エノカマの旅の途中

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先日の霊山登山ですが(→前回の記事)結局完全には回れなかったので
地図で確認して、再度登山してみたいと思っています。。。

地図
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画像が大きくできないので、表示を200%に拡大してご覧ください!
本当は東山トレイルのマップが欲しかったのですが、残念ながら絶版状態だったので
地形図で代用します。

予定としては地図下部の地主神社前(黄印)を午前9時に集合出発し
青線(点線)の道を北上し、分岐を経て東山山頂公園を目指します。。。
そちらに井上馨の碑があります(オレンジ印)
また、ネットでググっていたらその付近には木戸孝允の碑もあるとのことで
(トレイルの標示には出ているらしい)探索します。

予定の続き>>
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by enokama | 2014-06-30 23:33 | 私の好きな京都 | Comments(0)
こちらは御茶屋の南にある御船倉跡で毛利水軍の本拠地ともなっていたところで
幕末の海防整備の際には海軍局(文久3年11月)が設けられ、洋式化が図られていた。
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元々海岸線はもっと近かったと言うが、江戸時代半ばには既に干拓が進み、海からの水路を通って
この御船倉に船は出入りしていた。
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by enokama | 2014-06-27 23:31 | 長州藩 | Comments(0)
今回の防府は午前中に地元のFB友達・窪田さんに案内していただき
桑山を中心に小田港~富海など、車で広い範囲で回っていただいて(ありがとうございました!)
午後からは霊山歴史館のツアーに旧毛利家本邸(毛利氏庭園)から合流して、防府天満宮へと回ってきました。

実は防府は4回目だったりするのですが、それを言うと「よく来てますね」とちょっとびっくりされてました。
ようやく大河ドラマ絡みで、これから脚光を浴びそうな防府に、既になんでこれだけ来てるかというと
やはり「中岡慎太郎」関連では三田尻と大宰府は七卿(のちに五卿)絡みもあって重要な場所だと言うことは
拙ブログを長らくご覧いただいている方々はお分かりかと思います。。。
でも今から新たに追加して「幕末所縁の地」のマップを作るとお聞きしましたが
まだまだ、訪れていない知らない場所もあるもんだなと改めて思いました。
まずは初めて行く旧毛利邸と防府天満宮のレポから入りたいと思います!

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by enokama | 2014-06-23 23:47 | 長州藩 | Comments(0)

太秦ライムライト

日曜日午前中に、W杯サッカー日本の試合があって視聴率も40%越えだったそうですが
(まあ実力的には負けても仕方ないとも言えるようですが)
そんな中、京都に行って関西先行公開の映画「太秦ライムライト」を見てきました。
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やっぱり町の中は人が少なかったような・・・
町のあちらこちらにはポスターが貼ってあったし
京都の大きい映画館すべてで(二条・新京極・京都駅)公開されていて、バックアップされているようでした。
日本の伝統技術継承ともなる「時代劇復権」はぜひ後押しできたらなと思っています!

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by enokama | 2014-06-17 23:37 | 書籍・ライブ・映画 | Comments(0)

大村益次郎の死と墓所

鋳銭司には大村益次郎と夫人の琴子の墓があります。

場所的には大村神社の裏側のようにも思えるのですが
長沢池より山麓を回りこむ感じで北側の道を標識によって進みます!
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遭難とその後の経緯>>
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by enokama | 2014-06-14 23:26 | 長州藩 | Comments(0)

大阪城西側の史跡

2012年12月に書いた以前の記事ですが
5月25日に参加した大阪龍馬会の史跡探訪と適塾記念会でもらった資料で
追記・訂正しておりますので、改めて更新しています。


大阪商工会議所(赤印)
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「大阪の父」 五代友厚の銅像はこちらにもある。
隣りは五代の盟友でもあった 土居通夫で宇和島出身の人物。

こちらは西町奉行所跡の碑(東町奉行所→こちら
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享保の大火のあと「西町奉行所」はこちらに移りました。

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by enokama | 2014-06-13 23:42 | 大坂発見 | Comments(0)

鋳銭司と大村益次郎

またブログアクセスが増えたなと思ったら久坂玄瑞でした・・・
そんなに書いた覚えもないんだけどな。

今回の霊山歴史館のツアーで一番楽しみにしていたのが、大村益次郎の生誕地であり墓所のある
鋳銭司(すぜんじ)でありました。
前回の山口行きでは微妙に時間が足らなくって、国道2号線で長沢池の南を通っただけでしたが
池の北側にある大村神社・墓所と鋳銭司郷土館に行ってきました。

生誕地は四辻駅の南側にあって石碑も建っていました(バスで前を通ってもらった)
(神社にあった写真より生誕地の碑。かなりでかいです)
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駅から大村神社(鋳銭司郷土館に隣接)までは歩いてでは25分ぐらいはかかるでしょうね。
長沢池は江戸時代に作られた灌漑用のため池で、その西側を大村神社に行く途中には弁財天が
祀られていて、池の中に鳥居が立っている場所もありました。
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この池から東が防府市で今の鋳銭司は山口市(旧小郡町)に含まれています。

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by enokama | 2014-06-12 23:50 | 長州藩 | Comments(0)
今はNHKでしかテレビ時代劇はやってませんが「軍師官兵衛」と先週終わった「銀二貫」
BSの「妻はくの一」(田中泯さんがいいんだよね)と3本とも、かっちり見せてもらってます。

官兵衛は今までもNHKの大河ドラマには、いろいろと文句もひっくるめた感想は書いていたけど
録画で見たとしても、一切早送りするシーンがなくって、これだけしっかりと見るのは久しぶりじゃないかな。
僕は伊丹出身でもあるので「有岡城=荒木村重」って、名前は小さいころから知っていたけど
ここ3回ほどしっかりとやってくれて本当にうれしかった!
江戸時代以降ほど、歴史を知ってるわけではないけれど、僕の知ってる範囲でのほぼ史実に沿った内容だし
(ヘタなフィクションよりも真実の方が断然面白いのだ)
「平和」だの「戦争はいかん」など、いらぬ現代の考え方を押し付けることなく
先週もたいがい信長の残忍さも出ていたけど「ありのまま」の話であることによって
しっかりと見られる内容になっているように思います。。。
おそらく次回からは小朝の演じる(年齢的にもちょうどいい配役だな)明智光秀がクローズアップ
されるだろうから、また楽しみであります。


一方でこのカテゴリ(北摂丹波)でも、たびたび取り上げている「光秀を大河に」ですが
産経のウエブ版で「兵庫丹波」も力を入れると紹介されております(そのうち消えるのでコピーしてます)
篠山市と丹波市(旧氷上郡・柏原藩)から目線の記事なので面白いです。

兵庫丹波も力を入れる>>
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by enokama | 2014-06-10 23:23 | 北摂丹波 | Comments(0)
(2014年6月7日 探訪・散策)
先週のツアーでは山口の井上馨あたりのでかい石碑を何か所も見たんですが
先生から「霊山の裏の方にもある」ってことも聞いて、早速行って見ようとこの講演の前に行ってきました。
(ほとんど載っている文献はないと思います。参考→こちら)

話は変わります>>
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by enokama | 2014-06-09 23:33 | 私の好きな京都 | Comments(0)

三吉慎蔵についての講演

色々と書きたいネタもたまってるのですが、多忙もあって(平日夜は「寝落ち」してしまうことが多い・・・)
更新ができておりません。。。
記事にして、資料類も片付けて行きたいんですが部屋も整理できなくって・・・


先日、土曜日も霊山歴史館に行って講演を聞いてきました。
いつもお世話になっている寸心さんの講演で「三吉慎蔵日記を読む」でした。
レジュメをいただいたのですが、これが37Pもある大作で「これだけ三吉慎蔵に関して書かれたものはない」
とおっしゃってまして、またしっかりと読ませていただきます。
まずは寸心さんの家系図がありまして「三吉慎蔵」と「生野の変」と「咸臨丸」とのつながりがわかりました。
なかなか幅広い「幕末史研究」につながりそうで凄いです。

お話は「三吉慎蔵日記」の成立から、明治になってからの各藩での歴史編纂の中での位置づけ。
宗家萩藩と支藩の長府藩の関係は、やはり慎蔵に関しては重要な意味を持つかと思います。
まだ、安物のテレビや書物では「長州」と「長府」の違いもわからない(長州藩の三吉慎蔵と紹介されてしまう)
製作者も多いですから。

初めて知ったことは元々が小坂姓(剣術指導にあたる馬廻格の次男)で三吉家へ養子に出されたこと。
長府藩校・敬業館で学んだあとに萩本藩の明倫館でも学んだ。
江戸へ参勤の御供、慶応3年の天誅組の変後に長洲に入っていた中山忠光の護衛や5月の攘夷戦。
7月には関門海峡での攘夷に関して、海峡を挟んだ小倉藩が(長州から見て)消極的で両藩の確執を
生んでいた問題で上洛。その際に8・18政変に遭遇し、速報を山口まで伝えている(この功績で昇進)
のちの四ヶ国艦隊の襲来や四境戦争と言った大きな出来事にも対応している。

有名なのは坂本龍馬との交流だが慶応元年初頭、薩長同盟に立ち会うこととなる龍馬との上洛と
その際の寺田屋事件(薩摩の上意討ちではない方)での武勇伝だが
この際に「護衛役」として紹介されることも多いことでの、出典資料の一覧はよく調べられていました。
その「寺田屋遭難」に関しての二人の記述(「龍馬の日記」「三吉慎蔵日記」)の対比での価値観の違いも
面白いものでした。
来年の大河ドラマでの主役ともなる楫取素彦とも、特に明治以降の交流が密だったそうです。
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by enokama | 2014-06-08 18:37 | 長州藩 | Comments(0)