エノカマの旅の途中

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中岡慎太郎年表→こちら

まだ先週の大河が見られていないんですが
なぜか「松平春嶽」のキーワードで、アクセスがむっちゃ多いのであります。。。
また何かやらしたんだろうけど、アクセスは多くってもコメントないし
「あんな卑怯な人」って印象で来た人には、物足らないようでどうもすいません・・・

まあ、僕はあまのじゃくな者なので、嫌われ者は弁護したくなるし
人気のある人物は否定にかかる性分ですので、到底理解してくれとは言えませんが
嘘な歴史を並べて、上辺だけの印象だけで巷に溢れるような書物や作家がいやなんです。
これでも古川薫先生みたいに(あえて司馬御大とは言わない)実証に基づいて近づけたような
物書きになるのが夢だったりするわけですが、絶対に売れないのは確実だな(苦笑)

大河でも「孝明天皇崩御」のころのようですが
「毒殺説」ってのも根強いようですね。。。
一番、主張してた佐々木克先生は「前言を撤回されました」ので、今は学説ではどうなってるんでしょうか。
まあ、本屋に並ぶようなものは決まった人物なんで、そうなってしまうわけなんですけど・・・

>>慶応2年後半~慶応3年正月
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by enokama | 2013-04-25 23:55 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)
前にも書きましたが、今回の大河ドラマの感想をこうして続けて書くことになるとは
僕にとっては「嬉しい誤算」ってことで、時代考証に忠実な脚本には好感を持ってるんですが
数字的には、ライトな視聴者には受けが悪いってことで芳しくないようです。
でも数字と内容ってのは比例しないものだし、好き嫌いのはっきり出た三谷好喜の「新選組」の時も
(回によって当たり外れが大きかったとも言えるけど)
数字的には振るわなくても、このドラマがきっかけとなって歴史に興味を持ったって人が
たくさん出たってことで、それでこそ「成功」と言えたのではないでしょうか・・・

こちらでいい記事が書かれています。
夕刊紙で、もう一つ「日刊ヒュンダイ」って言うどうしようもない三流紙があって
いつも批判するか、人をけなすしかしない記事ばっかりで、読む奴もどうにかしてると思うけど
この話題を検索すると、例のごとくここでの悪口がいっぱい出てきます。
それに比べてフジの分析は明確ですね。
それにしても「龍馬伝」の再放送が始まったようですが、このフィクションが80%以上あるような
ドラマって評価されてるのかな。
なんで史実に近い近藤長次郎後藤象二郎を素直に書くだけで、ドラマにも十分見応えあるのに
素材を生かせず、あれだけデタラメ話や解釈になってしまったんだろう。
中岡慎太郎も無駄に意味のない新選組との絡みが目立ったぐらいで、何をしたかった人なのかさっぱり
わからんかったでしょう→龍馬伝のまとめの記事

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by enokama | 2013-04-16 23:30 | ドラマ感想 | Comments(2)
まだうちでBSが映らなかった時の放送で
いろんなブロガーさんや掲示板で話題になっていた放送の再放送をやってました。

まあ、でもちゃんとした研究者の方が出るまでもない話題ですし
特に大したこともなかった。
出演が便乗で龍馬本を出した方3名ってことだし・・・

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by enokama | 2013-04-14 23:42 | 土佐藩 | Comments(0)
しばらくは西郷さんの動きが多くなるようですね。
南北戦争の武器が日本に流れてくることや、桂小五郎が武器を欲しがっているところは
次回の伏線なんでしょう・・・
ちゃんと話がつながって行くのも、今回の脚本の良さと思います!

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by enokama | 2013-04-08 23:47 | ドラマ感想 | Comments(0)
秋月と入れ替わるような形で、猛将・佐川官兵衛が上洛。
「別撰組」ってのがあったんですね!

そんな中「禁門の変」の敗北に重ねて、長州は前年の「攘夷戦争」の報復攻撃を受け
馬関で大敗。
この戦争後の交渉には英国留学経験のある伊藤・井上がいて
馬関も事実上の「開港状態」となって「即刻攘夷」といった行動は止めて行きます。
この変化も薩摩が長州と同調してもいいかなと思い始めた一端なんでしょうね。

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by enokama | 2013-04-05 23:25 | ドラマ感想 | Comments(0)
こちらからの続きです

こちらも薩摩御用達の船宿(脇屋家住宅)
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普通に幕末当時の建物がいくつも残っているのが御手洗。
呉からも1時間以上かかるし、かなり遠い印象なのも逆に町並みが残された理由でもあるんだろう。
昔はやはり水運の利便性が発展につながったんでしょうね。
どこも今は寂れた感もあるけど、北前船の寄港地ってのも、どこもいい雰囲気ですからね。

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by enokama | 2013-04-03 23:06 | 歴史連載 | Comments(0)