エノカマの旅の途中

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小谷で江

(少し開きましたが、こちらからの続きです…画像追記してます)
20日は「江」ゆかりの地を訪ねるってことで
まあ、それなりのツアー代金で
久しぶりの「格安詰め込みツアー」からは解放されたので(笑)
自分自身も楽しむことができました!

長浜周辺では「三姉妹博覧会」(→こちら)が行われていて
長浜市街地の会場と小谷会場、浅井会場の3か所を回ってきました(巡回バスがあるようです)
長浜会場は主に過去の大河ドラマの展示(一作目の彦根舞台「花の生涯」がしっかり取り上げられていた)
浅井会場は「江」のドラマの裏側を紹介する内容でした。

小谷へ>>
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by enokama | 2011-02-28 23:45 | 散歩 | Comments(2)

ネコパンチ!

やっと原稿書きから解放されました♪
関連書籍やら、コピーやら、パソコンの周りがごちゃごちゃだったんで
やっと片づけられた(笑)

今日、うれしかったのはネコパンチが勝ったことでしょう!
中山得意で切れる脚がなくって、ローテは使いづめで騎手が大庭君(→ブログあった)・・・
脚質も最近はいろんな戦法を試してみてたけど、今回は鮮やかな逃げ切りで
今日は有馬記念馬の参戦(強かった!)で中山も観客多かったようで、すごく盛り上がってたようです。
こういう個性派がいるのもいいですね!
僕自身もやっと、馬券になってくれてうれしいです。。。
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今年はアンカツさん流しにこだわるのと(連対率4割近いし)
酒井学君の傾向がわかってきたので(今年はもう7勝してる!)
久しぶりに競馬収支が浮いてきてます(嬉)
3月は2回ぐらい、現地参戦したいな!と思っています。。。
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by enokama | 2011-02-27 23:18 | 競馬 | Comments(2)

長浜で江

仕事で長浜に来てます!
さすがに人多し・・・
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by enokama | 2011-02-20 14:50 | 散歩 | Comments(0)
ちょっと、仕事が忙しいのと(帰宅が9時すぎ…)
引き続きの原稿作成があって、ブログの方まで手が回りません。
大河ドラマのことや競馬のこと、史跡めぐりの継続ネタもあるんですが
また3月すぎにボチボチ再開できるかと思います。


それと個別にメールをしたり、予定を組んだりってのが今のところ余裕ないんで
とりあえず当面の連絡事項をこちらで失礼いたします・・・

3月13日の山南忌は、行事には出席しませんが
来られるみなさんで、晩に飲みに行こうかと話しております。
4月16か17日あたりには、恒例の中岡慎太郎誕生日オフ会ができたらなと
考えております(っていうか僕が思っているだけですが…関係者の方にはまた連絡します)
岩倉の「岩倉具視幽棲宅」の修繕工事が、4月には完成すると思うんで
候補地にしてます。
また、ミクシィの中岡慎太郎コミュ・中岡慎太郎先生顕彰会に私の窓口で入って
いただいた方には詳細連絡しますので、ご意見・ご要望等もございましたら
連絡ください!
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by enokama | 2011-02-16 23:40 | 総合 | Comments(0)
摂海の安治川口沖に入ったディアナ号の目的は京都にも近く朝廷への圧力の意味もあっただろう。
ロシア側との交渉に大坂城代は通訳の依頼を緒方洪庵に依頼し、塾頭の伊藤慎蔵と原唯一を派遣したがオランダ語が全く通じず、身振り手振りも交えてと言う状態で彼らは英語の必要性を大いに痛感したと言う。
この事態に幕府は長崎での交渉に続いて全権の筒井・川路を派遣することにし、交渉場所も伊豆下田としロシア側も従い10月15日に来航する。

しかしこれまでの摂海侵入の行動以外のプチャーチンの一連の開国を求める交渉に関しては、 ペリーに比べて「威嚇より対話」として穏便な態度で臨み、対応した全権二人も大変気に入り
筒井に対しては書記官の記録に「この老人は最初から私たちを魅了した。長い生涯と生活の苦労で鍛えられた柔和な風貌は、自分たちの祖父にしたいほどだった」と残されている。
この時は53歳であった川路に対しては「45歳ぐらいの大きな鳶色の眼を持った、聡明闊達な顔つきの人物」と残している。

しかし下田での交渉の最中、ディアナ号に災難が襲い掛かる。
ロシア側の記録には「千以上もあった家々はまるっきりなかったように姿を消してしまった」と残る
11月4日にいわゆる安政の大地震が起こり、下田も被害のなかった民家がほとんどなかったと言うほどの大津波の被害を受けた。
ディアナ号も座礁し、舵と船底を大きく損傷してしまった。
この災害の中でもロシア兵たちは被災民の救護を積極的に行い、日本側に好印象を与えている。
この中断はあったが「日露和親条約」は下田にて12月21日になって結ばれている。


この時の日本人はすごかった>>
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by enokama | 2011-02-08 23:51 | 幕府東国諸藩 | Comments(0)
今日7日は(新暦ですね)幕末に、日露和親条約が伊豆・下田で結ばれた日で
この中に「日露境界は択捉島とウルップ島の間に定める」との条項があることで
この日を持って、北方四島は日本固有の領土としての運動を盛り上げようと
「北方領土の日」として制定されています。
僕個人としては、この幕末の条約での境界線での問題を踏まえての
明治八年の「樺太千島交換条約」(→こちら)が平和裏に締結された事が
本来主張すべき領土であるし、理屈も絶対通ると思うのですが、どんなもんでしょうか?

それにしても、前は当日の政府広報もあったりしたのに
くぐってみても全然、この関連記事なんかもほとんど出てきませんよね。
かつて住んでいた島民の方の思いは運動にも現れていますが、もう高齢の方が多いですよね。
5年後、10年後と知る人が段々と減っていって、フェイドアウトしてくるかもしれない・・・
このあたりは周辺諸国との領土問題(本来、きっちりと国が主張していれば問題とはならない)
が山積するような現状と、全然その危機意識を持たせないような教育や一般的な現状周知が
日本は中韓露に対して劣っていることなんでしょうけど
例えば街頭なんかで、このテーマでインタビューされてもそれらの国だったら、しっかり主張されるだろうけど
日本人なんて、全然答えられないんだろうな。
また、この国の報道はもう腐りきってるから、今更どうしょうもないだろうけど
「理不尽な主張しますね。横暴ですね…」まあ、なんでも綺麗ごとでないとダメらしい。
それが尖閣にしてもちゃんとした事実を伝えていないこと。


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by enokama | 2011-02-07 23:08 | 幕府東国諸藩 | Comments(0)