エノカマの旅の途中

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品川宿~板垣退助墓所と海晏寺

鮫洲から第一京浜を北へ歩くと、古刹(建長3年・1251創建)の海晏寺(かいあんじ)と言う寺があります!
こちらには幕末の重要人物のお墓があるのです。
松平春嶽・由利公正・岩倉具視・山尾庸三・寺島宗則・児島惟謙・・・

でも、ビックネーム揃いなのに、なかなか幕末ガイドブックにも載っていない場所なんです。
その事情ははて?



地形的には第一京浜から西側(山側?)は急斜面・急坂であって
このあたりから(川崎方から)品川神社~御殿山~白金と高台が連なっています!
京急線の東側に旧東海道があって、新八ツ山橋から「品川宿ウォーク」と言うことで
立会川や大井競馬場あたりまで(鈴ヶ森刑場など)散策する人も多く、案内所も見られます。

海晏寺を入って左側、地形もあって上下何段かに分かれて墓所があります。
そのやや上の段に児島さん夫妻の墓所があります。
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旧宇和島藩士で幕末は長崎で志士活動をし
維新後は江藤新平のもと司法畑に進み、のちに数々の逸話を残すようになる名裁判官になります。
鶴ヶ岡裁判・大津事件のように、政治の圧力に屈しない「三権分立」の立役者ともなった人です!

そして段を上りきった右手に
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実は非公開のようで、外の隙間からの撮影です。
「松平茂昭」(春嶽の次代藩主・糸魚川藩から養子に入った)の名が見え、鳥居の形状から言って
越前福井藩の墓所でしょう。
一旦、寺を出て裏側(西側)にも回ってみたんですが、入れそうな(撮影できるような)
場所はありませんでした。
山内容堂の盟友ですが、お墓は全然違ってこちらは「藩の菩提寺」らしい佇まいですね!
岩倉具視墓所は完全に見えない裏の方にあるそうです。
三条実美は護国寺に、誰でもお参りできる場所にあるのにな…

こちらはあくまで「個人の墓」と言うことで非公開になっているようです。


続いて一区間だけ電車に乗って新馬場駅まで(37度の酷暑で、たまらんかったのだ)
また、第一京浜から参道を登って品川神社にお参りします!
北品川宿鎮守(目黒川を川崎方面に渡ると南品川なる)で「東京十社」の一つ。
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お参りが終わったら、本殿右奥に進んでください。
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左へ折れると中岡慎太郎の盟友・板垣退助墓所に至ります・・・
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「板垣死すとも自由は死せず」
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夫人や親族(?)などいくつかの墓があります。
このあたりの大寺院・東海寺の塔頭の一つにあった墓所が
寺の移転に伴い、墓だけが取り残されたそうです…
ちなみに板垣は亡くなった時に、たくさん借金があって(長州のあの人らとは違う 苦笑)
葬儀の時、参列者が遺族のためにカンパをしたとか。
お札にもなった人物が、ひっそり寂しいような場所に墓があるのも
板垣らしいかもしれません…

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by enokama | 2010-10-01 23:49 | 江戸散歩 | Comments(0)