エノカマの旅の途中

enokama.exblog.jp

旅と歴史と競馬のお話をします

ブログトップ

<   2012年 03月 ( 11 )   > この月の画像一覧

生野銀山を擁する生野は幕府天領として、また但馬の玄関口として栄えたところ(→詳しく

当時の掛屋(両替商のような場所)や宿屋の一部は当時のままに残されています!
f0010195_2161179.jpg

f0010195_2165882.jpg


もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-31 22:45 | 歴史連載 | Comments(2)
第一回大会議のころ、京にあった北垣国道は
八一八政変と大和五條の挙兵に苦慮する長州人らと協議を重ねていた。
窮地に追い込まれた在京長州人からは、一日も早く「大和義挙」の応援を図るべきと
農兵を利用した「但馬義挙」の提案がされ、すでにその意思を持った平野国臣は但馬に下っていた。
北垣は「一年は農兵の養成にあてたい」との意見を述べ、但馬有志の大勢も同様だったが
のちに押される形で「烏合の衆」とも言える未調練で寄せ集めの強引な農兵の招集は、その杞憂の通り
「まったくの瓦解」と北垣が述懐するほどの失敗に終わったのである。

九月十九日の第二回大会議では早くも大和義挙に呼応した「挙兵」と決し、平野・北垣らは長州の同志
獲得のため長州に赴くこととなる。

もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-30 23:43 | 歴史連載 | Comments(0)
こちらは浦戸にも近い場所にある若宮八幡宮です。

戦国武将・長宗我部氏が一番勢力を伸ばし「四国の雄」となったころの元親が初陣祈願をした場所で
見事に勝利を飾り、その後は「出陣祈願の社」とされ現在はゆかりの場所として立派な像が建てられています。
f0010195_10232689.jpg

八幡宮
f0010195_10279100.jpg


もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-29 23:17 | 土佐藩 | Comments(0)
お城めぐりのレポが3件ほど溜まってますんで、少しずつ紹介して行きます!

「龍馬伝」の年に高知に行った際は、混雑を避けて(?)長宗我部めぐりをしてきました。
この時は車で行ったので結構回れたものです。

まずは浦戸城跡からです。
一時期、長宗我部氏が本拠とした所で、場所は現在の国民宿舎と坂本龍馬記念館の建っているあたり
なので行かれる方は多いでしょうが、ツアーのバスで行かれる方は施設内を見るだけで時間が
済んでしまうと思うので、気づかれないかもしれません。
遺構も建物がいっぱい建ってますので、わずかばかりの石垣程度になっています。。。
f0010195_22547.jpg


もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-23 23:14 | 土佐藩 | Comments(0)

山縣嫌いと司馬史観

北斎展の後は、一月ほど「新収蔵品展」として違った展示がされてます霊山歴史館に行ってました。

歴史館前の木戸さんの石灯籠と薩摩梅
f0010195_23135048.jpg

そういえば月曜に休みを取れば四連休になることもあるでしょうか?
京都の人出はとても多いし、歴史館もいっぱいでした。

ちょうど木村学芸課長がおられて、今回の展示の詳しい説明も聞くことができました。
ありがとうございました。
今回の五稜郭の鳥瞰図風な絵図は特に圧巻でした・・・

まだまだ古書店等には貴重な資料も眠っているようだし
持っておられる方側では「その価値観」ってのはわからないだろうし
探しがいがあるっておっしゃってました。
またツアーの時期にもなりますし、予習もできたらしておきたいと思います!

このあとは講演を聞きに行きました・・・

もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-20 23:08 | 歴史全般 | Comments(0)
本当に仕事がこの決算時期に忙しくって
その合間の添乗仕事も毎週ぐらい依頼があるって感じで(かなり断ってしまってるんですが)
まともな休みが3週ほどなかったんですが
やっと時間ができたので、先日の日曜日は京都でいろいろと満喫してきました!

もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-19 19:18 | 私の好きな京都 | Comments(2)
薩摩出身で美玉三平と言う男がいた。
江戸の昌平黌にも学んだが、清河八郎らの「虎尾の会」に名を連ねて、過激な尊王攘夷活動に入り
薩摩でも強硬な一派だった有馬新七、大山綱良らの画策した
長崎での外国人襲撃計画(未遂に終わる)にも関与していた。
有馬らが上意討ちされた寺田屋騒動では捕われの身となったが江戸へ逃亡し
文久3年(1863)3月に但馬の地へ逃れ、中島太郎兵衛・太田六兵衛らの豪農層と知り合い意気投合し
能座の北垣国道宅にも匿われ、ここで三条実美にあてた農兵組織の建白書を認め
五月下旬、北垣と共に上洛する。

もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-13 23:16 | 歴史連載 | Comments(2)

あれから1年

今日は冬に逆戻りしたような朝でしたが
いい天気になって、久しぶりに四国八十八か所の仕事に行ってきました!

まだ2回目(1年で10回割のコース)ですんで、お客さんもまだ慣れられていない段階ですが
だんだんと服装も自然に、おなじみの方もできてきたりして、毎月が楽しみになってくると言うだけでも
充実した1年を迎えられるし、励みになってくるんで
できるだけ多くの方に満願していただけるようにサポートして、最後に「ありがとう」と言っていただけることが
添乗員のやりがいでもありますんで、頑張って行きたいなと思います。。。

今日の14時46分は11番の札所だったんですが、鐘がつかれて
皆さんで黙とうしました。
関東の方への安否確認の困難さや「帰宅難民」となった話を聞いた生々しい記憶からもう
1年経ちましたが、神戸辺りの復興を見ていた自分にとっては、あの瓦礫を見ても東北の復興は
まったく遅いような感じがします。
また今日一緒に行った添乗員さんは去年も四国に来ていたそうで
お客さんから「もう帰ったほうがいいんじゃない」って言われて(自粛って流れでしたが・・・)
「こんな時だからこそ、お参りが大事なんです」って納得してもらったとか(苦笑)

番組もいろいろやってまして、当時の首相や首長当たりの初期対応辺りに批判がされてますが
自分自身がもしその当事者だったら、しっかり適切な指示も出せたとは限らないと思うし
批判ばっかりじゃなく「よかった面・悪かった面」をしっかり分析した上で
今後に活かせる教訓ってのを、しっかり後世に残すことの方が重要だと思うんですがね。

ただ放射能の事や今後起こるだろう震災の予想などは、これだけ情報があふれているような時代に見えても
まったく何を信用して、どう対応していけばいいのか僕には全然わかりません・・・
マスコミが信用できないのは今更だけど、ネットで見ても酷いところや極端な主張などは
どう取って行けばいいのだろうか?
「島田市長」でくぐったら、醜い批判の嵐なんですね(放射能以外の理由もあるようだ)
そんな場合かとも思うけど。
一方的な個人批判だし、公平さが必要な掲示板でも「がれき受け入れに賛成意見」に対しても
ことごとく叩きまくるって異常な状態のように思います。

あと復興費用や東電もやっていけなくなるだろうから、結局は税金しかないんでしょう・・・
後世への長い目で何が残せるのだろうか?
結局、神戸のように仕事が韓国に取られてしまうようになってはどうしようもないし
しっかりと産業を維持発展させて、しっかりと税金を納められるような世の中にしないと
後の世代につけを残すだけってことには、なってほしくないです・・・

江戸時代末期にも安政あたりは災害が多発してました。
でもその都度、立ちあがった日本人がいました。。。
幕府にしろ、藩にしろ、必死に民のために施しをしています。
今の国家、今の我々にもできるはずです!
[PR]
by enokama | 2012-03-11 23:47 | 総合 | Comments(0)

士魂商才~五代友厚

五代才助(友厚)や児島惟謙と言った、幕末の長崎で活躍した志士たちを調べようと思って
何冊か中古で集めたりしてたんですが、放置状態になってしまってた(これだけじゃないけど 苦笑)
ようやく、しっかり読むことができました!
f0010195_23155940.jpg


もっと見る>>
[PR]
by enokama | 2012-03-08 23:06 | 薩摩藩 | Comments(0)
今日は伊藤博文が暗殺のころから、山縣有朋がある意味「元老」として首相を選ぶ際に
薩長閥から離れて「政党政治」に移行していった流れを、浜口雄幸の暗殺あたりまで取り上げていました。

それにしても、今もそうだけど「マスコミ」記事の書きようで世論ってのは形成されて
それは常に「汚職じゃ金権だ」ってことで、政策と関係ない部分で政争の道具として利用され
スキャンダルとしての失脚、煽動された人物による暗殺ってのが維新後も多くありました。

昔の政治家は命がけ>>
[PR]
by enokama | 2012-03-05 01:00 | 歴史全般 | Comments(0)