エノカマの旅の途中

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今日は西郷さんが登場しました!
多分、西郷が腹黒いように描きたいのだろうけど
どう見ても、龍馬の方がいやな奴に見えてくるのですが
ひねくれてますか?(苦笑)

「豚姫」から話の掴みに入りました。
この手の話は龍馬は実際うまかっただろうと思う。。。
軍武役って言って、龍馬の言う「長州和解」を跳ね付けたように見えたけど
藩(当時一般的に、国って言うのは藩のこと)の組織が大事だってのは当然の認識ですよね。

龍馬が幅広い目線だったとか「日本国」と言う意識があったと言うけど、言ってみれば
まだこの時点で浪人だし、組織の長でもないんだから、好き勝手な事は言えるんだよね。。。
後の話だけど「大政奉還をしろ」ってずっと言ってたのは、いつも話を聞いてくれる松平春嶽だったけど
どうも京都守護職を辞めてから臆病になってしまって・・・
そんな中、長崎で後藤象二郎を通じて山内容堂のルートができて実現に向け進んでいった。
まあ、このあたりのフリーハンドの動きは、一方の雄・中岡慎太郎を含めた魅力でもあるわけ。
だから、今日のやり取りで西郷が保守的って見方は一概に言えないんです。

また、この時点では「長州を助け、また同じ土俵に立たせる」って方針を
十分なリサーチをした上で、理解のあった徳川慶勝と話し合って決めたこと。
なんか長州も西郷も、どちらもしたたか?って(長州はまっすぐでしょうが!)言って
捻りもないセリフだったけど、どちらも必死だったんですよ!
あと旧海軍塾生が、薩摩に抱えられた話はむしろ龍馬が乗り気だったはずです。


一方、半平太の「どくまんじゅう」ですが、本来の史実の意味からもかけ離れて
二人の師弟関係も良好なんですから、素直に食べさせてもいいんじゃないですか。
以蔵もよくわかってるじゃないですか!
(一緒に見てた、そう歴史に詳しくない家族も言ってました)
拷問も見たくないし、殺したくもないだったらどうするの?
このぐちゃぐちゃな脚本だったら、どくまんじゅうで死んでもおかしくないと思う。

来週はここに龍馬が来て、かき回すんですね・・・
「空白の六ヶ月」だから、どう書いてもいいんだろうけど
半平太は負けたんや!ほんと覚悟決めてるんだし、ちゃんと武士らしゅう死なせてやってくれ。
たぶんいっぱい愚痴る展開になりそうだ(苦笑)
僕だったら、高杉や五代才助らと上海に渡らすけどな。
そっちの方が夢あっていいじゃないですか!
用意してあるんだったらいいんですけどね。。。
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by enokama | 2010-06-29 23:29 | ドラマ感想 | Comments(4)

宝塚記念2010

先週土曜日は日帰りで、昼神温泉とさくらんぼ狩りのツアーに行ってきました!
またまた、朝早くって晩帰り遅いツアーで(16時間越えたぞ!)
今考えたら温泉ぐらい、浸かってきたらよかった。。。(泉質は、かなりよかったそうです)

まあ温泉良かったし、さくらんぼ(飯田市の元善光寺近く)もうまかったし
(ちょっとしたパックで買ったら1000円だから高級品だね)普通ならいいとこなんだけど
正直、定員に足らないから二つのツアーの出発地をくっつけた日程だったんで
とんでもない離れた4ヶ所で集客するだけで、1時間半もかかってしまう(往復で3時間)
雨だし、正席座れないで補助席だし(うまいこと48人いっぱいにしてくれるので・・・)
さすがに疲れた・・・

でも、次の日はしっかり起きて行かないと!

宝塚記念>>
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by enokama | 2010-06-28 23:40 | 競馬 | Comments(0)
今晩(いや、早朝なのかな?)サッカーワールドカップ
いよいよ決勝リーグをかけた、デンマーク戦です!
内容的にはどうだろ。。。勝った試合より、前の試合の方が内容よかったような気がします。
ほんとはライブで見るのが一番だろうけど、起きられたら見たいです!

それにしてもいろんなドラマもありますよね。
北朝鮮なんて気の毒だったし、フランスはチーム内紛でバラバラになったり・・・
あと、今朝の金子達仁さんのコラムに書いてあったんだけど
ほんとはアフリカ各チームって地元だし、ホームの利で応援の後押しってのは
絶対有利になるはずだったんだけど。。。

今回ってブブゼラってあるよね。
正直、ただの騒音にしか聞こえないし美しくもなんともないの。
まあ、こいつのせいで応援ってただ単調に吹くだけだから、そのスタジアム全体のワーって波を打つような
盛り上がりが感じられず、敵が攻めてきても地元が攻勢をかけても同じだから
ホームの有利さが、なかったからじゃないだろうかと・・・
なるほどね!


話変わって
今週は土曜日に仕事で、昼神温泉へ行ってきます。
日帰りってまじかよ(驚)
日曜日はいよいよ宝塚記念ですんで、前日が遅くなりそうでちょっときついんだけど
いいメンバーですし、頑張って見てきたいと思います!

てな訳で更新が止まりますので、枠発表時点での予想を・・・

宝塚記念の予想>>
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by enokama | 2010-06-24 23:14 | 競馬 | Comments(0)
別に僕がむきになることもないけど
正直、武市半平太に対するドラマでの扱い、それに関する識者や脚本を信じる視聴者らの
反応ってのがあまりにもひどすぎる。
僕も今回の大河は、香川弥太郎や大森半平太&勤王党(あとは吉田東洋かな)が出てなかったら
見てられなかったと思う。
今までの感想にも書いてるけど、龍馬が魅力的だったとか、よかったとか正直まったくあらへん・・・
周りの人間に「まちがっちょん」とか「おまんのゆうとおり」って言わせて、何でもかんでも龍馬が正しいんかよ。
別に龍馬が間違いやらかしてもいいやん。。。
それを乗り越えて成長することでも話はできるでしょう。
何で周りの人間を歪めてまで立てな、ならんのだ。

ドラマだからフィクションだって思えばいいかも知れない。
でも、半平太がこの次にいつドラマや映画になるって言うんですか。。。
せいぜい10年に1回ほどでしょう。
こんなのやってしまったら、そのイメージがずっと続いてしまうわけですよ。
だから主張したいんです。

今、このブログは1日100ほどアクセスいただいて
おかげさまで専門の先生や、NHK関係者にも見ていただいてます。
一応、記事は基本的に複数の書籍を読んで偏らないようには心がけていますが
まだまだ至らない点もあると思います。

しかし、いっぱしのプロと言える人がこんな偏ったことを書いていいのだろうか?
僕は決して歴史上の人物を悪い印象だけで評価したくないんです。
赤祢武人や世良修蔵なんか、身分は低かったけど必死に勉強し苦労もしてるんですよ。
陸援隊の恥だと思ってた岩村高俊も愛媛県令の時は結構、民主的な事もやってたと言う。
井伊直弼なんてまったく理解はできないけど、彦根行ったらやっぱりそれだけの大人物だった。
井上馨(聞多)もひどい奴だけど、欧米の最新の産業・経済構造をいち早く理解して
明治の近代化にどれだけ貢献したか!

ある人の記事を貼らしてもらいます。
なんか幕末の人物と現在の政治を比較するテーマらしいけど
まあ、先人に失礼ですよね。。。今、そんな大物政治家いないし。
連載なんでいくつか見たけど、今まで悪く言われてた人はもっと悪く言って
いい人(人気ある人)は持ち上げているだけですわ。
これが結構、ブログで引用されていたりしてね・・・
僕みたいな引用はないでしょうけど!

内容>>
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by enokama | 2010-06-23 23:19 | 土佐藩 | Comments(2)

「龍馬伝」第二十五回

すっかり中岡慎太郎、高杉晋作はいつ出るんだ~
モードになっていたわけですが、大物の登場を忘れていました。

禁門の変~神戸繰練所閉鎖と今回は一気に流れてましたが
あのお方の次回登場の伏線だなと見ておりました。。。

続き>>
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by enokama | 2010-06-20 23:55 | ドラマ感想 | Comments(10)
映画を見た後はこちらも今日から開幕の
「龍馬伝」巡回展(→詳細。7月19日まで)を見に、京都文化博物館に行ってきました!

東京でやってた時は1時間待ちやら、2時間待ちって聞いてたんで
どうかなと思ってたんですが、あっけなく待ち時間も特になく入ることができました!
スペース的には、やはり東京の方が広いんじゃないかな?

内容>>
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by enokama | 2010-06-19 23:52 | 土佐藩 | Comments(0)
今年冬から各地で公開されている、吉田松陰を描いた映画「獄に咲く花」(HPはこちら)が
四条烏丸の「京都シネマ」で今日から公開され、出演者と監督の舞台挨拶があると言うことで
(上映スケジュールは→こちら。相変わらず2週間のみで1日1回の上映です。。。
時間も途中で変わりますので注意してください!)
長州好きの花衣さんと行ってきました!

こちらの映画館は結構、時代劇の独立系作品をしっかりやってくれますんで
たぶんこの作品もやるだろうと待っておりました。
(4月に心斎橋でも、2週間ほどやってたんですが見逃した・・・)
そして舞台挨拶も見られてラッキーでした!

ちなみに原作は、長州舞台の幕末作品を多く書いている古川薫さんの「吉田松陰の恋」(→こちら
実際に松蔭先生にも恋があったと言うことは、ずっと言い伝えもあったらしいのですが
資料から「句集」まで調べて見つけられたと言うことで、決してフィクションでないそうです・・・

それにしても古川さんの文章っていいよね。
なんか優しい目線って感じで、生き生きした人たちの表情が伝わってくるようで
よく長州関連の記事を読んで「これいい文章だな」って見たら、古川さんだったってことも多いんですよ。。。

舞台挨拶>>
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by enokama | 2010-06-19 23:40 | 長州藩 | Comments(6)
サッカーワールドカップが始まりました!
まさか日本が勝つとは思ってなかった。。。
実は始まるまでに、テレビつけたまま寝てしまってたんですがね(苦笑)
こんな誤算(?)は大歓迎ですよね!!

今日はアルゼンチンと韓国戦楽しみにしていて、初めて全部ライブで見ました。
ほんと面白い試合ってこういうのを言うんやろね。
解説が「メッシは目が後ろについてるようだ」って、なんかプロらしくないようなこと言ってましたが
でもほんと、そうですよね。裏かいたり、予測をしない方にパスを出したり。。。
ほんと伝説になりそうな予感で、しっかりこの機会に目に焼き付けておきたいです。
韓国は結果論だけど、前半が守りに入りすぎたのがどうだったかな。
先に点取られてから、積極的に攻めて行く形になった方が内容もずっとよかった。
「攻撃は最大の防御なり」 BY 幕末最強庄内藩・・・言ったもんですね!


こんな中の裏番組ですが、NHKはしっかり通な番組をやってくれます!
龍馬やらおりょうやらで、ほとんど番組を作ってしまう民放とは大違いですね。

隠れた名君>>
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by enokama | 2010-06-17 22:50 | 尾張三河美濃 | Comments(4)
さて池田屋の斬り込みのシーン、結局は入れてきましたね・・・
近藤@原田の薄笑いがなんとも印象的でした。
今回の新撰組の撮り方は、元々の印象ってこんな感じだったんだろうな・・・
冷徹な感じが逆に新鮮に感じました。
龍馬は、頬かぶりをした「逃げ」の小五郎さんと遭遇(苦笑)
幕府と薩摩を一方的にまくし立てますが、冷静に考えると絶対薩摩の方が常識にかかってる。
まあここに龍馬を入れてくる自体がありえない話だし、どっちが善で悪かってのは一概には言えませんけどね。
「亀弥太さんは志を貫かれたんやろ。ようがんばらはった、侍らしゅう死んだとほめてあげなあかん」
このセリフはおりょうに言わせていましたね。
そう、早く切り替えて神戸に戻って勉強するのが、あなたの使命でしょう・・・・

土佐の登場人物で森下又平って全然知らんないし、今日は深山宗林って茶人が出てました。
容堂をどう表現したいのかが、最近は全然わからないんだけど、やがて意味を成してくるんでしょうか?
以蔵は拷問を受けても決して吐きません。事実とは違うんだけど、これでもいいかなと思います。
もう一回、子弟を離反させるシーンは出してくるのかもしれませんけど。
半平太の切腹まではまだ長く、この獄中のセットはしばらく続きそうです・・・
それにしても後藤は弥太郎に冷たいやっちゃな「そら、めでたいの・・・」だけかよ(苦笑)

半平太の女子に手出だししなかった話(実話)ここで出てました。
「友人」って言うなよ。よけいなお節介野郎は「吉村虎太郎」やん。。。
でもここで名前出したら「セリフではばんばん名前出て、なんで出演がなかったんだ」
って苦情がまた行ってしまうからかな(苦笑)
嫁さん一筋だし、下戸だし、行動は直情で当たり、卑怯な手は使わない。
そりゃ、たくさんの同志がついて行く人物だったんです。
(東洋暗殺は藩内の大多数の意があったからね)
ろくに調べない作家連中で、くそみそに書いてる人がいるけど(当たり前のように龍馬は持ち上げるけど)
ほんとにちゃんと調べてから書いてくださいね。

つがいの金魚と蛍が、冨さんの気持ちを表しているようで印象的に残りました。。。
獄中を飛ぶ蛍もよかったです。

高瀬舟や伏見のセットもしっかり作ってありますよね。
そこでお登勢さんが登場。
次回は禁門の変ですね(来島@泉谷?に見えたんですが・・・)
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by enokama | 2010-06-13 23:34 | ドラマ感想 | Comments(2)
先日、霊山歴史館の土曜トーク「佐藤政養」の講演に行ってきました!
講師は東大阪の司馬遼太郎記念館の学芸員さんで、とてもわかりやすかったです。
政養と言うよりも今の大河ドラマ「龍馬伝」で、佐藤与之助として勝海舟海軍塾の塾頭で
あの庄内弁で語っている先生のことですね(→関連記事

与之助さんは以前にも書きましたが、農民の出。
今は山形県酒田市北隣の遊佐(ゆざ)町になっている升川出身で、幼いころから近くの大井村の
真島佐藤治から、彫刻や漢籍の手ほどきを受けます。
遊佐には彼の彫刻作品が残っていて、出身地最寄のJR吹浦駅前には立派な銅像が建っています。
20歳の時には、天保の庄内藩転封騒動があって、佐藤治とともに直訴の領民に加わり、江戸に上がってます。
33歳(嘉永6年・1853)になって江戸に出ます。
考えたら一農民で芸術畑で、当時としては高齢になってからの留学ですから、普通ではありえない話ですよね。。。
酒田の豪商あたりで、趣味三昧でも暮らしていける身分ならともかく・・・
庄内は藩政改革も成功してお金はありましたし、港町・酒田の繁栄ぶりも有名な話です。
このあたり、誰かがスポンサーになってくれないと不可能な話でしょうが
詳細はわからないとのことでした(実は書簡もあって、この人だった→本間郡兵衛
また庄内にいた時代から、あの清河八郎との親交もあったと言う記録も残っているそうです!

江戸出てからも彫刻を後藤恒俊から学び、漢籍を酒田出身の伊藤鳳山(→関連記事)から学びます。
この鳳山と言う人物は、儒家でありながら異端の開国論者であって
三河田原藩の渡辺崋山と結び、一時期は田原に招かれたこともあったそうです。
おそらく、与之助さんも大いに影響を受けたのか翌年は砲術家・広木貫助に入門し
続いて勝海舟の門下にも入っています。
こちらで、元来の器用さもあって蘭学・測量・器械を学び頭角を現し、勝から絶大な信頼を受けることとなります。
(ちなみに勝より政養の方が3つ年上)
また庄内藩からその能力を買われて、江戸湾・五番台場(庄内藩担当)詰となって
やがて名字帯刀を許されるようになります。
そのころ江戸湾の測量も行い海図を残しますが、その記録を持って
幕府の当初、宿場のあった神奈川の開港方針を聞き、それに対して当時寒村だった横浜の可能性を
指摘し(水深があった)横浜開港のきっかけとなったと言います!

引き続き、長崎の海軍伝習所に勝の従者として赴く。
身分が低いので、員外聴講生の扱いでしたが、5年間学ぶこととなります。
(このころ赤松則良や榎本武揚らもいた)
安政6年(1859)海軍伝習所出身者が主に講師となって開設された、築地の軍艦操練所
では翻訳方を務め、翌年に太平洋横断を果たした咸臨丸に乗り込んだ勝の代理として留守を預かる。
ちなみに咸臨丸の艦長だった、木村喜毅と政養は仲が良く(よく勝と木村の不仲を書く書籍は多いですけど。
木村は海軍の実力・人望共に優れた人物)英語の文法を教えるなどの交流があったと言います。

そして勝の(東西海軍局)計画に強力し、勝塾の大坂(大和屋との関係は与之助さんが深かったらしい)
さらに神戸への移転時の中心メンバーとして(文久3年・1863ごろ)
幕臣で不在がちの勝に代わり、実質的な塾の切り盛りをする傍ら、摂海の砲台(台場)整備や
神戸海軍操練所建築(→関連記事)にも携わり、実に多忙な日々を送っていたようです。
そして念願の操練所ができ、各藩から多数の生徒も受け入れるようになります。
(注・神戸の勝海軍塾と操練所は別の場所で別組織。例の福井藩からの援助は勝の塾への
ものだった)

坂本龍馬とのかかわりは、いくつか塾を代表しての与之助・龍馬連名の勝宛(勝から)の手紙が残ってます。
龍馬をある意味、塾頭とするのもおかしくはないようですが、操練所の稼動時はむしろ国事に眼が
向いていたり、勝自身も九州出張時に連れて行ったりしてるので、やはり与之助さんがメインだったようです。
その間、塾で仇討騒動があった時も(紀州・境橋)塾の代表(勝海舟の名代)として立ち会っています。
(もともと武士でないのに立ち会ってるのも面白い話。剣を習ったことはないようなので助太刀ではない?)
近藤長次郎と大和屋の娘・お徳ちゃんの仲人もやってます。
境遇が実に似てるので、目をかけていたのかもしれませんね!
また、その後の操練所の閉鎖問題や、そのドサクサ紛れに塾の運営資金を龍馬らが持ち出した件・・・
このころはかなり苦労したようです。
人のいい与之助さんでしたが、塾生らのやんちゃぶりにはかなり手を焼いていたみたいです(笑)

政養(せいようまたはまさよし)となった維新後は新政府に出仕し、鉄道開通の功で知られています。
ほんと人間的にも生き様にしても魅力的な人物ですよね!
また機会があればもっと調べて行きたいです!
(庄内の33歳までのことが気になるんだ・・・)
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by enokama | 2010-06-12 23:22 | 庄内藩 | Comments(2)