エノカマの旅の途中

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五代と松木は英国艦隊の薩摩退去に伴い「自動的捕虜」(薩藩海軍史)として
薩摩での上陸釈放よりも、むしろ自らが望んで旗艦ユーリアラス号に残り、洋学者としての知識を以て
交渉をすることで、今後の展望を開こうとしたのかもしれない。。
(五代は火薬庫を爆破して、船共々死のうとしたが機会がなかったとも語っている)
そして横浜への入港となるが、この英国艦には清水卯三郎と言う日本人通弁が乗船していて
彼らに同情し何かと世話を焼いていた。
ニール代理公使とキューパー総督も彼らを捕虜にして、交渉をしようとする訳でもなく
入港して出迎えた英国領事・ガワーは五代とは旧知の仲であって、キューパー総督に説き
直ちに夜陰に紛れての脱出策が行われ、ボートにて二人は羽田付近で密かに上陸し
清水の手配で江戸小舟町まで行き、清水の持つ船宿鈴木に身を隠した。
ここからの二人の行動はまったくの潜行・潜伏生活となるが、彼らの命を狙う者らが藩内にいたと言う
事情があった。。。

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by enokama | 2014-04-30 21:47 | 薩摩藩 | Comments(0)
前に少し触れた☆亮一の新書を読んでみた→こちら

まず玉虫左太夫の部分では「航米日録」を紹介していた内容だけど、まとめのところで幕府の役人や
いわゆる「薩長」は海外貿易を盛んにして、私利私欲に走っているってことで憤ったってことらしい
(だから戊辰戦争で強硬態度を取った。昔の認識での過去記事ですが→こちら
基本、西国諸藩は「海外の脅威」ってものには地理的なものもあって、早くから敏感だったし(特に薩摩)
やがて幕府も海軍を諸藩に奨励すると言う面もあって(横井小楠は幕政改革にあたった時、参勤交代を
緩和したりした)薩摩も貿易で上げた利益に財源にすることによって、海軍を整備していたし、幕臣の
小栗忠順あたりの考えもそうだった(海援隊にもそんな条項があったよね)
東北では庄内も早くから(ロシアの南下もあった)海防には熱心だったし、会津も蝦夷や江戸湾の警備で
危機感はあったはずなんだけど。
そんな事情もあるのに「金儲け」って部分しか書かずに、そのあたりの必要性に触れていないのは
いかがなものだろうか?
本来、それまでの江戸時代なら藩政に専念できたするところを持ち出しで「海防・国防」って対応するんだから
支出が増える分、収入を図るのは当然よね(幕府も参勤交代を緩和したり、大艦の建造も認めたり配慮した)
領民を苦しめたらもともこうもないし・・・
って言うか、そのあたりの流れは海外渡航も果たした人物ならわかると思うんだけどね。
この程度の記述だと、玉虫が「小さい人物」に見えてしまうではないか?
ちゃんとした研究者に改めて調べてほしいもんだな。

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by enokama | 2014-04-27 10:25 | 歴史全般 | Comments(0)
平日が残業となって、土日もしばらく家にいられなかったので
ブログの更新が少し開いてしまいました。。。

今、五代のことを書いているので改めて、大阪市立中央図書館の3F大阪コーナーで
関連書籍を確認してきました。

少し解読には時間がかかりそうですが「五代友厚伝記資料」は五代に関係する書簡・史料のまとめで
五代竜作(友厚の養子らしい)「五代友厚傳」(1933年)は基礎的な史伝となっています。
「五代友厚秘史」と言う長編で分冊になっているものもあるのですが
「」付きの文章も多いので信憑性はいかがなものか?
宮本又次「五代友厚伝」(1981年)は当時の時代背景についての解釈が、ちょっと?って感じる面も
あったんだけど、大阪開港・開市のあたりが一番詳しかったので、その部分はよかったです。
またこんな記述もあって、明治新政府初期の財政は越前出身の由利公正(三岡八郎)が担当したのですが
結局、その任は短期で終わっています。
福井関連の書物では「薩長土肥」にポストが集中したので、越前の由利が疎外された的なものも
読んだことがあるのですが、その財政政策(太政官札の発行等)がまったく100%成功とも言えず
諸外国からの反発もあったのが事実です。
やっぱり反対側の立場からの書物も読んでおくことだなと思いました。
五代も由利も坂本龍馬とも縁のある「商才」のあった人物ですが、いわゆる「由利財政」には五代も結局
反対の立場を取りました。

結局「伝記資料」と「五代友厚傳」(こちらは以前に取っていた部分もあったのですが)「五代友厚伝」と
100枚ほどコピーを取ってきました。
小説としては何冊かありましたが、やはり佐江氏の作品が一番よかったと思います。

実は映画化の話も出ているのですが、ベースの小説がフィクションの多い物なので
(五代の生涯自体が面白いから創作はそういらないと思うのだが)どうなるのでしょうか?
脚本も募集しているようです→こちらです
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by enokama | 2014-04-26 23:20 | 薩摩藩 | Comments(0)

吉野山と又兵衛桜 2014

4月12日撮影
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4月なので引き続き、桜の画像です。
吉野は2年ぶりで前回行った時は雨だったので、久しぶりに今回はいい感じでありました!

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by enokama | 2014-04-14 23:23 | 大和の史蹟 | Comments(0)
4月6日撮影
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桜花賞、やはり勝った馬は強かったですね!
今となると紛れもあった、以前の阪神マイルコースもあれはあれでよかったような気がします。

今年は桜花賞の日は予定があったので、行けませんでしたが
その1週間前の好メンバーだった大阪杯に行ってきました。
桜もいい感じでした!

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by enokama | 2014-04-12 23:40 | 競馬 | Comments(0)
今年の1~3月はいろいろと事情もあって、あまり出かけることや旅行もしなかったのですが
もう、ぼちぼちといろんな行事の案内も来ております。

いつもお世話になっている霊山歴史館関連ですが、今年の研修旅行が5月31日(土)~6月1日(日)で
山口・防府方面となります。
僕は何度か行った場所もあるのですが、防府の毛利博物館と大村益次郎の出身地・鋳銭司は
まだ行けてなかったので楽しみにしております!
一応、前乗りができるなら(休みが取れたら)前日の金曜日にずっと行きたかった岩国~柳井あたりを
巡ろうかなと考えていて、31日の集合時間までにも、山口市内のどこか回れたらと思っています。

続いて次の週の土曜トーク(6月7日)は、いつもお世話になっている正井さんが「三吉慎蔵」で講演されます
こちら
長府でもよく調査をされてますので、こちらも楽しみにしております。


中岡慎太郎館では今週13日から特別展があります→こちら
今年は開館20周年ということで、いろいろと行事が予定されております。
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by enokama | 2014-04-08 20:04 | お知らせ | Comments(0)
交渉が決裂し、開戦必至とも言える状況で
そのきっかけとなる出来事が起こった。

あの五代が購入した虎の子の蒸気船3隻だが、万一のことを考えて、薩摩半島の西岸に位置する
坊津辺りに廻航し避難させると言う建策があったが、小松・大久保一蔵(利通)・堀次郎(伊地知貞馨)と並んで島津久光の有力側近の一人であった側役・中山中左衛門はこれを聞き、大いに怒り
「その卑怯未練の行為なる」として、この意見を却下した。
そしてひとまず前之浜(現在の磯庭園辺り)から望見することのできない、重富脇元浦に避難させていた(赤印)

この蒸気船の管理は高名な洋学者としても江戸でも知られ、蕃書調所に勤務し幕府の欧州使節団の一員としての洋行経験も持つ、船奉行・松木弘安と船奉行副役・五代才助が付き添っていたが、英国はこの蒸気船に目を付けた。
到着早々から端船を出して偵察を行い、停泊地をすでに掴んでいたのだった。
7月2日早朝「東風強烈晴雨計降下し」と言う悪天候をついて、桜島沖(橙印)の停泊地から
五隻の船を出し、重富沖へと移動した。
そしてアーガス号は青鷹丸、コケット号は白鳳丸、レースホース号は天祐丸、それぞれを汽船の舷側に縛着し拿捕したのである。
このことは購入価格が30万英ドル超と高額な蒸気船を押さえることで、賠償交渉を有利に進める意味もあったと言う(3隻の購入価格が賠償金要求額を上回っていたため)
五代と松木は青鷹丸にいたが、天佑丸が拿捕される際に乗員は抵抗し、太鼓役師匠であった本田彦次郎は英兵の銃剣にて突かれ、海中に転落し行方不明となり、他にも負傷者を出した。
「宣戦布告もなしに、我が船を掠奪するとは何事か」と抗論するも及ばず
二人は乗務員たちをすべて下船させ、自分たちが捕虜になることで事後交渉を行おうとしたと言う。
(旗艦パーシュースに拘留)

写真は英国艦隊が往来した重富と鹿児島市街の中間、吉野付近(海の対岸が桜島)
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by enokama | 2014-04-05 20:58 | 薩摩藩 | Comments(0)
こちらからは去年夏、鹿児島へ行った時に尚古集成館であった
特別展「薩英戦争150年~前の浜の戦」の図録と、薩摩のとても素晴らしい史料の一つである
「薩藩海軍史」から紹介していきたいと思います。
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60ページほどで、海に開けた薩摩の国情から斉彬の集成館事業~生麦事件から薩英戦争~戦後の講和~薩摩スチューデントと展示品の写真を交えて、学芸員の方がパート毎に分かれて解説されています。
特別展示室に「図録をお求めの方は声をかけてください」と書いてあって、渡されてお金を払おうとしたら「無料です」って言われてびっくりしてしまいした。すごいな~太っ腹だ(笑)
(過去にも似たような経験はありますけど→こちら

薩藩海軍史は「上中下」とあって、上巻はかなり遡って島津家が薩摩に来てから江戸時代中期あたりまでの海軍事情で、中巻は斉彬の時代から生麦事件・薩英戦争あたり、下巻は幕政末期から明治海軍の成立までが書かれています。
もちろん、全巻求めるのも大変なので部分部分のコピーだけ持ってるのですが、海軍以外の「薩摩の幕末史」も含まれていて「庄内藩邸焼き討ち」の真相あたりも、いろんな角度からの記録を以て
詳細に書かれていて、読み応えのあるものとなっています。

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by enokama | 2014-04-04 23:39 | 薩摩藩 | Comments(0)

新年度の始まりです!

4月になりました。
どうやら、僕の勤める会社は「アベノミクス」の恩恵は受けない体質だったらしく
賃上げも期待できず、社会保険料はちょっとしたローン並に上がってるし
税金は上がりましたし、これからどうやってやりくりして行こうか?頭の痛い今日このごろです・・・
定昇だけでは、ほとんど手取りなぞ増えないもんですし(泣)
「増え続ける社会保障」のためって・・・社会保障費ってのはどうにか対策出来ないもんなんですか?
善良なきっちりと天引きされる労働者の活力を奪うのはどうなんだよ。
「少子化」になるのもしょうがないじゃない。実際に余裕ないんやもん!
「弱者」とか言うのはしょうがないってことになるけど「税金」で助けてもらってる人たちにも
そのことは自覚してほしいものです。

まあ、こう書いたらよくネットでは「安倍政権のせい」ってなる人も多いようですが
僕の場合は「安倍さん支持」と言う(自民でも石原のバカボンになっていては支持してなかったと思います)
見る人から見たら変わった人物ですので、文句は言いません。
その政権の「成長戦略」でも、衰退する産業から成長する産業への人材流動ってのも謳われています。
幸い体だけは丈夫できましたので、自分の可能性は試して行けたらって考えています。
長らくの閉塞感から抜けられるのは、今だろうし「よくなる」と信じています。
なんでもかんでも、自分に気に食わないこと、思うようにならない時には「辞めろ、止めろ」って人間が多いと
いつまでたっても「景気のいい話」にはなりません!


僕はいくつか歴史関連の会員になってるのですが
新年度の切り替えで、今年度の予定が届きました。。。
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また日ごろの励みともなって、楽しみにしております(また日程調整して参加申し込みします)
よろしくお願いします!
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by enokama | 2014-04-02 23:17 | 総合 | Comments(0)