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エノカマの旅の途中

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旅と歴史と競馬のお話をします

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4月になってボチボチと京都も桜が咲き始めて、今週末あたりは見ごろになるでしょうか。

そして元号の発表がありました。
ちょうど仕事帰りの車の中でラジオの速報で聞きました。
(あと一時間遅く帰って、京都で号外もらったらよかった・・・)
「れ・い・わ」すごく耳障りがよく柔らかい印象を持ちましたね。
漢字にしても、ローマ字にした「R」もなんか角が取れて柔らかくって・・・

(首相の言葉です)
本日、元号を改める政令を閣議決定いたしました。
新しい元号は「令和」であります。
これは、万葉集にある「初春の令月にして 気淑く風和ぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す」との文言から引用したものであります。そして、この「令和」には、人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ、という意味が込められております。
万葉集は、千二百年余り前に編纂された日本最古の歌集であるとともに、天皇や皇族、貴族だけでなく、防人や農民まで、幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書であります。
悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国柄を、しっかりと次の時代へと引き継いでいく。厳しい寒さの後に春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように、一人ひとりの日本人が、明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる。そうした日本でありたい、との願いを込め、「令和」に決定いたしました。文化を育み、自然の美しさを愛でることができる平和の日々に、心からの感謝の念を抱きながら、希望に満ち溢れた新しい時代を、国民の皆様と共に切り拓いていく。新元号の決定にあたり、その決意を新たにしております。
五月一日に皇太子殿下が御即位され、その日以降、この新しい元号が用いられることとなりますが、国民各位の御理解と御協力を賜りますようお願いいたします。政府としても、ほぼ二百年ぶりとなる、歴史的な皇位の継承が恙なく行われ、国民こぞって寿ぐことができるよう、その準備に万全を期してまいります。
元号は、皇室の長い伝統と、国家の安泰と国民の幸福への深い願いとともに、千四百年近くにわたる我が国の歴史を紡いできました。日本人の心情に溶け込み、日本国民の精神的な一体感を支えるものともなっています。この新しい元号も、広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根ざしていくことを心から願っております。


酷かった平成時代>>
# by enokama | 2019-04-02 21:10 | 総合 | Comments(0)
しばらくシフトが続きましてブログの更新ができなかったんですが、3月17日に大阪龍馬会で「岩倉史跡探訪」のご案内をさせていただきました。
集合場所はいろいろと考えたんですが、同じ道を行ったり来たりするのもどうかと思って
少しアクセスは遠くなってしまいますが、実相院前で集合していただいて南へ歩く行程としました。
アクセスも案内に書いておいたんですが、地下鉄国際会館駅からバス及び徒歩(近い道なら25分で来られる)だったり、叡山電車岩倉駅から徒歩(岩倉川沿いなら15分ぐらい)だったりと、それぞれの手段で15名の方に参加いただきました。

こちらではレジュメの補足と行った感想について書かせてもらいます。

関連記事 
11年前の岩倉→こちら
岩倉具視幽棲旧宅→その1その2その3その4 
岩倉具視関連→その1その2 
三縁寺→こちら 

一言神社は「一言だけ願いを叶えてくれる」
かつて北方の村松にあったが、明治になって石座神社の場所に移ってきた。
岩倉具視はこの神様を信心して、二反弱の田を購入して、収穫のうちの二石をこの神社にあてた。
この社の前には岩倉家の建てた灯篭がある。
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# by enokama | 2019-03-26 12:00 | 私の好きな京都 | Comments(0)

西賀茂~霊源寺と正伝寺

賀茂川の上流である西賀茂地域には初めて行きました。
以前は市バスの均一地域から外れてたんで、少し遠く感じてたんですがね。
バス停は神光院前か西賀茂車庫前になります。

霊源寺
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岩倉家ゆかりの人物による開基であり、文久二年に「公武合体」の中心人物ともなった岩倉具視が「幕府に与するもの」として急進尊攘派により糾弾され、蟄居・辞官落飾を命じられて九月十三日にこの地に入った。
僧形となり剃髪としたのもこの時である。


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# by enokama | 2019-03-25 16:35 | 私の好きな京都 | Comments(0)
たまに、よみうりテレビのこの番組も見ることがあるんですが(日曜の昼間なんで見逃し無料動画の時も多い)
いきなり、町田明広先生が地上波に出ていたので少しびっくりしてしまいました。
僕の方は大阪なり京都なりで最新の幕末史研究には触れられる機会も多くって、いろんな先生にお聞きしてきたこともあるので「実際の龍馬像」ってのはなんとなく掴めてきたようなこともあるのですが
スタジオの出演者の方はそれなりに「知ってる方」を集めたつもりでも、番組で表現していた「贅肉」の面だったり、船中八策や「世界の海援隊」のような話があまりにも大きくなりすぎた「作家や映像によって作られた龍馬像」にとらわれすぎたような感じがどうしても強かったので
せっかく町田さん呼んだのに「もったないな」って印象が残りました。
ただし町田さんの最新の研究「坂本龍馬は薩摩藩士」「亀山社中の実像」というあたりやいわゆる「薩長盟約」の木戸への裏書は「長州に帰る木戸が成果として薩摩藩士である龍馬の印を持ち帰るのが必要だった」
このあたりはしっかりと伝えられていたので、よかったかなと思いました。

一つ気になったのは「坂本龍馬は他人と違う別格」と言う意識の強い人が多すぎ。
例えであった万国公法や入れ札あたりの西洋の事情に詳しい点は、最新の研究では幕末の大ベストセラーだった福沢諭吉の「西洋事情」で知っている人は多かったと言うし
井沢元彦が「龍馬に頼めば他国の情報や人物にコンタクトを取ることができる」あたりは、龍馬の書簡にもあるように長州の人間に薩摩の動きを伝えたり
あるいは逆に薩摩に長州の情報を流したりってことはしてたんだろうけど、これは石川清之助と名乗っていた中岡慎太郎も同じようなことをしてるし
近藤長次郎も彼自身も「薩摩藩士」として、井上聞多を薩摩に連れて行って具体的な武器の供与にかかわったりと、龍馬以外のツールもあったと思う。
「情報」と「人脈」このあたりで龍馬も慎太郎も薩長両藩の信頼を得て、自身の活動にも融資や便宜も図ってもらった事実もあるし、この両人が土佐藩に復帰したら「海援隊」「陸援隊」と一定の場を与えられた(残念ながら藩の総意ではなく、一部の同志に留まった面もあったが)
パネラーで「グラバーと親しい」って書いていた人がいたけど(フリーメイソンの影響)実際に龍馬とつながっていた記録ってあるのかな?僕は知らないけど。
あと実は「龍馬は薩摩藩士だった」って件は「そんなことあるんですか」ってびっくりしてたけど
名前は出なかったけど土佐脱藩で薩摩スチューデントの一員になった土佐脱藩の大石団蔵こと高見弥一。
洋学者だったら、本間郡兵衛、嵯峨根良吉、石河確太郎も薩摩藩士よね。適塾出た秀才も大鳥圭介あたりは幕臣になったり。

「龍馬はすごい」ってことで幕末史知られるよりも
当時の時勢なり幕府や各藩の日本がグローバル化になる課程での、人材の登用や取り組みあたり
もっと幅広く知られないとダメなんじゃないかなと改めて感じました。

# by enokama | 2019-03-16 23:02 | 歴史全般 | Comments(0)
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いつもお世話になっている大阪龍馬会で、こちらのブログでも何度か取り上げてきた岩倉史跡探訪のガイドをやることになりました。
やっとレジュメもできましたので告知いたします。
13時現地集合で、三時間強の予定になると思います。
よろしくお願いします!

石座(いわくら)神社(岩倉具視ゆかりの一言神社)→大雲寺旧跡→岩倉実相院(拝観・旧御書客殿で皇室とゆかりが深い)→岩倉具視幽棲旧宅(蟄居を命じられ洛中居住を禁じられた具視が居住した。中岡慎太郎や坂本龍馬も訪問)→山住(やまずみ)神社→岩倉具視公旧蹟九兵衛宅址碑(幼少期に里子に出された具視の乳父宅)→三縁寺(池田屋事変殉難志士墓所)→三宅八幡宮(子どもの守り神)→八幡前駅→(叡山電鉄・京阪電車乗車)→京阪三条駅→池田屋事変殉難志士墓所跡碑(旧三縁寺)

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# by enokama | 2019-03-04 03:55 | お知らせ | Comments(0)
幕末の時代から日露間の北方領土交渉に関しては、以前から興味を以てきたので(関連記事→こちらこちら
北方領土交渉がニュースになるぐらい日露間で進みだしていて今回も書こうと思ったんですが
10年前(→こちら)に書いた頃から全く進んでいなかった(書いた当初よりもかなり追記してます。長くブログもやるもんだな)ことが改めてわかりました。
結局は失脚させられた鈴木宗男氏が収監され、一旦は政権交代等もあり野党陣営に入って
また自民党の外交に携わるようになって、改めて鈴木・佐藤優の考えのラインで進みだしたということなんでしょうね。

日本の外交なんて「今の安倍はひどい無茶苦茶だ」と言う人もいるようですが
長期の政権となった小泉内閣(一応は不完全だが北朝鮮は動いた)を除いた前後の短期政権なんて、それ以前に何にもできてないじゃないか。
一年ほど内閣があって問題が出てきて、マスコミが叩いて「辞めろ辞めろ」で世論調査で評判落として、国際陣営で顔を売る前に首相は辞任に追い込まれるから。
10年前も麻生さんが首相をもっと長くできていたら、もっと交渉は進んでいたのかもしれないし、まあ民主党政権の外交なんて中韓に媚びるだけでノウハウもなかったから何にも進まなかったからね。
結局はずっと停滞していたことがやっと再開したってことだし、今の世界首脳の在任が長いのがプーチンと安倍さんってことでの進行なのでしょう。




全島返還で何ができる>>
# by enokama | 2019-01-22 18:03 | 歴史全般 | Comments(0)

2018年最後の更新

なんか一年がだんだん早くなっていく気もするんですが、もう今年も終わってしまいます。
個人的には夏場に災害が多かったこともあるけど、そのころにもう少し動けたらよかったかなと反省してます。

「明治維新150年」で京都でもいろいろと行事があって行きましたが
図書館にある「明治維新100年」関連で復刻されたものを多く見ることにつけ、ちょっと熱意的なものは当時からして足らないように見え、ネガティブな「明治維新否定」みたいなものがあまりにも多く(しかもその連中が研究者批判をし、従来の史観を信じる者を馬鹿にしたように論ずる)なんだがおかしい方向が多かったようで残念であります。
ネットでも情報はいっぱいあるようでおかしいものが拡散されたり、ネタの上げ方が意図的だったりして何か信用できないし、匿名のところだったらどう言っても議論も通じないこと多いから、もうブロックするしかないかなといろいろ考えたりしてます。
自分たちが少数派だと「少数意見は無視して数の力で強行するのか」と言い、形では多数派になるときは「多数派意見を尊重しないのか」て言い、都合のいいようにしか解釈しないわけなんですね。
週刊誌のライターにしても新聞記者の記事にしても、そのあたり「編集上の社の方針」ばかり気にしてるようで「意見の多様性」(一方の意見を批判することばっかりだったり)「両論併記」ってのも無くなってきてるように感じる。
「炎上」ってのも上等に思ってるだけの人も見受けられるしね。
まあこういった中でもしっかりとした研究書や本に出合うことは出来たし、しっかりとした論者の方の講演もいくつか聞くことができました。

ブログ的には更新が落ちてるんですが、水戸藩ゆかりの地に最近行ってるのも
昨年から紀州だったり、三河の刈谷や安城、小倉や福岡に行ってるのも同じテーマでの調査でありました。
とりあえずそれらの落とし込みもほぼ終わって、来年にはその形ができそうなので実現ができたらなと思っています!

# by enokama | 2018-12-30 23:35 | お知らせ | Comments(0)
は敦賀とも近いので、再度前回に行けなかった場所に行ってきました。

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永建寺は松原神社から北方向へほど近い場所にある曹洞宗の寺で、広い境内に庭がある古刹らしい重厚な建築が残っている。
この場所には江戸から水戸藩内の内戦にも加わっていた幕府追討軍の田沼意尊が元治元年二月一日に入った。
その到着に前後して敦賀各所の寺院に収容されていた天狗党は、鰊蔵十六棟に約五十人ずつ押し込められるという過酷な仕打ちを受けた。


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# by enokama | 2018-12-20 18:05 | 水戸藩と天狗党 | Comments(0)
西郷どんが終わりました。
よく話もするんですが、一昔前になりますが「飛ぶが如く」や「田原坂」も見てきたこと世代からしたら、やはり物足らない感はありありであります。
西南戦争も二回で終わってしまいました。
まあ桂久武さんが出たし(元家老なのにすっかり弓矢の人みたいになっていたけど)桐野利秋もだんだん迫力が出て行ったし、熊吉や菊次郎のキャラもよく出ていた。
最終回の村田新八のアコーディオン(今回のは小さい感じがしましたが)のやり取りや、桐野の最後は相変わらずかっこいいし、あの西郷さんの最後もありかなと思いました。
二週間ほど前に一部ドラマ仕立てでBSで二時間の西南戦争の特番をやっていたんだけど、河井我聞のやっていた山縣が非常に良かっただけに、時間の関係もあっただろうけどもう少し政府軍側のやりとりも見たかったような気がします。
あとは吉井幸輔、薩長盟約や戊辰戦争では重要な役回りがあるはずの黒田清隆(まあ肝心な慶応年間があっという間にされてしまいましたが)生麦事件から薩英戦争、薩摩スチューデントの流れあたりで寺島&五代と言った人物が出なかったのは残念であります。
次の薩摩大河って生きてる間にあるのだろうか?
数字的にも内容的にもここ数年の大河ドラマは迷走していってる感もあるので、何か見直しもあるかもしれませんね。



少しは期待はしてたけど>>
# by enokama | 2018-12-16 22:43 | ドラマ感想 | Comments(0)

「幕末明治福井150年博」各種特別展イベントも押し迫ってきて、今年は何度か足を運んだのですが
今季最後と言うべき天狗党関連のイベントで、11月25日に敦賀の西隣の町・美浜町佐に行ってきました。

連休中だったので(湖西道路が混むのは添乗で何度も知っている)同行の天狗好きのTさんに電車で園部駅まできてもらって、殿田から美山町へ出て162号線で小浜まで、高速で若狭美浜インターから佐に着きました。
園部からでも90キロぐらい走ったかな。

は戦国時代に難攻不落で知られた国吉城があったところで、江戸時代に酒井家の藩政だった若狭小浜藩はこの城下に佐町奉行所(のち陣屋)を置き、周辺の三方郡を治めた。
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# by enokama | 2018-12-05 19:00 | 水戸藩と天狗党 | Comments(0)