エノカマの旅の途中

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フランスは新政府を通じて謝罪として次の条件を付き付け、土佐藩も了承した。

・土佐の兵隊を指揮せしめた士官、さらに手を下した兵士残らず日本の官員ならびに仏国 
 海軍兵隊の眼前にて、斬刑に処すべき。
・被害者の家族扶助のため、土佐より15万ドルを差し出すべき。
・土佐藩主自ら仏船に乗り謝罪すべき。

二つ目の条件は当初いくらかは支払れたそうだがその後は不明。
三つめの条件は2月25日に藩主・山内豊範が自らフランス艦に赴き、陳謝している。
問題は一つ目の条件で指揮をした士官のみならず、兵をも処罰を求めていることである。
そして、その刑は事件現場での執行を求められていたが、実際当時のフランスでは「目には目を」
と言った報復刑が当たり前のように行われていたそうで、それに準じた処置を求めてきたのである。

しかしわが国の慣例に照らしてと言う事で、一方では強硬な態度に屈した形だが「武士」としての名誉刑としての執行「切腹」だけは認めさせたのだ。
ただし20名と言う具体的な人数が出てきたのだが、その経緯についてははっきりした事は伝わっていない。
そして、この発砲について覚えのあるものとして事情聴取を行ったところ、29名が名乗り出た。
20名なので隊長2名・小頭2名の責任者4名を除いた25名中から16名を選ばなくてはならない。
申し出た者は自己申告であったが、それ以外の兵はこの決定早々に本国に送り出している。
全員の処刑と言う風聞もあったためだ。


土佐稲荷神社
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元々土佐藩の大坂屋敷があったところで、この稲荷はそれ以前からあった農村信仰の社で
藩邸内に取り入れられて「土佐稲荷」となった後も、民衆には開放されていた。
幕末の後藤象二郎の「開成館政策」(→関連記事)ではこちらにも「土佐商会」の拠点を置き
維新後は岩崎弥太郎に事業が継承されて、岩崎も一時期こちら(稲荷の北隣)に居を構えた三菱のルーツの一つとなっている場所である。
地下鉄の西長堀駅からすぐの所で、多くの蔵書を持つ大阪市立中央図書館に隣接した場所にある。

運命>>
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by enokama | 2010-01-31 18:52 | 大坂発見 | Comments(0)
今一つ、面白そうなドラマを見つけました!
NHKの土曜9時からやっている「君たちに明日はない」(→HP
金曜の晩に1~2話の総集編をやってて、企業からリストラ請負(いわゆる首切り)を依頼される会社に
勤める坂口憲二が主人公なんだけど、脚本がほんと奥深くっていい人間ドラマになってるんですよ。
それで面白いのが、その坂口(33歳の設定)が「年上たらし」(笑)で40歳オーバーの女性にしか
興味を示さないの!
それで今はリストラしかけて、個人的に会社に内緒で助けようとした縁で知り合った田中美佐子演じる
おそらく15歳ぐらい年上の人(田中美佐子さんは20年ぐらい前大好きだったな。。。今でもキュートですけどね)
に猛アタックして、それに仕事一筋の彼女がクラッときかけてるんです(笑)
なかなか、この時間(土9)のドラマは当たりが多くって面白い。
今回は6回シリーズなんで、いろんな企業の形を見せて行ってほしいです!

後は朝日系金9の「宿命」(→HP
主役・北村一輝のエリート官僚の演技も楽しみで脇役も豪華ってことで
舞台設定も政界でスケールも大きそう!
2回終わったけど「ちょっと無理あるんとちゃう」(苦笑)展開もあるけど
素材的にはいいんで、また意表をつく展開の期待込みで楽しみにしてます!


それから、久しぶりに洋画を観てきました
今、話題の「アバター」です!
新聞に脅威的な観客動員ってのぐらいでやっと興味を持ったんで(最近は洋画をめっきり観なくなったんで 苦笑)
全然どんな内容かってのは知らずに行ってきました。
ただ3Dで画像に注目と言うことは聞いていたんで、じっくり画面に集中できる「吹き替えバージョン」を選びました。
でも最初は金曜の仕事帰りに行こうと思ってたんだけど案の定、最後の回が一杯でね
(作品自体が3時間近くあるので。字幕バージョンの方は空席あったけど)
今日土曜日、最終の回の前売りを買って観てきました。

最初はちょっとややこしくって、展開が正直面食らったんだけど
だんだんストーリーが盛り上がっていて、自然とそれを壊しに掛かる人間との対決はよかったです!
で1回観ても「もう1回観たいな」と思わせるんです。それでやっと内容の奥深さがわかるような気がする。
もちろん立体的な3Dの画像・音声も、やっぱり映画館で観ないとDVDやテレビでは絶対、伝わらないでしょうしね!
映画館必須の作品だし、リピーター(2回、3回観る人)も出てくるだろう。
これで観客動員がどこまでも伸びるのが、ほんとわかりました・・・
ほんと5000円ぐらいだしてもいいって作品でした!
タイタニック超えもわかる気がします。
ぜひ映画館で観てくださいね。。。
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by enokama | 2010-01-30 23:36 | 書籍・ライブ・映画 | Comments(0)

今、調べていること

今日の「ブラタモリ」も面白かったな!
先週の浅草の庭園もそうだったけど、ほんと非公開の貴重なスポットにどんどんカメラが入って
行くのは、NHK凄いです。
今日の所、上野・不忍池から湯島天神~湯島聖堂~後楽園と6、7年前に歩いたことがあるんですよ。
途中で老舗の蕎麦屋行ったりしてね。。。
タモさんも言ってるけど、僕も高低差には萌えるんですよ(笑)
大阪やったら夕陽丘とか生玉さんの登り、熊野街道の起点やら空堀のあたり。
京都やったらやっぱり黒谷かな。。。
昔ここからむこうが海やったとか、島やったとか想像するのも面白いからね!
神田の古書街も1回はゆっくり巡ってみたいもんです。

でもこの番組はやっぱり予定通り、半年で終了なんですね。
タモさんのスケジュールもあるんだろうけど。たまには不定期でやってほしいな。
「タモリ倶楽部」もいいけど、やっぱりお金の使い方も違うしね。
まあしかし、タモさんが昼の某番組と違って伸び伸びとしゃべってるのを見るのは楽しいです!


「歴史秘話ヒストリア」は久しぶりに3週続けて新しい放送。
バームクーヘン「ユーハイム」も宇喜多秀家も、昨日の川島芳子もよかったです。
川島芳子って結局は作られた偶像ばかりで、実際のことはわかってないんですね。
まあ中国はまだまだ「戦争責任」って相変わらず利用してくるけど、たいがい中国自身も
残忍なこと繰り返してるとおもうんですがね。

それにしても予算ないんかな。来週はまた予想通り、アンコール放送ですな・・・
月3本が精一杯みたい。NHKも地デジで大変なんやろか。
テレビももう買い換えないと行けないんですかね。
まあシステム替えるのはいいけど、肝心の番組の中身が・・・


今「堺事件」の記事、続き書きたいんだけど止まってしまってます。
正直な所、いろんな本はあるけど、そのほとんどが風説や日本武士の意地みたいなことで
脚色されて、ほんとの事を書いてないんですよね。
さらに二冊ほど図書館検索で見つけたんで、もう少し詰めてみようと思っています。

あとは今このブログのアクセス断トツでトップの平井収二郎の件。
でも、なかなか彼のことがわからないです。
結局は「土佐勤王党」「武市瑞山」あたりの史料から拾うぐらいしかないようです。
宮迫収二郎が切腹するまでに、わかりやすく説明できる感じでまとめて行きたいです。
その後はいよいよ中岡慎太郎の登場になるでしょうから
今は彼の論文をコピーして取って行ってます。
ほんまに凄い人だと思うんだけどね。なんぼ言ってもわからん人も多いですわ・・・
暗殺の件もなんかまた「西郷黒幕」やら「中岡説」って言うのが増えてきてる。
そんなくだらんことばっかりネタにしてるんよね。
ほんで手柄は全部、龍馬になるんや。。。
ほんと、今度こそ慎太郎に期待してるんですよ!
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by enokama | 2010-01-28 23:15 | 歴史全般 | Comments(2)
いつも、このブログで中岡慎太郎のことを書くときは「陸援隊」が重要なキーワードとなってきて
文面にも必要となってくるのだが、困ったことが一つある。
「りくえんたい」と打って変換すると「陸延滞」と出てくるのだ(苦笑)
もう一丁打つと「陸えんたい」。。。陸援隊って特に変わった語句でもないと、僕はおもってるんだけどね。
海援隊はもちろん一発変換だけど(武田鉄矢のグループもあるし)知名度の差は歴然なんだろうな・・・
「海から援け」「陸から援け」(福岡考弟のネーミングです)海軍があれば、陸軍もあるでしょうに(笑)
だから基本的には海援隊って打ってから海を陸に変えたらいいんだけど、なんか悔しいから
変換を期待して、いつも「陸延滞」を出してしまう自分がいる(苦笑)

これからお笑いやバンドで一発当てたいって思ってる若者諸君!
ぜひグループ名を「陸援隊」ってつけてほしい。
そしてメジャーになってくれ。そのころは慎太郎自身も脚光を浴びているはずだ!
陸援隊が一発で変換できる日がいつかくるのを待っている・・・

平尾道雄「陸援隊始末記」「海援隊始末記」(中公文庫刊)
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中公文庫で海陸両援隊長の作品が、今回の大河ドラマに合わせて復刊されました!
一番左は前回刊行の「陸援隊始末記」文庫本。

「陸援隊始末記」は、一番最初に出た中岡慎太郎伝記(→尾崎卓爾著)が、ほぼ田中光顕提供の史料
と地元の言い伝えによるもので、幕末全体の流れでの慎太郎の動きがもう一つ掴めなかったのに対し
当時、山内家家史編修所勤務だった平尾氏は、他の志士たちの日記や記録も丹念に調べ上げて
慎太郎の勤王党での立場や脱藩の背景、長州藩士らとの交流やどれだけの幕末期の大物と関わり
があったか調査、初の本格的な史伝となったものです(1942年刊行)
しかしながら戦後になっても、残念ながら慎太郎の名が坂本龍馬のように浮上することもなく
新たに調べて世に出る作品も稀であり、後にも先にもほぼ唯一の「慎太郎伝」となってきた作品です。
それも何回か改訂も経ましたが、最終の文庫版の刊行が84年で以降は絶版となって
手に入れるには古書で探すほかありませんでした。
これでは慎太郎を知ると言う術は、ほとんどなかったのもしょうがありませんね。

「海援隊始末記」は1941年の刊行。
初版本も見ましたが「いろは丸事件」などは、わずかな記事のみでしたが調査・取材が重ねられて
のちの改訂版はさらに充実して行きました。
司馬遼太郎「竜馬がゆく」はこの作品の丸写しだと言う場面がいくつも見られるように(近江屋の暗殺
はほとんど引用されている)今、巷にあふれている龍馬本のエピソード等の原点は、この作品にあった
と言っても過言ではありません(舟中八策や、西郷さんのふんどしの話もそうですよ)
また完成度も高く、もう最終の改訂からは40年ほど経ってるでしょうけど、少しも色褪せることもありません。
逆に大げさに龍馬をヒーローに祭り上げたような、売れればいいと言ったものが目立つ中で
(それで坂本龍馬を研究していると名乗っている人がいるのも嘆かわしいが)
龍馬の実像に迫りたいと言う人には、本当にわかりやすい作品と言えます!

ぜひ、できたら両方揃えてください。
今、いっぱい出てる龍馬本よりも絶対ためになるのは確かです。
帯に「陸援隊始末記」は「海援隊始末記」の姉妹編と書いていますが、慎太郎を知ることによって
龍馬の側面が逆に見えてくることがあると思います!
でも今回は「陸援隊始末記」が税込みで1100円、「海援隊始末記」が870円。
ちょっと高いように思うし、この値段の差はページ数も10ページほどの違いしかないんだけどな・・・
何でだろう・・・?

(平尾道雄氏著書・関連過去記事)
新撰組史録
無形 板垣退助
他にも「吉村虎太郎 天誅組始末記」「奇兵隊史録」や谷干城、間崎哲馬の作品もあるんですが
これらの作品も復刊できたらいいんですがね・・・
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by enokama | 2010-01-25 23:51 | 土佐藩 | Comments(1)
下の記事でも触れてますが実は先週、二回京都に行ってたんです。
二回とも、一緒になった方には「よく、来れたな」と言われたんですが、仕事は相変わらずの量で
完全週2で休んでるし、冬は旅行の仕事は出てこないし(たまに日帰りのカニがある時もあるけど)
家の農業も、冬で昔なら出稼ぎに行ってた時期ですしね。
まあ、こんな時期なんで、いろいろな方のお話を聞いて、人生の勉強をするのもいい機会だと思います。

一回はいつもお世話になっている霊山歴史館で、霊山顕彰会・土方常務理事の講演。
土方さんは松下電器(現パナソニック)の、高度経済成長の真っ只中に最前線で活躍されていた方で
創業者の松下幸之助氏とも直接、部下として接して来られた体験談は大変参考になりました。
企業でもその流れが時代によって変わってくるんですよね。。。
関西だと松下や三洋がやはりブラウン管時代のテレビでは隆盛を誇っても、液晶になったらシャープの
得意分野で変わって行ったり。
車だと、考えたら化石燃料の枯渇ってもう意外に近いかもしれないですし(30年前に70年って言ってた
から、もう40年ほどで先が見えてくるってこと・・・考えたらちょっと怖い話)
そしたら、やはり電気自動車に移行してくるだろう。
だったら自動車のエンジン部門はいらないなくなりますよね。モーター屋(電気メーカー)が足回りを作るから
自動車メーカーは箱だけしか作らなくなる。それと今の部品メーカーは必要なくなってくる。
ガソリンスタンドだっていらなくなるから、充電器を付けた駐車場が登場する。
それもゆくゆくは家庭電源で充電もできるようになるかもしれない・・・
変化を常に読まないと乗り遅れることとなってきます。
他に過去の世界の経済不況の歴史の繰り返しも話されまして、そのあたりを知っていたらビジネスにも
十分生かされるだろうと言われました。
また東大の文系を卒業されていて、世界史・日本史もかなり詳しくって、それもわかりやすく話されて
ほんと、とても勉強になりました。
そんな方に「君、よく知ってるな」と褒めていただけてうれしかったです(笑)
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今日は久しぶりに中岡慎太郎像の部屋で・・・
なぜ1階に飾られないかと言うと「材質が悪いので出せない」とのことでした(え!そう言うこと・・・)
まあ今回の「上川慎太郎」で人気が上がったら、みんなで新たな製作・展示をお願いしてみましょう!


またこの後は山縣有朋の「第二無燐庵」のある、がんこ・二条苑(→HP)で。
場所がらもあって明治の歴史談義にもなります(笑)
政冶だったら伊藤博文だし、実業界だったら井上馨、軍は山縣有朋(ある意味・三悪人とも取れるけど 苦笑)
例えば日露戦争でも、ずっと戊辰戦争から戦争をくぐり抜けてきた連中が幹部になっている事が多くって
またも勝利ってことで錯覚も起こったのだろうか?
第二次大戦の憲法における統帥権の解釈にしても、なぜそうなったのだろうか・・・
この三人の決めたことが、のちのちにも影響を持ってくるんですよね。
いい時間を過ごせました!
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土曜日の京都行きのメインは、京都競馬場の若駒S(メンバーが凄かったんですよ。記事・画像はのちほど)
夕方からは京都龍馬会で、京都国立博物館学芸員・宮川さんのお話を聞いてきました!
「維新」メンバーの方に「宮川さんの話いいよ!」ってお聞きしてたんですが
きさくにいろいろと質問に答えていただき、またほんとにこの仕事が好きでされてるんだなってひしひし
伝わってきて、楽しくすごせました。
またスタンスはやはり「定説は疑ってかかる」のことは基本で、京博の文化財指定された坂本龍馬
関連の史料の裏話(確証の乏しいものは指定から外された)も面白かったです。

お世話になった皆さんありがとうございました!
また、先週からかなり名詞のやり取りもしてますんで(15枚ぐらい)
連絡いただくこととかありましたら「どの時」の方か、付け加えていただいたら助かります。
また、こちらにもお気軽にコメント・感想いただけたらうれしいです!

それでは宮川さんにも、お聞きした千葉佐那の登場「龍馬伝」第四回の感想に入ります!

感想>>
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by enokama | 2010-01-24 23:38 | 歴史全般 | Comments(0)
相国寺を出て同志社の横を通ったら「新島八重の生涯」(→関連記事)の展示のポスターが貼ってありました!
あるとは聞いていて、でもてっきり昨年いっぱいだったかなと思ってたんですが、今月末までやっていると
言うことで早速見てきました。
平日だったんで、キャンパス内に入ると、なんか若い学生の中におっさんが紛れ込むようでしたが
(ちょっと緊張。。。苦笑)
「新島ルーム」と言う展示室で行われていました。
分厚いパンフレットがもらえて展示も会津若松から襄との出会い、キリスト教の洗礼、同志社創立当時の模様
篤志看護婦時代まで(赤十字社創設者の適塾出身・佐野常民や京都の名知事だった「生野の変」の
生き残り・北垣国道の名前も見えます)史料が充実してたんですが
大学構内でもあって無料で見ることができるんですよ!(→詳しく

学生たちとよくやっていて、八重が強く一人で勝っていたカルタや、完全に洋風だった食卓での
テーブルクロスやスプーン、変わったところでは甘い物好きだった襄のためのワッフルベーカー
(材料の調達は当時の状況では大変だったようですが)
不在がちだった襄が八重に宛てた絵も交えた長文の手紙・・・じっくり興味深く、見てきました。
後、面白いものでは襄の展示で、函館からアメリカに向けて出発する際
(キリスト教の研究目的だったのですが、ほんと密航!なんですよ 驚)
に女装して小舟に乗り込む姿の絵・・・襄も波乱の人生です!
ぜひご覧いただきたい展示です。

ちなみに同志社の今出川キャンパスは、薩摩藩の二本松藩邸の跡地となっています!
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周辺の幕末史跡>>
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by enokama | 2010-01-23 23:21 | 私の好きな京都 | Comments(6)
今年の「京の冬の旅」は幕末がテーマとなってまして(→HP)各所で特別展示が行われています。
先日はそのうちの2箇所に行ってきました。

宝鏡寺
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皇室所縁の寺で代々、皇女が住職を努めてきた尼門跡寺院で「百々(どど)御所」とも呼ばれた。
幕末、公武合体で徳川家茂に降嫁した和宮も一時期こちらで過ごしていた。
将軍・家茂の死後、一旦京へ戻った和宮が再度、東京に入った際に使った葵の御紋の御輿
が展示されてました。
下は唯一撮影のできる和宮像です。
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また人形の寺として最も有名で、御所から送られてきた雛人形や、人形供養として納められた
一般家庭の素朴な物まで多種の人形が保存されている。
今回は豪華なものよりも、むしろ素朴で表情豊かな物が多く展示してありました。
また元来の雛人形では男性が右側、女性が左側(後ろの屏風側から見て左大臣となるため)
となるのだが、明治になって欧米風に写真を撮るようになると左が男性となる並びが増えて
明治天皇もそうしたことから、以降は(特に関東で)むかって左から男性・女性となる物が多くなったと
言うことです。

書院には一連の農作業(田植えから稲刈りまで)の様子を描いた円山応震「四季耕作図」が
スケール大きく四方に描かれ、米作りにはまず無縁(どうやって米ができるかわからない)な皇女たちに
その様子を伝えられたとのことです。
また高名な画家・円山応挙がまだ駆け出しのころから、この寺に世話になっていたことで
彼の初期の作である一枚板の「杉戸図」には、一面が5頭の子犬がじゃれあう姿、もう片面は凛とした鳥
の姿が生き生きと描かれてあったのが印象的でした。


次に今出川の同志社の裏手にある相国寺は臨済宗の総本山で、山外塔頭に金閣・銀閣があり
(意外に知られてないと思う)「承天閣美術館」はその2カ寺も含めた多くの宝物が納められている。
金閣所縁では僧・一休のある意味、型破りな性格も出ている書や、教科書には必ずと言って出てくる
足利義満の肖像画。江戸時代にも数度あった(年2回ほど)金閣境内開放の日に遊ぶ
一般庶民の姿を描いた屏風図はとても変わった貴重な物でした。
一番の見物は金閣の閣上に乗せられる鳳凰で、明治に解体大修理が行われた際に屋外に長年晒されて
きたので風化がひどく、再生不能とされ降ろされていたもの(レプリカに取り替えられた)が展示されている。
金閣は放火によって、焼けてしまったので当時を偲ぶ唯一の遺構となっています。

このあと、周辺も散策してきたのでもう少し続きます・・・
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by enokama | 2010-01-22 23:48 | 私の好きな京都 | Comments(0)
まず、今回の「龍馬伝」第3回の感想は改めて書きません。
正直3行ほどになってしまうので・・・
龍馬と弥太郎の熱い思いって伝わってはくるんですけど、まるまる1回使うほどでもと思うんです。
1回目・2回目でだいたいの二人の人物像はわかったんで、そこにやはり次に起こる事項を重ねて行く方向
でいいんではないかと。
完全フィクションの段階だし好きに書けるからいいけど、ちょっと今回はリピートみたいでパンチが足らない。
これだったら「武市先生と愉快な仲間たち」で、もう1回やった方がよかったんとちゃうかな。。。
純粋にドラマとして見てる人には受け入れられるのかな?

(関連記事・板垣退助→こちら
名将の決断シリーズ・新年2号に、いよいよ「中岡慎太郎」登場です!!
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まず本屋に行っても、図書館に行っても中々お目にかかることできない慎太郎本が多い中で
よく生誕から脱藩・各地の周旋活動まで、事細かに書いてあるなとほんと感心しました。
だから、興味あるけど本が手に入らないって思ってた人は、迷わず買ってもらいたいです!

4ページに関係人物一覧があるんだけど「維新三傑」「右大臣・左大臣」「自由民権家」
これを見たら、確かに明治新政府の枠組みを作った人物ってのが、わかっていただけると思います!
そしてうれしいのが筑前勤王党の早川勇(福岡藩のカテゴリで記事にしてます)
一番早くから「薩長提携」に動いてたのは福岡藩なんですよ・・・
ほんと「龍馬が成し遂げた」で済ます本が多い中(たま~に慎太郎は併記されますが)
福岡の月形洗蔵らの血が流れた事実をもっと知ってもらいたいです。そしてよく書いてくれました!
細かいところでは久坂玄瑞との松代(佐久間象山に会いに行った)行きのこと。
中沼塾や最後の暗殺時の岩倉への遺言。
12ページには、上洛4回を果たした慶応元年の慎太郎の足取りがあって圧巻です!
(童門氏の文は最後に紹介します)

もう一冊紹介
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一応、中岡慎太郎の名が表紙にありますが、あくまで漫画ですんで内容的にはそれほどでも・・・
あまり表紙見ても内容がわかりにくいんですけど、戦国武将ネタは凄く充実していて見ごたえがあります!
そして一番見てほしいのが、21ページからの「新説 龍馬暗殺」です。
これは説得力ある確かな説だと思います。
また、慎太郎で集まることがあればコピーして持って行きます!
(過去記事参考→こちら

童門さん、斬らせてもらいます>>
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by enokama | 2010-01-18 02:09 | 中岡慎太郎関連 | Comments(4)

大阪会議について

昨日は、いつもの「維新」メンバーの新年会でした。
今回は関東方面から、大阪~京都の幕末史跡めぐりに泊りがけで
こられていた方とも合流して、ほんと楽しかったです!
結局、心斎橋の3次会(次の日、どこで飲んでたか記憶飛んでた人もいましたが 笑)まで
9時間ほど、飲んでしゃべってました(まあ一年半前ぐらいまではしょっちゅうだったんです・・・笑)
そして本町の定宿で泊まって(まあ仮眠程度の時間になったんですけど 笑)
日曜の午前中は、関東方面の方と適塾周辺を散策してきました。
いろいろと教えていただく事も多かったです。
また、これからもよろしくお願いしますね!

淀屋橋で皆さんと分かれた後、天満橋のジュンク堂(歴史書が多いんです!)に行こう
と思って土佐堀通(地下に京阪が走っている)歩いてたらこんなレリーフがあったんです。。。

花外楼(かがいろう)
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明治8年(1875年)1月にいわゆる「大阪会議」が行われた場所で
明治6年に西郷・江藤・板垣らが「征韓論」と称して野に下った政変があったが
それに矛盾した格好で翌年、大久保利通は台湾出兵を強行。
「出兵するなら再び江藤の首をつないで謝れ」と激怒した木戸孝允も下野してしまい
政権の弱体化を心配した伊藤博文と、当時は度重なる不祥事で官職を追われ実業家に
専念していた井上馨(大阪のドンで政商と言われた薩摩出身の五代友厚も一枚噛んでいた)が
大久保と相談して、再び各勢力を結集して、政権を立て直そうとした会議をこちらで開催した。
幕末には京へ上る三十石船の着く八軒屋浜港も近く「加賀伊」と言う名の割烹料理屋で
長州藩士の密談の場ともなったとされ、山口や高知の地元での会合をさけ、大阪で秘密裏に開催された。
レリーフにあるように上段が大久保に板垣・木戸。下段が聞多俊輔の仲介コンビ。
自由民権を模索していた板垣、三権分立を主張する木戸の意見を取り入れ、ゆくゆくは立憲・議会開設の
方針を確認し、2名の参議復帰も決まった。
そして会議の成功を祝って、木戸は改めて「加賀伊」改め「花外楼」の名を送ったのである。

しかし、その後も相変わらず大久保・伊藤らの専横政権となり、民権派も弾圧の対象となって板垣は去り
木戸も西南戦争のさなか亡くなってしまう。。。
大久保亡き後、伊藤・井上は薩長閥と微妙なバランスを取りながら、事あるごとに板垣・後藤の土佐民権派
を取り込んだり、一方の実力者である大隈重信とも離合集散を繰り返した。
しかし、その野党勢力の大隈・板垣が組んでせっかく政権を取ったとしても、長続きしなかったのだ。
その後、少しずつでも民主化や議会の力が強くなり時代が進んでも、力で押さえつける条例や法も
必ず存在して、権力者達は反対者を弾圧する口実を常に持っていたのだ。
そんな歴史の一コマの場所です!
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by enokama | 2010-01-17 23:55 | 大坂発見 | Comments(4)
(2009年9月 取材・撮影)

慶応三年暮れから四年初めの「鳥羽伏見の戦い」で土佐藩は公式な藩論を「公議論」とする中で上洛していた、土佐軍は乾退助の影響もあって討幕派で固められていたが

あくまで徳川家とは戦いたくなく一会桑と薩長の私戦としたい山内容堂は、一切加わるなと言う厳命を出し、本格的な「薩長土」と言う枠組みには、まだ至らなかった。

やがて「錦の御旗」が翻ると、乾の意を受けた小隊長らは命令を無視して西軍(官軍)として戦闘に参加した。

「錦の御旗」の効果は絶大で朝敵とされることに恐れをなした慶喜は夜陰に紛れ、兵を見捨た形で大坂湾から軍艦で江戸に帰ってしまう。

大坂を治める各奉行所の役人も逃散し、旧幕府側の敗兵らは町屋を襲ったり食料を乞うたりし治安も乱れ、その空白となった各地の支配・治安維持には西国の各藩兵が警備についた。
そして、大坂南部の商都・堺の警備には、土佐の箕浦猪之吉率いる第六番隊、西村佐平次率いる第八番隊が入った。
隊士は足軽で正式には苗字が名乗れない身分で、前年12月の容堂の上京に前後して入っていた隊であった。


堺事件の舞台>>
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by enokama | 2010-01-13 00:11 | 大坂発見 | Comments(0)