エノカマの旅の途中

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陽だまりの樹 第四回

ぼちぼち来年の大河に備えた「会津本」が出だしていますが
ちょっと頭をかしげるような内容が残念ながら多いような気がします。
なぜかと言うと★氏の著作が5、6冊引用ってのがほとんどなんで
そんな偏った内容になってしまうんでうよね。。。

今になって「榎本武揚は東北と一緒に戦うべきだった」とか「江戸を出る行動が遅い」って解釈も
後付けの理屈だし(榎本の行動は戦争ありきじゃないでしょう)
秋田や新発田の行動も、その藩成立の背景みたら「裏切りもの」呼ばわりされるわけないやん。
そんで譜代の押さえの庄内が秋田を攻めるってのは、本来の配置目的通りだってこと。

それとBS歴史館で保科正之をやっていたけど、なんで「幕末」といつもセットにして語られるんだろうね。
保科って人は本当に優れた政治家だったと思うし、残した家訓(?)も素晴らしい。
でも解釈の問題でしょう。幕府を早々に見限って、領民を守るってのもOKじゃないんですか?
なんか「美徳」って称えられるのは、いつも言うけど士族だけのものであって
領民からしたら「自己満足」の犠牲でしか思えない部分もあるでしょう。

今回は適塾が舞台>>
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by enokama | 2012-04-29 23:35 | ドラマ感想 | Comments(0)
先週、BS歴史館の西郷さんの番組のことについて触れたんですが
結構アクセスがあったりもするんですが、実はあまりまともな感想でなかったんですよ・・・

まあ先生方も「西郷さんはつかみきれない」って言ってたほどですから
大義名分を大事にした行動や、最初は強硬で後は引いていく交渉術ってのはわかっても
東北戊辰戦争の時みたいに、よくわからない時期ってのもあるし
どんな人って言うのも一言では難しいんですよね。
また「西郷さんが○○した」って言われることでも、今までも書いてきたように吉井幸輔や伊地知正治の
行動によってのことや、その意志ってことも結構あったとも思えるんです。

まあ一番わかりやすいテキスト的なものは
やっぱり旧庄内藩士らで編纂された「西郷南洲翁遺訓」でしょう。
(庄内と西郷さんのつながりは、庄内藩カテゴリの最初の方とこちらで参照してください)
今の時代にも置き換えて、教訓にもなって勉強になる部分も多いです。。。
これから何回かに分けて紹介したいと思います!

この本は庄内でも売ってます>>
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by enokama | 2012-04-24 23:22 | 薩摩藩 | Comments(2)
まあ、時事ネタはあまりブログよりも
最近はつぶやくか、フェイスブックで短めにするほうがいいかなと思ってるんだけど
前にも交通事情について書いたこともあったこと(ここここ
検索していただいた方にも、読んでいただければと思うんで
あえて触れたいと思います。

もっと見る>>
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by enokama | 2012-04-23 22:57 | 総合 | Comments(0)
仁和寺の後は以前の記事に書いた→こちら
妙心寺塔頭・大法院の特別拝観の情報をいただいたので行ってきました!
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あまりネットでくぐっても情報がないし
京都駅の観光案内でもまったくないんですよね・・・まあ、すいているしゆっくりできましたけど。
3ヶ寺共通拝観券1400円也を購入します!

もっと見る>>
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by enokama | 2012-04-21 23:57 | 私の好きな京都 | Comments(0)

2011~おむろ桜満開

4月1週目、2週目の桜の見ごろはツアーの仕事に入るので
その次の週に、個人的な花見をするのが僕の毎年の恒例です!

まあ、一般的な見頃から1週間遅れて咲くところが必然となってくるのですが
よく維新の飲み会で、そのまま大阪に泊まって造幣局に行くパターンか
この京都・仁和寺のケースが多いです(例年4月を遡っていただけたら、いくつか記事が出てきます)

最初は他の用事に絡めて、日曜に行くつもりだったんですが
西日本はあいにく大荒れの天気になりそうってことで
急遽、今日行ってきました。。。

近くを歩いていたらこんな碑が(立石電気(オムロン)発祥の地・・・御室から取っています)
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御室仁和寺>>
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by enokama | 2012-04-21 23:33 | 私の好きな京都 | Comments(0)

桜2012~長浜から彦根

長浜・豊(ほう)公園
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彦根城の桜>>
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by enokama | 2012-04-20 22:06 | 近江の史蹟 | Comments(0)
四月になって仕事も落ち着いてきたら、ブログもサクサクと更新できるかなって思ってたんですが
なかなか、そううまくも行きません。。。

先日の土日は予定が無くなる一方で、桜の開花が遅れて添乗の仕事が結構あるって言うことで
「花見がてらで行けるな」と甘い考えで(苦笑)土曜は吉野・日曜は近江へと行ってきました・・・
しかし土曜も日曜も、お客さんがツアー慣れしてないって言うか(団体行動ができない)
朝一の出発時間から、行程各所の集合時間が常に遅れる状態で、それが積み重なって遅れて行くし
バスのドライバーさんも慣れてない方で、道を間違ったり、混んでる道に突っ込んで行ったりで
(いい天気で各地とも見頃ってこともあったけど・・・)
「いつ着くねん」って感じでグダグダになってしまって、文句も言われるし散々な目にあってしまいました。
疲れもいつもの倍増で、ブログどごろじゃなかった(苦笑)

もう途中で切り替えようと思って、自分でも思う存分、写真を撮ってきました。
そうでもしないとやってられないし・・・

琵琶湖疏水取水口>>
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by enokama | 2012-04-20 21:32 | 近江の史蹟 | Comments(0)

BS歴史館「西郷隆盛」

今日のBS歴史館は西郷さんの特集でした!

スタジオに青山忠正さん、そして解説陣に家近良樹さん、落合弘樹さん、原口泉さんと
今まで見たことのないぐらいに解説陣が最強でした。
なんにもわかってないD門や、ただやかましいだけのS原
O学とY竜也あたりの連中だったら、すぐに何でも坂本龍馬の手柄にするところだろうけど
西郷さんの奥の深さは、しっかりした研究者の方々からも、分らない面があるって言うコメントがあったように
計り知れないものがありますね。。。

庄内の酒井の殿様も、出てこられてました。
ぜひ見逃した方は再放送で見てほしいです!

なぜ西郷は長州を潰し切らなかったのか>>
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by enokama | 2012-04-19 23:49 | 薩摩藩 | Comments(0)
今年も慎太郎の誕生日がやってきました。
ここ数年、何かのイベントはやってたんですが
3月が忙しすぎて考える間がなかったのと、桜が遅いんで今週は旅行の仕事に入りますので
今年は、なしです(誰かは企画してるのかな?)

北川村では本日、生誕祭が行われますので(→こちら
お時間ある方はぜひお越しくださいませ!

慎太郎は天保9年(1838)4月13日に誕生しました。
前年に大塩平八郎の乱が起き、将軍・家斉が隠遁し
翌10年には水野忠邦が老中首座につき、大御所・家斉の死後に「天保の改革」が本格的にスタート
するころです。
このころはまだ幕府は盤石だったかもしれないけど、大塩の乱や三方国替での庄内藩の拒否
外国船の来航による対応と徐々に、ほころびも見られていたころかもしれません。
長州の村田清風の改革、薩摩の調所広郷の改革も始まるころでしょうか・・・

30年の生涯となりましたが、本当に激動の時代だったと思います。
また災害も非常に多かった時期だし、開国の対応もあったし
変革は必然だったかもしれませんね。。。

またこれからも、その生涯を紹介していければと思います!
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by enokama | 2012-04-13 01:14 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)

陽だまりの樹~第一回

一応、日本時代劇の最後の砦「平清盛」が散々な出来なようですが(苦笑)
BSでは、ちょこちょこ歴史番組は増えて行ってるように思います。
木曜はBS歴史館~TBSの街道番組~NO2と、内容によっては三つ続いたりするから
定時で帰れてる今でも忙しい日になってます(笑)

今日の「BS歴史館」タイタニックはよかったです(この4月で100年になるとか)
ヒューマンエラーが根本的な原因だけど、反面で船員たちの決死な作業によって助かった命が多く
あったのだと(電気が沈没寸前まで付いていたのは、多くのボイラーマン船員たちの命を懸けた作業があり
殉職者が200人以上いた)
そして救助者の内訳で、1等客室が優先で助けられた「格差」の理由。
群像劇として多くの教訓が後世に残された話であって、語り継がれている理由がよくわかりました・・・

「NO2」は詰めの悪さが最近あって、無理やり「NO2」にするのも強引さが目立つんですが
小栗上野介の時の東善寺の住職さんや、大久保利通の時の佐々木克さんあたりが
補足してくれる時はいいんですが、今日の加治将一みたいなどうしようもない奴の時は
専門の先生も出ないんですね・・・まあ、当然だろうけど。
こんなインチキな解説をされる岩倉具視も不憫であります。。。

来週のBS歴史館は西郷さんです。
一つだけ言いたいんだけど、例の庄内藩を中心とする幕府勢力による「薩摩藩邸焼き討ち」の件。
あれば窮地を打開するために、特に西郷が指示(謀略って書かれることが多い)したんじゃなくって
その以前から、東西呼応しての挙兵策を含めた浪士らの江戸での工作は行われていて
大政奉還の後には、むしろ江戸の浪士たちに自制を求める吉井幸輔からの書簡が、3通あったり
するわけですね。
それが慶勝・春嶽の工作、慶喜の巻き返しで押され気味だった西郷・大久保らにタイミングよく起こったもの
だから「西郷が」ってなるわけ・・・
(またこのことはこのブログでまとめようと今、読み込んでるんだけど)
まあ、当たり前のようにされそうではあるんですが・・・

本題>>
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by enokama | 2012-04-12 23:41 | ドラマ感想 | Comments(2)