エノカマの旅の途中

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「龍馬伝」第十八回~庄内の偉人

一週間遅れですが、第十八回の感想です。
いよいよ海軍操練所が大坂で立ち上がります!
場所が大坂・専称寺(よく細かいところまで)正直、名前まで知りませんでした・・・

龍馬達が操練所に行くと東北弁の講師がいます・・・
この人とは?



佐藤与之助(政養→新聞記事)庄内は遊佐(酒田の北方)の出身。実は元々農民だったんです。
しかしながら学才を認められ、三十を超えてから勝海舟門下で砲術を
長崎に行って測量・操船術を学び、塾頭として海舟の絶対的信頼を受けるようになり
庄内藩でも厚遇を受けるようになります。
幕末諸藩きっての軍事力を誇った庄内ですから、彼のような高いレベルの技術者はかなりいたでしょう。

そして、公務で忙しい師匠・海舟の代わりに、関西での海軍操練所の開設にあたって、実質的な
運営者としてまとめて行く事となります。
今回はまだ大坂の仮学校ですが、神戸での海軍操練所建設にも中心的な役割で完成させて
また当時、露船の摂海(大坂湾)侵入に伴う(→関連記事)幕府の海防強化策では、その砲台建造・設置に
関する責任者となっていて、この時代トップレベルの海軍技術者だったのです。

でも庄内弁だからなんか、柔らかくていいよね(笑)
命令でもなんかほっとするような口調で・・・実際はかなりのエリートなんだろうけど、嫌味もない。
おまえら自衛隊の勧誘かよ(笑)
与之助さんは龍馬より一回りぐらい上だけど、塾生の仇討騒ぎがあったら若い連中に交ざって
立ち会ったり、人格者でもあったようです。
龍馬はその下で若いもんをまとめたってポジションだったでしょうが、海軍操練所の閉鎖のどさくさに
まぎれて龍馬らが運営資金を持ち逃げしたり、いろいろやらかしてるんで(苦笑)
実直な与之助さんが海舟に泣きついた手紙も残ってるとか・・・
維新後も功績を残した佐藤政養。
あまり知られていないんですが、庄内の偉人です!

近藤長次郎が大和屋弥七の娘・徳といい感じでしたが、ほどなく嫁さんとなります。
神戸に移るころに与之助さんが仲人で祝言を上げたそうです。。。
それにしても酒井若菜いいよね・・・歴女枠でしょうか?(ビビる、なんで逃がしたんや・・・)
この後考えると、ちょっと辛い感じもしますけど。


将軍・家茂(菓子食い過ぎって・・・)四賢侯と京都守護職が、上洛しました。
殿様方(元職もいるけど)が会合してましたが、ほとんどが開国主義者で攘夷の無謀さは感じている。
会津の松平容保のみが、むしろ攘夷派(長州寄り)にも理解を示すって感じだったのです。
でも天皇からの指示には逆らえない。
そこで「攘夷決行」の期日が決められます・・・


容堂がいよいよ土佐勤王党の切り崩しにかかります。
ほとんどがフィクションだけど、全体の整合が妙に取れてて、こんな話もありかなと思いました・・・
平井収二郎の青蓮院宮令旨の件も、ほんとは周旋してましただけで終わる所だからね。
半平太が勝の暗殺まで以蔵に命じるのは、ちょっとやりすぎだ・・・

なぜ、容堂がこんな態度に出たのか?
実は安政の「将軍・慶喜継嗣運動」で同じように朝廷を動かして、水戸派に有利な「密勅」を出させたのに
井伊に敗北して、痛い目にあった。そして謹慎の憂目にあった。
そこで同じ過ちをしないように、国元で藩政を預かる吉田東洋は朝廷を動かして(公卿の無力さ・優柔不断を
わかっていた)攘夷を迫る無謀さを半平太に盛んに説いていた。
なのに、その忠告を蹴った上で殺されたあげく「俺様」でも失敗した朝廷工作を行い
藩論をも変えようとする・・・
青蓮院宮は容堂の意を伝えられると
「三人(収二郎・間崎哲馬・弘瀬健太)に迫られて止む無く出した・・・」
これで運命が決まってしまったわけです。

でも半平太の行動で確かに国が動こうとしたわけです。
そして憂国の士を出してまとまったことは、この後にもつながっていくわけです・・・
土佐の悲劇は逆に優秀な人材が、それぞれの階級にいて、まとまりきれなかった。
殿様一人の頭で、ほぼ動いた佐賀や「そうせい侯」でころころ変わった長州。
なかなか難しい面があったのです・・・

また、半平太が拝謁する時に容堂は花札をしながら答えてました。
確かに多くの家臣には、そんな態度も多かったみたいですが
容堂は半平太と応対する時だけは、どんな時でも正装に着替えて礼儀をわきまえて
話をしたそうです(平尾道雄さんの記述より)
一人の国士として認める部分もあったんです。
だから容堂も苦しんだし、半平太を殺してしまったことを悔いた話に伝わったりするのです。
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Commented by ゆずぽん at 2010-05-12 21:11 x
こんばんは~!ご無沙汰しておりました。
龍馬伝、ここ2・3話はかなり前のめりの姿勢で観てました(笑
18話「海軍をつくろう!」もおもしろかったですね。
龍馬が勝・武田に「先生!みんなは異国と戦おうとして海軍にきちょる!違うということを教えたい!」と迫り
勝先生は「ほっとけ!口で言ってもわからん。人は肌で
感じて変わってゆくもんだ」と諭す。
う~~ん、なるほどね。これは意味深。

青蓮院宮事件は結局、平井収二郎ひとりに集約されて
終わりましたね。
わたしとしては実は間崎哲馬をクローズアップしてほしかったかな。
だって、おもしろい人物でしたから。
宮迫さんの平井さんはいいと思いますけどね。

19話「攘夷決行」が一番グッと迫ってきました。。。
武市さんの扱いが今まではちょっと悲しかったので。
最終、龍馬との対話に胸が詰まりました。。。
Commented at 2010-05-12 21:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enokama at 2010-05-13 03:36
>ゆずぽんさん
かなり偏った、個人的思い入れの強いドラマ感想ですが(苦笑)
コメントありがとうございます!

武田勝先生なかなか、いいこと言ってるんですよね。
ただ説教じみて長くて、全部聞いてない・・・と
できの悪い生徒の気持ちになっております(笑)

土佐勤王党については間崎先生や小南さんを出してこそ
もっと深く知ることができると思うんですがね。。。
武市さんも、残るは獄中闘争になりました。
なんだが寂しいですね・・・
Commented by enokama at 2010-05-13 03:38
>鍵コメさん
どうぞ、拙文ですがよろしくお願いします。
引用文献は忘れました(すいません!)
平尾さんの本は片っ端から読んでいるもんで・・・
Commented by 庄内は遊佐(酒田の北方)の出身 at 2010-05-31 12:51 x
なるほど~~~~~~。
操練所の東北弁の講師。佐藤政養!!!でしたか!
見ていてこの人、庄内弁っぽいなぁと見ていましたが。。。
まさか佐藤政養とは。
母校の小学校には肖像画もあり、親近感のある偉人ですが龍馬にも接点があったのですね。
勉強になりました。
ありがとうございます。
Commented by enokama at 2010-06-02 06:19
>庄内は遊佐(酒田の北方)の出身さん
こんにちは!コメントありがとうございます。

庄内では与之助って言うより、やはり「政養」なんですね。
肖像画もあるんですか(銅像もあるようです)
今週末に政養さんがテーマの講演を聞きに言ってきますので
また報告させてもらいます!

庄内の話題はこちらでも度々取り上げてますんで
また、お越しください!
by enokama | 2010-05-11 23:41 | ドラマ感想 | Comments(6)