人気ブログランキング |

エノカマの旅の途中

enokama.exblog.jp

旅と歴史と競馬のお話をします

ブログトップ

GOTOトラベルで旅行

三連休で各地に旅行に行かれている人も多いようですが
京都ではコロナ禍もあって、宿泊キャンセルも増えているってのを聞いています。

僕はこの連休は通常のシフトで回っていますが、先週の平日に久々に山陰に泊りで行ってきました。
また細かいところは記事にしていこうと思いますが
電車の往復とレンタカー、宿泊代込みで総額25000円で収まった!



もっとみる>>
# by enokama | 2020-11-21 18:26 | 添乗報告書・旅行業界 | Comments(0)
こちらの治水神社からの続きです。

関ヶ原インターから養老に向かっていくと精肉屋や焼肉店も多いんですが、祝日の翌日に行ったせいかどこも開いていない・・・
大垣から桑名(薩摩義士ゆかりの場所あり→こちら)に向かう国道258号線から少し東へ入ったところに、平田靱負が滞在した大巻の役館跡がある。
道は案内はあるけど、少しわかりにくいかもしれない。
近隣には薩摩からきた藩士らの墓所も点在するんですが(→こちら)連れて行ってもらってる立場なんであんまり無理も言えません。
平田靱負終焉の地と伝わる大巻薩摩工事役館跡_f0010195_15174959.jpg
平田靱負終焉の地と伝わる大巻薩摩工事役館跡_f0010195_15174115.jpg
(羽島市のサイトが詳しい→こちら

道はわかりにくいけど(また行けと言われてもわからんと思う)駐車場は広くって、桜島がドドンと
平田靱負終焉の地と伝わる大巻薩摩工事役館跡_f0010195_15172926.jpg


もっと見る>>
# by enokama | 2020-11-05 15:00 | 尾張三河美濃 | Comments(0)
慶応三年十二月七日に京都詰紀州藩士の三浦休太郎が海援隊士と陸援隊士に襲撃された事件。
新選組と坂本龍馬絡みの話なのでよく知られた話かもしれない。

西本願寺から堀川通を超えた東側の油小路通沿いの三浦が滞在していた天満屋旅館跡に
襲撃側で唯一亡くなった十津川郷士の中井庄五郎殉難碑が建っている。
中井庄五郎殉難碑と天満屋事件_f0010195_17154453.jpg
中井庄五郎殉難碑と天満屋事件_f0010195_17160052.jpg


もっと見る>>
# by enokama | 2020-10-30 16:55 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)
「桜田門外の変」は元々薩摩藩士から水戸藩士への働き掛けで
井伊大老ら幕閣首脳を襲撃することによって幕政を一変させる計画であった(実際に処分された一橋派が復権し、幕政改革から公武合体が進んだ)
薩摩藩では島津斉彬が急死し、実権を握っていた久光(藩主の父)はのちに「精忠組」と呼ばれるようになった激派の「突出」を抑え、当初は大久保正助(利通)らもいた薩摩藩士の参加者は有村兄弟二名のみとなって、ほぼ水戸藩出身者のみでの実行になった。
水戸藩内での「密勅返納阻止」の騒ぎの中に水戸を脱した藩士らも江戸に入って、決行は三月三日となって井伊大老は暗殺された。


大阪へ>>
# by enokama | 2020-10-20 16:32 | 大坂発見 | Comments(0)

丹波篠山の黒枝豆2020

本年も丹波篠山の黒枝豆が食べ頃になりました。

今週末の17、18日から来週いっぱいぐらいまで販売、発送をさせていただきます。
希望の方は注文数(今年はキロ800円プラス送料となります)配達時間を明記のうえでご連絡ください!
右記のメールフォームか、SNS・LINEのメッセージでおねがいします。

今年の丹波篠山の<a href=黒枝豆 2017_f0010195_13425271.jpg">

丹波篠山の黒枝豆2020_f0010195_21445733.jpeg
丹波篠山の黒枝豆2020_f0010195_21464313.jpeg


# by enokama | 2020-10-13 21:44 | 北摂丹波 | Comments(0)
高橋多一郎(愛諸・ちかゆき)は徳川斉昭の側近である御床几役に抜擢され
一旦は失脚した徳川斉昭の雪冤運動に参画し、その復権が成った後の安政二年(1855)には北郡奉行となる。
誠実な仕事ぶりは評価され、関鉄之助はこのころの部下でもあった。
のちの「桜田門外の変」でともに首謀者となる金子孫二郎もこの時期に南郡奉行を務めたが、このころ整備された郷校は当初は医学校として展開されていたものが、文武館として武場が拡充され射撃場も整備されたものとなっていた。
その教官の思想も相まって郷校はのちに天狗党の拠点として尊攘運動が農民層にも広がり、諸生党側についた農民との対立も広がった。

安政五年(1858)六月、幕府は大老となった井伊直弼の下で日米修好通商条約を未勅許で調印し、将軍継嗣問題も南紀派に決まりつつあった。
これに抗議するために江戸城に不時登城をし井伊と会談した徳川斉昭、松平慶永、徳川慶恕らは謹慎処分となり、一橋派は劣勢となっていた。
先だって当時の老中首座・堀田正睦が上洛した際に、条約に対して勅許を出さず「差し戻し」とする判断をした孝明天皇にとっても痛恨事で一時、天皇は「譲位」の意を示したほどだった。
八月には幕府寄りだった関白・九条尚忠の反対を押し切り、幕府に日米修好通商条約を撤回させるため、条約の無断調印の譴責、諸藩の協力も以て公武合体を図り、斉昭を再度幕政に関与させ、外悔の防禦を命ずる「戊午の密勅」を降勅することとなる。密勅となったのは関白九条不在の朝議で決定されたからである。
そしてこの密勅が幕府の他に水戸藩に直接降下されたことが、のちのちの問題となる。岩倉具視もすでに幕府から処分を受けた斉昭に下れば、井伊大老らの反感はさらに広がり、諸藩の協力も得られないと反対したが、やはり結果的に一橋派や水戸藩に大打撃を与えることになった。
八月八日に水戸藩、十日になって幕府へ密勅は下った。


水戸藩での降下>>
# by enokama | 2020-10-10 11:17 | 水戸藩と天狗党 | Comments(0)

私たちはどうかしている

連続ドラマってのはあまり最近は見ないし「半沢直樹」も見ていないんだけど(たまに金曜日のNHK22時のドラマには嵌るときがある)
浜辺美波が出てるドラマは外れがないし、金沢の和菓子屋が舞台ってのに惹かれて見てみました。
最近までまともなラブシーンもなかった浜辺が(出身地金沢が舞台ってことで思い入れもあっただろう)すごい一皮むけたような展開もあってびっくりしましたね。
それで僕自身もよくあるパターンでドラマから原作に久しぶりに行ってしまいました。



もっと見る>>
# by enokama | 2020-10-01 04:57 | ドラマ感想 | Comments(0)
このブログでも過去に取り上げたことがあるんですが(2014年ですね→こちら)ようやく五代友厚の映画が公開されます。

題名は「天外者」で主演が三浦春馬です。
三浦は若くして亡くなってますが、昨年中に撮り終えていたそうです。
コロナ禍もあって、映画の公開も流動的で延び延びになっているものも多いですね。

当初は一般公募で脚本を募集していたこともあって、ミニシアター中心(→「長州ファイブ」 「半次郎」 「獄に咲く花」の映画)で公開するような感じかなと思ってたんですが小松江里子になっているし
田中光敏監督も実績のある方で(→「海難1890」「利休にたずねよ」)キャストも名の知られた方が多くって全国で公開されるようです。

「天外者」
公開日:2020 年 12 月 11 日(金)TOHO シネマズ日比谷ほか全国ロードショー
監督:田中光敏
脚本:小松江里子
出演:三浦春馬、三浦翔平、西川貴教、森永悠希、森川葵、蓮佛美沙子、生瀬勝久

延び延びになっている間に、五代友厚はすっかりメジャー(→こちらこちらこちら)となっていったわけですが、どんな感じになるんでしょう。
西川貴教の坂本龍馬役、森永悠希の伊藤博文役は出てますが
数少ない藩外の親友が五代であるはずの高杉晋作がいないのはなんでかなと(僕としては高杉は中岡慎太郎も親友であり、龍馬はそんなに親しくないと思ってる)気になるのですがね。

(五代友厚(才助)に関しては過去に記事を書いております)
五代友厚連載→その1その2その3その4その5その6その7その8その9
神戸事件→その1その2その3  
堺事件→その1その2その3その4
パークス襲撃事件→その1その2
大阪開港→その1
講演と展示→こちら
小説→こちら
阿倍野墓地→こちらこちら

# by enokama | 2020-09-25 23:50 | 書籍・ライブ・映画 | Comments(0)
小浜城址に近い雲浜小学校にある梅田雲浜像
若州小浜2020~梅田雲浜関連碑と街並み_f0010195_18450155.jpg


もっとみる>>
# by enokama | 2020-09-22 18:42 | 歴史全般 | Comments(0)
幕末志士で高名(安政の大獄で一番のターゲットだったとされる)な梅田雲浜は小浜藩の出身である。
雲浜の号は小浜城付近の浜からとったもので、現在も付近に「雲浜」の地名が残っている。

文化12年(1815)に矢部義比の次男として出生する。
城の南東、南川の南側にある生家矢部家の長方形の跡地に碑が建てられている。
若州小浜2020~梅田雲浜誕生の地_f0010195_17055202.jpg
若州小浜2020~梅田雲浜誕生の地_f0010195_17060398.jpg
昭和六年に石碑が建てられ、のちにこの地は拡張された。
若州小浜2020~梅田雲浜誕生の地_f0010195_17063046.jpg
矢部源次郎と名乗ったが、のちに祖父の姓である梅田姓となっている。



もっと見る>>
# by enokama | 2020-09-19 17:08 | 歴史全般 | Comments(0)