エノカマの旅の途中

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先日月曜日、BSTBS「NO2」で水野忠邦が紹介されていました!
この番組制作が「テレビマンユニオン」で(まあTBS直では、よう作れないだろうけど)
NHKの「BS歴史館」にも制作協力で入ってるんで、なんとなく作りや出演者も重なってくる所も
あるように思えます。。。
今日は加来さんが出ていて、しっかり説明されていたと思います。
おそらく来週は比較的知られた「遠山影元」なので、某Dさんになるのかな?
それにしても回によっては「BS歴史館」よりもマニアックになるので
この番組も侮れませんね・・・
 

結局、総スカンで終わってしまった改革>>
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by enokama | 2011-11-26 23:25 | 幕府東国諸藩 | Comments(0)
福井藩(越前藩)に関しては藩主だった松平春嶽、その側近・中根雪江
利け者の能吏で橋本左内とも近かった村田氏寿の手によって、明治維新後に幕末の記録をまとめた「再夢記事」「丁卯日記」「続再夢記事」と言う貴重な幕末史料があります。
今回の福井行きでは、それらの史料が図書館に開架であったので(全部で10冊ほどある)ほしい記事が手に取って短時間で確認できコピーできたので、本当に足を運んだ甲斐があったなと思いました!
一番知りたくって、それも詳細に書かれているのが慶応3年の大政奉還~王政復古の流れでこちらはじっくり読み込んで(なぜかこのことが書かれている「丁卯日記」の部分は文字が小さくて多い)流れを知りたいと思っています。


今日はその中から、禁門の変で福井藩が護った堺町御門での戦闘の話で(関連記事→こちら
福井藩側から見たその記録です!

入江九一の最後>>
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by enokama | 2011-11-22 23:57 | 福井藩 | Comments(0)
福岡ホークスが優勝しましたね(SBはあまり好きじゃないんで言いたくない・・・)
まあお金はあるようで、カブレラ(二年契約でまだやるんだと)やら、キャッチャー細川の豪快な補強もあったけど
二遊間の川崎本多・センター長谷川・キャッチャーの細川・山崎と言った生え抜き中心のセンターラインが
強固だったことと、毎年骨折していたサード松田もフルに出られたこともよかったでしょうね。
ピッチャーはもともと揃っていますし。
まあ、今のパリーグはどこもいいピッチャーがいるんで打つ方もレベルが高いし
横浜や広島のように態をなしていないチームを含んでいる、セリーグとはレベルが違うんだなと思う。

落合さんも終わりですね・・・ドラゴンズはコーチ総替えに近くOBばかりになったけど
能力がないって過去に烙印押された人もいますし、チームが強くさらによくなるって誰も思わないですよね。
セリーグでまじめにやっているのはスワローズだけか。
タイガースは四位の戦力ではないけど、いくつかの置物がね・・・代わり映えもしなさそうだし。
新しい監督は思い切ったメリハリのついた采配ができればと思うけど
浜中や桜井と言った生え抜きを潰してしまった経験をいい方に生かしてほしいですね。


最近はあちらこちらに出かけることができて嬉しいです!
先週土曜日、仕事でしたが何十年ぶりかに小豆島に行ってきました。。。

船に乗って>>
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by enokama | 2011-11-21 21:37 | 旅行 | Comments(0)
慶応三年当時、土佐藩在京参政の一人であった神山左多衛(のち郡廉と称し、新政府に出仕。
各地の県令などを歴任する))の十一月の日記が「陸援隊始末記」に載っています。
このあたりは「近江屋事件」を挟んだ、当時の京都の情勢がよくわかるものとなっています。
(関連記事→こちらこちら


十一月十四日
藩土芸ヲ会藩ヨリ討タズンバ有ルベカラズト企コレアルヤニ粗聞ユ。石精(石川清之助)ノ手ヨリモ聞ユ。
 土佐も芸も「討幕勢力」と見る動きが、会津に見られたとのことでしょうか。「大政奉還」は討幕派の陰謀と
 する記述は、佐幕側・討幕側問わず結構ありますよね。

十一月十五日
町御奉行ヨリ今日宮川助五郎ヲ受取、河原町御邸牢屋へ入候事。
松力へ行、否ヤ我宿ヨリ家来申来ルハ、才谷梅太郎等切害セラレ候由。直二藤次下宿へ行、諸事手配等
取扱致シ候事。
 (福岡)藤次下宿は近江屋の隣で、こちらで事件の対応に当った。坂本即死、石川疵受、家来深手也とある。

十一月十六日
 白川藩邸(陸援隊屯所)の新選組スパイらしき人物を拘束し、河原町藩邸牢に入れる。
 白川の浪人(陸援隊)には猥らな挙動を慎むよう伝える。
 大久保一蔵入京。

十一月十七日
海援隊入七人入京中ノ所、新撰等ヨリ穿鑿甚シク、宿屋へ泊るモ宿屋二断り、身ノ置所コレナク、依テ白川入焚出増ノ事只次郎(森脇唯次郎)ヨリ伺出
 入京中の海援隊士を保護するべく、白川藩邸に入れるよう申し出がある。このころは河原町藩邸で飯を
 炊き出し配達をしていた(副食物は隊士の自弁)ので、その数の追加も依頼している。

十一月十八日
御陵守リノ新撰ノ内(いわゆる新選組から分離した御陵衛士のこと)阿部十郎二今一人河原町御邸内へ駆込・・・(中略)外二タヨル所コレ無ク、此方様へ御囲置キ下サレタク・・・
右駆込来タリ候時、(寺村)左膳(寺田)典膳ノ取り計ニハ、支配頭モコレアルベキニ付、手順相立テラレ
申スベク・・・尚詮議ノ上答へ申スベク云々答へ、帰し候ヨシ
 保守派で知られた寺村らしい冷淡な対応ですね・・・
 おそらく、その処置を気にした討幕派の毛利・谷が後日、二人が薩摩藩に保護されたことを聞き
 この日記にも知らされています。 

桐野利秋「京在日記」より>>
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by enokama | 2011-11-20 23:49 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)
今年もこの日がやってきました(まあ旧暦ではないんですけど)
書こうと思っていたことがあったんですが、過去記事を遡ったら同じ様なことを書いてましたので
(よくあることなんですが 苦笑)今日は短くしておきます。。。

今晩が一番、しし座流星群が見られるそうです。
天を見て、慎太郎を偲びたいと思います!
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by enokama | 2011-11-17 19:33 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)
2年ぶりに「近江屋事件」により、坂本龍馬・中岡慎太郎・藤吉が襲撃され
龍馬の命日とされる11月15日(16日説もある)に行われる
京都・霊山護国神社の墓前祭に行ってきました。

去年は北川村の慎太郎墓前祭に行ってたので(17日)行かなかったんですが
大河ドラマの影響もあって、大勢の人が集まっていたそうです。
今年は平日真ん中だし、だいぶ落ち着いた感がありました。。。
去年のブーム(?)では人々にはどんな影響を与えたんでしょうね。

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by enokama | 2011-11-16 22:27 | 私の好きな京都 | Comments(2)
土日とフリーになるのを確認して
思い立って久しぶりに福井に行ってきました!

歴史(幕末)ブログやりだしてから、正直これだけ批判される藩だとは思わなかったんだけど
武士道と打った士族側の精神論で語る評価と
領民を思いやることと、国を富ますことに重点に置いた施策の評価では
絶対的な見方が違うのです。。。
書物としては絶対に前者が語られることが多いですしね。

僕の歴史研究の原点は福井なので、ずっと拘って行きたいし
もっと発信して行きたいんです。

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by enokama | 2011-11-13 23:10 | 福井藩 | Comments(2)

福井より

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福井にきてます!
それにしてもまだ冷え込みませんね。。。
もう店は閉まりかけているので宿に戻ります。
明日、雨が降りだしそうなので、早めに起きて行動するつもり!
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by enokama | 2011-11-12 20:10 | 福井藩 | Comments(0)
始まりましたね~
なんでかアクセスが多いんだけど、これも理由なんでしょうか?
やっぱりこの番組はいいですね。。。
今日の動物の先生はいつも面白いです(笑)
それにしても犬囲い場はでかすぎるよね。

綱吉の件については先日のBSでも通説ほど、ひどい人物ではなかったとの意見も出てましたが
細かく詰めていったらその施策には納得できる部分も多いと。
吉宗の桃園の開設と象の話も出てましたが、それぞれの色ってのも面白いもんですよね。
享保の改革については「経済論」で言えば、米にこだわりすぎたし
まったく手放しで成功と見えない面もあると思う。。。(月曜の番組は従来の論通りで切り方が足らなさすぎ)
江戸時代のいろんな経済政策だけ研究しても、今の施策に生かせると思うんですけどね。

連絡ですが15日は有休取って、霊山に行ってきます。
細かい予定連絡は少しお待ちくださいね。
今週の土日は福井に調べものをしに行こうと画策中です。

また一個前の記事、大幅に追記しております。
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by enokama | 2011-11-10 23:11 | 総合 | Comments(0)
昨日のBSTBS歴史番組「NO2」で、大岡越前をやっていたんだけど
解説があの童門さん(一人)やった。。。
案の定、目新しいこともないし知った話ばっかり(苦笑)
BSの歴史番組ってコアな人が見るもんだろうし、あの程度だったら地上波のぬるい番組に回せばと
思うんですけどね。
この人だったら知識の限界が小さいし(無駄に範囲は広いけど)話は広がらないですわ。
鈴木健二氏以来の歴史番組を見続けている人だったら、誰でも務まるわな・・・

先週なんか徳川四代将軍のころの話だし、その前は石田三成の側近・島左近!
ようマニアックなところって・・・
たいがいその時は加来耕三さんだけど、今まではぬるいような著書が多い印象でどうかなと思ってたけど
ようさすがに知ってはるなと感心してたんですが、すごい対照的に今回は落差を感じました。。。

それにしても磯田さんを含めたこの3人で歴史番組は回ってる印象なんですけど
もっといろんな人に出てもらって、いろんな多様な意見も聞きたいと思うんですが
テレビ向きにしたらしたで、研究にも差しさわりが出るかもってことがあるのかな・・・

慶応3年10月の中岡慎太郎の動きは、残されている日記が9月で終わってしまっているので細かくはわからないが、まず10日に上洛した坂本龍馬が白川の陸援隊屯所を訪れている。
よく語られる「この通り準備はできた。いつでも起てるぞ」と慎太郎が言い放ち
龍馬が「武力はいかん」との思いを強くし、大政奉還(=平和論と取る見方では)に向けて
「後藤を叱咤激励する」との話が作られ語られることが多いが、 このことから坂本は話し合いによる平和論者
対して中岡は用兵による武力討幕と決めつけることが多いが、果たしてそうなのだろうか。

どうしても龍馬主役の話となると、慎太郎や薩摩の連中が「わからずや」って書き方になっているんだよね。
討幕の密勅で西国雄藩の融合(薩長芸)を図る一方で、幕府と戦った場合の勝算と言うことに関しては
戦力的にまだまだ劣るので(鳥羽伏見では旧幕府側が本来なら普通に勝てたはず)慶喜を軸とした枠組みでの妥協点としての判断も一方で必要だった
その妥協によるぎりぎりの均衡が崩れたのが、庄内藩を中心とした「江戸薩摩藩邸焼き討ち」事件だったわけですけどね。
まあ、西郷の陰謀とかよく言われるけど、前々からいろいろと各地で仕掛けていた工作がタイミングよく功を奏した偶発的なものであるんですが
これはまた「薩摩藩」のカテゴリで改めて触れたいと思います。

連載の最後です>>
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by enokama | 2011-11-08 23:25 | 中岡慎太郎関連 | Comments(0)