こちらに
記事を書いたのが8年ほどになるんですが、この人物はまだ命脈を保って相変わらず「歴史家」として名乗っているようであります。
今回の歴史人は八一八政変から、池田屋事件を経て禁門の変に至るくだり。
文久期の薩摩藩をやたらと佐幕派って強調しとる。対するのが尊攘派(倒幕派)で長州藩らしいが、会津も桑名も尾張も元来は尊攘派やないの。「攘夷を決行します」と朝廷に答えたのも将軍家茂そのものだし。
攘夷の手法や解釈の違いってのもあるけど、朝廷工作もあって「即時攘夷」を命じられたと解釈して、あんなバンバン実際に外国船を打ちまくるような長州藩の攘夷は国際問題にもなった。
それに対して在江戸幕閣だったり、横井小楠が顧問だった福井藩が兵を京都に出してそれを抑えようとしてうまくいかなかったのちに、薩摩藩と京都に兵力を持った会津藩が中心となって朝廷の長州側勢力を抑えたんだけど、それは孝明天皇も中川宮も承知の上のことであった。
だからこの文章はおかしすぎるでしょう。
池田屋事件については新撰組側の事情さえわかればいいってオーダーかもしれないね。
まあ目新しいこともないし、池田屋の中で亡くなった志士たちの名前が七名ぐらいあったけど、襲撃された側の事情なんてほとんどないし。
池田屋で沖田が吐血したのは本当ってことはやたらに強調してて、理由は「それを伝えた永倉新八が作り話をするわけがないから」
一回、この人物の講演聞いたけど「子母澤寛が書いていたから本当」ってレベルですわ。
客観的な見方や第三者の証言あたりもあって、違った説も出てくると思うんだけど全然説得力ないやんか。
禁門の変で長州兵を討ったのは御所に攻撃してきたからという名目。なおさら、なんで佐幕派になるねん。
「禁闕御守衛」ってのが薩摩藩にはよく出てくる大義名分なんよね。
とりあえず、こんなのでも書けるレベルでいいんだろうけど、前後の記事の研究者もいることだし
よく恥ずかしくないのかなってのが僕の思うところです。
こんな文字媒体だから、出版業界がいよいよだめになっていくのではないのかな。
坂本龍馬が倒幕派になったり、徳川を温存しようとしたとか文脈が無茶苦茶だし
「大政奉還は龍馬の発案」や後藤象二郎に授けたとか、そんなもの近年の研究で否定されてるのになんか知らんけど拘ってるしね。
成長しないね、この人。