エノカマの旅の途中

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旅と歴史と競馬のお話をします

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29日は有給を取って運転免許の更新に伊丹まで行ってきました。
今回は5年更新で(次回は訳あって3年になってしまうわけですが・・・)久しぶりだったんですが
受付の際の「交通安全協会」の入会が、以前は「半強制的」だったのが任意になっていたこと、
ICカード化ってことで暗証番号の記入が必要になり、少しだけ免許書の厚みが増えていた等
の変更がありました。
会社の健康診断で視力が0.6ぐらいだったんで、ちょっと心配でしたが何とかクリア(?)
違反者講習は「2時間も・・・」って思ってましたが、特に寝てしまうような内容ではなく(なぜか
教習ビデオに福留功男が登場)無事に終わりました!


この後は平日のすいてる時と思って「おくりびと」を見てきました。
特に見たいとも思ってなかったんですが、一点だけ「全編庄内舞台で、その自然がすごくきれい!」
こら、見ないと・・・

夢破れ、故郷・酒田に帰ってきた元チェロ奏者。
求人募集の「高給 旅のお手伝い」
実はあの世へ旅立つ人へのお手伝いだった・・・

すごい、この「納棺師」の仕事が鮮やかで、きれいに撮られてました。
一方、自殺者や孤独死の遺体の収容って仕事もあって、すごく生々しい部分もありました。
主人公はこの仕事に偏見を持つ人も多い中、一つ一つ覚えて行くごとに「生命の尊厳」「誇り」
を感じて行き、その仕事に実際触れた妻や友人たちも理解を示して行きます!
庄内独特の民家、吹雪、広い田園・・・笑いも織り込まれ丁寧に描かれていて、ほんとによかった。。。
オススメです。


なお、この「納棺師」の会社の建物、実在でしっかりロケハンしてます。
酒田港を見渡す灯台のある「日和山公園」の一角で、市街地を見下ろせる場所にある
古い洋風建築の料亭(旧割烹小幡)の跡です。何の指定も受けてないようでしたが
いい感じの建物だなと思ってました(前の坂は小幡の坂と言うらしい)
あと、この公園を東へ下ったあたりも古い料亭や茶屋が並ぶ、昔の景気のよかったころの港町をしのぶ情緒のあるところですが、その一角にあるつぶれた映画館(旧港座)も使われてまして、
実際に歩いて来た者としては、妙にうれしかったです(笑)

映画には出てませんが、ここも料亭の跡。
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映画にも出た石畳の道。
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また、寒いけど冬の庄内もいいだろうな・・・
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by enokama | 2008-09-30 01:07 | 書籍・ライブ・映画 | Comments(8)
9月23日(祝)
知多半島・山車と蔵と南吉の町・半田市へ。
大阪8時過ぎに出ても11時前には十分着きます。

半田運河周辺散策(国盛・酒の博物館、U店で食事、ミツカン酢の里)の後
ごんぎつねの作者で知られる童話作家・新見南吉の生家~<徒歩で矢勝川の200万本の
彼岸花を見て>~新見南吉記念館

ミツカンの蔵と運河
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お酢の匂いがほんとあたりに漂ってました・・・

彼岸花
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ちょうど、この日に地元M鉄がよく実施している「駅からウォーク」をやってまして、酒の博物館
が、そのチェックポイントで混雑でほとんど見られなかったこと。
食事場所はネタが大きい「尾州にぎり」で知られたところでいい所かなと思ってたんですが、
後でお客さんのアンケートを見たら「良い」より「悪い」って書いた人が、意外に多かったこと。
(添乗員は同じものは食べられませんので、実際はわからないのですが・・・)
酒の博物館がじっくり見られないんで、酢の里に早く行きたかったんですが、やはり人が多く
予定通りには入れず、食事場所で無駄に時間を過ごしたこと。
それと、こういう祭日でツアー馴れしてない方も多いんですが、彼岸花を歩くところで生家から
記念館までは歩く(バス回送。行程表も書いてますが)ところを生家に戻ってしまった人もいたり
(しつこいぐらい言わないと、まちがえる人が出てくるのはありがちな話ですが)

手配の問題もありますが、この日に実施してよかったのか・・・
始めての参加の人も多かったのに、混雑したところの散策はよかったのだろうか(2台口で元々
人数が多かったし)
ここでお客さんを掴んで、リピーターにできるかが肝心なのに・・・ほんと反省です。


9月28日(日)
この日は以前にも記事にした、山陰のはわい温泉で「松茸会席」と温泉~梨狩り~海産物
の買い物~鳥取砂丘のコース。
朝8時に出て晩帰着9時前になり、かなりハードです。
食事は甘海老食べ放題もあってボリュームあり、その後の梨狩りでお腹パンパンになり
1人1箱の梨持ち帰り(9個ほど入っている)砂丘は今の時期気持ちいい!

この日は5台口で、1人で添乗に行ってる時は意外に孤独なもんなんですが、たまにはいいもんです!
僕は22の時に資格を取ってから、もう添乗員は10年以上になるんですが、当時はもう月給の
仕事をしてましたんで、最初っから土日に乗るだけ(ツアーの本数が増えて人が足りなくなるので)
の副業なんです。
添乗を続けて経験積んで、旅行業界の就職があればと思ってたんですが、そう甘くはなかっ
たです。逆につぶれた会社を何個も見てきました(苦笑)

だから、実際もうけの出る業界ではないし、添乗員はどうしても子会社にして日給になってく
るんです(需要がほんとアンバランスだし)また、旅行会社に就職して、添乗志望でも違う
部署に行ってしまったりした人が、添乗員派遣の会社に入るケースもあります。
でも海外バンバン行ったり飛び回るのは20代の間だけでしょうね。不規則になってくるし
食事も良く見えてもバランスは悪くなるから、歳とったら絶対辛くなってくる。
昇給って考えもほとんどないですし、家族持ったりしたらやっていけない・・・
だから30歳までぐらいかもしれません。

この日はそんな昔のメンバーが久しぶりに集まりました!
経験はあるんで登録は残しといて、台数口のような人の欲しい時に駆けつける。
当然、皆仕事持ってます。
でもたまにだから、土産なんやかんや買ってしまって日当分ぐらい使ってしまう。
それに今回はイカと梨もそれぞれ土産でくれるし・・「何しにきたんや」って(笑)
でも、それぞれの違った業界の話も聞ける。昔の話も懐かしいし・・・
いい刺激になりました。

10月観光シーズンです。
写真が余裕で撮れるぐらいな、スムーズな添乗にしたいと思ってます。
また、お客さんに楽しんでいい思い出を作っていただきたいです!
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by enokama | 2008-09-29 23:38 | 添乗報告書・旅行業界 | Comments(0)
鶴ヶ岡城西側・三の丸跡。庄内藩・酒井家から代々伝わる宝物や御隠殿と言われる建物・
庭園が提供された「致道博物館」があります。
よく城下町に見られる「藩の歴史館」にプラスして、江戸時代の古民家や明治時代の洋風建築
も移築されていて、ここに行けば庄内のすべてがわかるってぐらいの充実した施設でした。
今の酒井家の子孫は庄内に住んでいて、こちらの運営にも関わっているそうです。
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当然、幕末期の戊辰戦争の記録・資料もあり、鶴岡と鹿児島が「兄弟都市」(その経緯から
姉妹都市とは言わない)になっていること。
降伏の際の西郷隆盛の人となりを見て、藩こぞってその後の行く末を相談し
旧藩主・忠篤を始め数多くの藩士が鹿児島へ行き、錬兵修業や兵学を学んだ。
そして、西郷は他の藩士同様に自炊し、泥んこになって勉学に励む忠篤の姿勢を見て
次代の日本を支える人材になってほしいと、明治5年にドイツへの留学をすすめ実現させた。
この海外も含む一連の資料が多数、展示されていました。
西南戦争のエピソードもありました・・・

後、特徴的だったのが「釣り竿」の展示で江戸時代、平和な時代が続き、どうしても武士の
惰弱さが見られる現状に、藩では釣りを奨励しました。
そういえば、行きの電車の中からも海岸線にはひっきりなしに、釣り人の姿が見られたし
鶴岡郊外の赤川にもたくさん腰まで浸かった釣り人が見られ、確かに釣りの盛んなところでした。
膨大な江戸時代の長大な大竿、巨大な魚拓。藩の高官もさかんにしていたようで、釣りの模様
を描いた絵画、藩主愛用の釣り竿も含めてたくさんの保存展示がされていました。

帰りはショップで書籍の購入「致道博物館」は地域史編纂の拠点でもあるようで、藤沢周平
はもちろん、西郷さんの研究書籍が一杯あって、三冊買ってきました(笑)
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by enokama | 2008-09-25 22:49 | 庄内藩 | Comments(2)

神様 仏様 稲尾様

ミクシィの参加コミュにも入ってますが、僕は西鉄ライオンズの大ファン。
もちろん、すでに消滅している球団なんで父親や年上の方の話で知るぐらいなんですが
なんて言うかほんと「理想のチーム」なんですね。
六大学や社会人の大物の入団も多かった名門・南海ホークス。昔から・・あれの巨人・・
に対してライオンズは高卒の好素材を多少の失敗は目をつぶって、思い切って抜擢し
若い力で黄金時代を築いた。

高倉・豊田・大下・中西・関口・河野(田中久)・仰木(小渕)・和田、ピッチャーが稲尾・若生・
河村・左腕、畑・・・

大下と関口はそれぞれ社会人・大学出のベテランだが、後は20歳過ぎの若者ばかり。
そのパワーに知将・三原脩の考える野球が合わさって最強チームが生まれた。
高倉は俊足強肩で先頭打者ホームランも多い、パンチ力も備えた(真弓タイプ)先頭バッター。
豊田は今の毒舌解説者・・・長打もあり首位打者も取って、2番打者としての進塁打やバント
も状況に応じてできた。元祖大型ショート。
大下・中西は数々の伝説を残すスラッガー。
関口は5番バッターで勝負強く残ったランナーを返しトドメ。後年、阪急近鉄の黄金時代、西本監督を支えた名参謀。
仰木は三原監督によりセカンドに。のちの言わずとしれた名監督。
和田は「サイちゃんの恋女房」稲尾から池永、加藤東尾までライオンズの投手陣を支え、ライオンズ生え抜き
のコーチとして主にファームで若手を鍛え、西武黄金時代の基礎を作った。
控えに左の外野手、流し打ちの名手・玉造。数少ない大卒の慶応ボーイで、南海杉浦キラー
は関西でなじみの深い花井悠。

ユニホームも今年復刻されてましたが「NとL」を組み合わさった、ニューヨークヤンキース
ばりの帽子。ドイツ文字の「LIONS」のロゴ。
ビジターはゴジック体で「FUKUOKA」と企業名は出さずに市民球団そのもの(スポンサー
が福岡市でお金を出していたこともあるようですが)
改めて今年、間近で見てみてほんと、いいなって思いました!

今日は「その時歴史が動いた」で稲尾特集。
理想的なフォームで寸分の狂いのないコントロール。内角シュート、外角スライダーを
投げ分けた。
このあたりも南海の野村とは投球・打撃フォームのクセの読み会い、化かしあいがあって
対戦成績も年によって全然変わっているのも興味深いところです。
また、これぐらいの大投手だと打者の打つ気、狙い球ってわかるんですね。
今だったらダルビッシュ。ずっと全力投球じゃなくって、100%で投げる時と加減して投げる時
を打者心理を見て投げ分けている。だから余裕を持って完投も増える。
稲尾の後のエース・池永正明もその駆け引きが抜群で、その系譜は東尾に伝えられて行った・・
番組中に巨人・長嶋だけは狙い球が読めず、一瞬のクセを見つけ振りかぶって投げる瞬間
に球種を変えたってのはびっくりです。
あの「江夏の21球」スクイズの構えを見た江夏は瞬時に球を大きく外した。大投手はやっぱり
違いますね!

登板過多で「太く短く」の投手生命に関しては
「10勝を20年続けても勤続表彰がもらえるだけで、けっして神様にはなれなかった・・・」
どっかのチーム(Tですが)先発しても5、6回投げるくらいですぐ引っ込めて、中5、6日
開けてもらってる、全然甘いですね(苦笑)
全然時代は変わったのかな。でも伝説ってだんだん出にくくなってますね!
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by enokama | 2008-09-25 00:26 | 総合 | Comments(0)
(2013年9月28日 画像追加)
お城の東側、市役所の向い側に藩校・致道館があります。
全国的にも数少ない藩校の遺構で約200年前に建った建物(1816年)が残されている。
(入場無料。記名してパンフレットがもらえる)
名は論語「君子を学んで以ってその道を致す」より
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もっと
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by enokama | 2008-09-21 23:09 | 庄内藩 | Comments(4)
「篤姫」は今日の再放送分を録画。
尚五郎さん改め帯刀と天璋院さんの再会・・・もちろんありえない話なんで、フィクションのサービスですけどね。
最近、貫禄のついてきた宮崎あおいちゃんが、乙女時代に戻ったような表情って言う感じで
良かったです(笑)うまいなぁ。
だんだん、大久保と小松も手法を巡って対立。
どうなんだろ・・・手段を選ばない冷徹な悪役的に大久保は描かれていくんでしょうか?
それはそれで対比としては、そういう脚本もOKかもしれません!
来週から予想通り、中3週で(!)出てくる玉木龍馬の合流の伏線の感もあります。
やがて、平和的な「大政奉還論」で組む帯刀と龍馬。反対の「武力討幕論」が大久保・西郷・・・
そこに岩倉も絡んでくるから、ほんとに役者は揃ってきますね。楽しみです!
そこに中岡さんの出番は回ってくるのだろうか?
生麦事件→薩英戦争とある意味、久光も凄い人です。今回の大河で見直す人も多いかな?
もうそろそろパークスの出番も?・・・

龍馬と海舟の出会いについての記事はこちら

今週の週刊文春に原作者の宮尾登美子さんの記事が載ってました。
「篤姫」の放映当初は現場サイドとの軋轢もちょっとはあったようですけど、数字もいいし
インタビューに応じてるのはいい雰囲気なんでしょうね。
原作の創作部分の考え方(江戸城明け渡しの際に滝山が掃除を命じる所とか)をわかりやすく
説明されてました。
ドラマではどうしても「史実とは違う」って突っ込まれるけど、やっぱり面白く読み物にしないと
ダメですからね。このあたり、今回の脚本はうまいと思います。
また、原作にも触れてみたいです!

週刊ポ○トは例の第3弾。
すごい豪快な刀傷です(笑)
まあ、史跡としては当時の雰囲気を伝える建物ですからね、十分情緒は味わえます!


さっきまで「なでしこ隊」のドラマを見てました・・・
特攻隊・知覧の話。
春に現地に行った時も、女学生が花を持って送る写真はすごく印象に残ってました。
誰も「死にたい」って決してないんや。それが生きてるのが恥に思わせてしまうのが戦争・・
明治維新の時、どっかがおかしかったんだ。「尊王」や「武士道」の解釈や欠陥のある憲法。
ほんまに若い将来のある人がいっぱい死んだんだ!
まだ若いのに人生悲観して迷ってる奴、挫折した人。。。その判断をする前にぜひ知覧に行ってもらいたい。

阪神タイガース。
今日はしょうがない、明日一つ取ったら十分でしょう。
次の横浜に取りこぼさんようにして・・・
それにしても「ボールがよく飛ぶね!」

飯田祐史。
2戦2勝!
差しきり勝ちと逃げ切り勝ちで、どちらも1番人気を抑えてだから好内容です!
ホッコータキオンはレコード勝ち、強い。。。フロックではないぞ!
正直、勝てそうなの今週は明日のスワンかなと思ってたから嬉しい誤算です。
取り合えずこの勢いで、ほとんどないPATの残金をスワンの単勝に行きます(笑)
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by enokama | 2008-09-20 23:51 | 総合 | Comments(4)
(2013年9月28日 画像追加)
鶴岡駅から観光スポット(お城の周辺)は2キロほど離れていろので、特急の到着ごとに走る
市内循環観光「ぐるっとバス」(300円で何度も乗れる)か、駅の観光案内所にあるレンタサイクル
(無料!駅以外も何箇所か借りられる場所あり)を利用するのが主な足となる。
僕はできるだけいろいろ回りたいので、今回もレンタサイクルで散策しようと思う!

外堀を兼ねる内川の流れを見て(松尾芭蕉も立寄った)鶴ヶ岡城へ
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城址>>
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by enokama | 2008-09-19 23:03 | 庄内藩 | Comments(4)

庄内への行き方 その2

9月14日(日)
鶴岡8時58分ー<普通>ー酒田9時30分 480円
(酒田市内散策)
酒田18時00分ー<いなほ14号)ー新潟20時02分
・B特急指定券 2190円
・乗車券 2940円
新潟駅前22時ー<夜行バス>-梅田6時40分ごろ 9450円
・・・3列シートでリクライニングするので行きの夜行列車よりは、ましでした・・・

庄内藩は以前の記事でも書きましたが、広大な肥沃な平野で生産される米作地帯で
北前船の寄港地で物産の集散地ともなっていて、従来から富裕な藩で知られていました。
また、江戸中期には「藩政改革」に成功し領民を思いやる施策を取ることができ
飢饉時にも餓死者を出さないほどでした。
それが天保期の「三方領地替え」で狙われた理由ともなっています。

藩祖は「徳川四天王」の一人酒井忠次で、徳川家を思う気持は当然強く、幕末期には
藩論を「佐幕」に統一し、江戸市中取締の命において「新徴組」も擁し(京都で言う「新撰組」
に当るもの)治安維持にあたりました。
その一件もあって、会津とともに「朝敵」とされますが、豊富な資金力で最新兵器を揃え
その兵も農商兵の志願者の割合(長州以上かも)が多く頑強で、終始「戊辰戦争」は官軍を
圧倒して、ほぼ負けることなく降伏した話も有名です。

その城下町である鶴岡。
また、最上川河口に開けた港町・酒田と2つの都市を回ってきました。
項目別に何回かに分けて紹介して行きます!
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by enokama | 2008-09-18 06:51 | 庄内藩 | Comments(0)

庄内への行き方 その1

この3連休やっと、念願の庄内へ行ってきました!

9月12日(金)~13日(土)
大阪駅23時27分発(入線は23時5分ごろ)・急行きたぐにー翌朝、新潟着8時30分。
慌しいけど8時33分発(同じホームの向い側での接続)いなほ1号・自由席で鶴岡着10時27分。
鶴岡市内(城下町・周辺部)散策し、駅近くで泊。
・乗車券 大阪市内ー鶴岡 9870円
・自由席急行券 大阪ー新潟(新津) 1260円
・自由席B特急券 新潟ー鶴岡 1300円(乗り継ぎで安くなる)

ほんとは新潟まで夜行バスで行きたかったんですが満席でした(この新潟便はかなり前からある
ようですが、なかなか取れない)
昼行くにも電車じゃ時間もったいないし(10時間ぐらいかかる)飛行機も時間的に滞在時間が
少なくなってしまうし、なぜか庄内便は高いし割引の設定も少ない。
で最後は昔ながらの夜行列車に飛び込みました(数は昔はもっとあったんですが・・・)

「きたぐに」は自由席(座席車)と3段式B寝台(狭そう。1番下じゃないと実際きついらしい)
2段式A寝台とグリーン車が1両ずつ。
この急行の寝台はあまりゆったりできないかなと、普通車でもいいかと思ってたんですが
それは甘かった。。。
寝台を上に上げた状態で向い合わせのシートになってる(固定でリクライニングも当然なし)
減光もなくって、ほんと昔のままの夜行ですね。
3000円プラスぐらいだったらグリーンでもよかったかも、それで安眠が保証できるのなら。
自由席は大津ぐらいで満席でした。今の時期なんで登山の人も多かった(富山・直江津あたりで多く下車)
これだけ観察してるってことは寝られなかったってことです(泣)


新潟の接続はちょっと怖かったけど(逃すと2時間後)同じホームだったんでなんとか・・・
「いなほ」は、しばらく立ちました(自由席にしたのは接続が怖かったこともある。自由席2両・指定席4両)
でも、豊栄・新発田・中条・村上あたり、比較的短距離の都市での下車が意外に多かったんで
座席はほどなく座れました。
新潟から旧荘内国(実際、行って思ったけど同じ県で内陸の山形あたりとは密接な感じがなく
って、独立した地域の雰囲気があった)に入るあたりは海沿いの景勝地でいい眺めでした!
平野が広がってくるとそこが庄内です。。。
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by enokama | 2008-09-17 03:33 | 庄内藩 | Comments(0)

新潟萬代橋

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思ってたより大きい町でした
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by enokama | 2008-09-14 21:17 | 旅行 | Comments(0)