摩の動き

ここからは家近良樹著「徳川慶喜」(吉川弘文館)と
前回の桐野作人さんの講演レジュメを主に参照していきます。

家近さんの本は以前、図書館で「慶喜関連」の本を片っ端から引っ張り出して読んだ中で
(大河ドラマになったので数だけは結構あるんですよね。まあ、ドラマごとに便乗本を出すような
あの方やこの方たちも当然いるんですが 苦笑)
一番、納得できるような内容だったので実際に自分でも購入いたしました。。。
ただ家近さん自身のあとがきにあるように「慶喜の行動や考えをまとめるのが非常に難しい」のが
実情であるので、周辺人物や反対勢力の側の考えなどから調べても
人によってまとめ方や「慶喜はこんな人間」ってのは、千差万別になってくることと思います。
例えば僕が「中岡慎太郎はこんな人だ」って語ったことが3年前だったとすると
当時と今日語ることとは異なってくるのです。
同じテーマの書籍にであっても、その月日の流れと新たな発見と言うことで同じ著者であっても
変わってくるのは当然のことなのです。
まだまだ、僕自身も研究が足らないと思いますし始まったばかりですので
2011年秋現在の認識ってことで、ご理解いただければと思います!
(関連記事→こちら






大政奉還建白に対する将軍・慶喜は、その受諾を朝廷に積極的に働きかけた点
永井が土佐からの建白提出を再三催促したように、むしろ前向きに動いていたことがわかる。
これは(朝廷の下に)「朝幕一致」することによって、これからの国際化に向けた主権の一本化と
幕政にしても朝廷と連携しながら政治を行う京都政権と、従来の江戸体制との二重構造での対立・食い違い
(例が第一次征長後に江戸から出された、唐突な時代錯誤とも思える参勤交代の旧制復活の動きなど)
を解消し、一旦返上しリセットした後に、新たな枠組みを作るつもりだったと言える。

また薩摩の小松帯刀は、前年あたりから慶喜の側近・原市之進と接近し
すでに慶喜とのラインを築きあげていて
討幕の密勅が下される予定が偶然にも大政奉還の同日だったとよく書かれることだが
これはどちらの方針にも絡んでいた、小松による必然的な動きだったと推測される。

このことは前の記事でも書いたように「討幕」に対する薩摩の動きが一枚岩でなく
共に出兵に立つ長州からも疑念を持たれる状態で、即座な出兵が不可能になっていた。
そこで土佐の方針に乗り、一旦ワンクッションおいたのである。
しかし当の原は八月十四日に幕臣らによって暗殺されていた。
(指示をした黒幕は高橋泥舟、山岡鉄舟とされる)
この暗殺も、のちの慶喜の薩摩と対抗すべき動きに暗い影を落としたのではなかろうか。
「大政奉還」はこのように薩摩も慶喜も摺り合わせた上での同意であったが
慶喜の身内たるべく側から「薩土芸」によって慶喜が追いこまれたとの疑念が起き
むしろ会桑の強硬派の反発の方が大きかったのである。

十三日の小松から大久保宛ての書状には
「登営之都合思之外運二相成王政復古之義十分二相成立実二意外之事相成候」と
慶喜サイドの順調な動きを記している。
一方、十月十四日の当時の外国奉行並 朝比奈閑水の手記(他の史料にも記録あり)には
会桑の壮士が実力で阻止しようとした動きを記している。
ただ、この年の後半から慶喜らへの不信感や深刻な財政難等もあった会津は京に駐屯する兵を
引き上げる動きがあった。
しかし慶喜はその兵力を拠り所として慰留し、会津の滞在が続いていた。
大政奉還後には、尾張の徳川慶勝は実弟の容保に対し帰藩を促すが
慶喜の意向で撤退せず、逆に幕軍は薩摩兵の上洛と争うように上方へ向かっていった。
この緊張の上で、策謀計略を含めた新たな枠組みへの協議が進んで行った。

そして大政奉還後の会津の動揺を伝える書状がある。
十六日に岩倉具視から大久保へ宛てたもので
 

 会狂気ノ如く憤然是非薩邸ヲ討排段々申候由、西、小、大ノ三人有之故也、土二ハ云云、芸云云、是等ヲ  斃スへシト種々議論アル由、依予案るに明日速二帰国あるべく存候

とありこの動きは「会津藩文書」でも確認できることである。
そしてこの書状にある暗殺テロ計画を知ったこともあるかもしれないこの三人、西郷、小松、大久保は
十七日に薩摩への帰国の途につく。
大政奉還とはなったが「討幕の密勅」と言う勅命が出たという事実は
あと一歩が踏み出せない国元に対して「討幕」を視野に入れた挙兵上洛に決断を
促す意味もあったことも言えることだ。。。

京都に残った薩摩の要人は吉井幸輔、伊地知正冶。
この3人の帰国後にもその緊張を物語る出来事があり
そこに中岡慎太郎の名が出てくる。。。
by enokama | 2011-10-22 13:28 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)