エノカマの旅の途中

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赤報隊と庄内藩

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佐高信著「西郷隆盛伝説」

評論家でも知られるノンフィクション作家の佐高氏は庄内・酒田市の出身でもあり
「西郷隆盛」と付く題だが、戊辰戦争を中心とした異質の書となっている。

慶応3年5月、土佐の上士で数少ない尊攘派であり、藩公・山内容堂に疎んじられ江戸詰となっていた乾退助は
時勢を見た親交のある薩摩・吉井幸輔や同志となっていた中岡慎太郎に促され、上洛を果たす。
ただちに中岡・吉井らとともに西郷隆盛との会見に臨み、討幕の意をすでに固めていた乾は
薩摩とともに決起を図る「薩土討幕盟約」を結ぶ。
乾は江戸詰の間、いっそう過激になり勤王浪士ら多数を藩邸に囲うまでになっていたが
その中の大物にのちの赤報隊の総裁となる相楽総三がいた。
兵をまとめて決起を図るため、土佐に帰国する乾は彼らの保護を西郷に託すこととなる。

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by enokama | 2008-01-28 23:10 | 薩摩藩 | Comments(4)

皇居・一般参賀2008

更新をさぼっていたせいで、ちょっと古くなってしまったネタですが
まあ、一生に何度も行けることではないんで紹介します!

皇居・一般参賀は天皇誕生日と新年2、3日に行われ、この日は計7回
天皇ご一家がおでましになられました。
この行事は宮内庁等に申請はいらず、直接行くことが可能です(僕は始めてだったし、バスガイドさんも
「申請いるんじゃないの」って言うから、一回担当者に確認しましたが 笑)

入念にボディチェックを受けたあと、二重橋を渡ります(ほんと滅多にない体験)
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前回の参賀の10分後ぐらいに入って(13時25分ごろ)東宮御所の前に着いたのが
50分ぐらい、まずまずいい場所です。
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14時20分、お出まし(旗は入城?の前にただで配ってました)
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あいさつは1分ほど(雅子さんは午前中だけだったみたい)
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挨拶のあとはどこかしこで「天皇陛下、万歳」の声が・・・意外に若い人が多いんでびっくりしました!
帰りは人波に乗って坂下門から退場します。

正直、僕の世代は受けた教育がアレだし、歴史を勉強している者としては「天皇制」の存在って
まだはっきりわからない状態でもあって、特別な感慨って感じはない。
だけど、お客さん(70ぐらいの人も多い)は喜んでおられました。
この行事が行われてる間は、日本は平和なんだって考えでいいのだろう。

おまけ
柴又・寅さん像
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矢切の渡し
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by enokama | 2008-01-26 22:02 | 旅行 | Comments(2)

大人買い

しばらく振りの更新です。
久しぶりに残業が続いて、余裕がありませんでした・・・レス遅れてすいません。

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「のだめカンタービレ」(1~19巻)
この歳になって初めて「大人買い」ってのをやってしまった(笑)
これも更新が遅れた理由です。

年末のドラマ再放送のオーケストラシーンで圧倒され、はまってしまいました。
最近のドラマはコミック原作も多いけど、原作のいい部分がうまく取り入れ
てあって、改めて良さを実感しました。
「呪いのバイオリン」「屋根裏の謎の画家」ハリセン教師との対決、音大生の現実。
そう、漫画って読まない自分ですが、なかなかよかった!
若いうちの苦労はしろって言うけど、自分にきびしく、人にもきびしい千秋はすごい
と思う。ドラマの玉木宏も迫力ありましたね!

まだ連載は続いてるようで、ドラマもまだやるのかな?
またの展開が楽しみ!
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by enokama | 2008-01-25 23:33 | 書籍・ライブ・映画 | Comments(0)

無形 板垣退助

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1974年 土佐幕末史の第一人者・平尾道雄著
「無形」(むけい)は板垣の号。
本格的な伝記は当書が初めてらしく、国民的人気があって「お札」にもなった
人物にしては少し寂しい印象だが、なかなかわかりやすく読めました。

意外にも司馬遼太郎の序文が書かれている。
幕末、彼は馬廻と言う大身にありながら激しい尊攘論を持ち、幸運と言っていい
タイミングで討幕の表舞台に立ち「革命軍」の最大の立役者となった。
しかし、その武功によって土佐閥の代表とされ、新政府における望外な大官となる
が政治家としては純朴すぎた上に、その前半生において苛烈な体験をしておらず
書生くさい雰囲気を残し、自分の理想を実現させる政略能力に乏しく(その理論
も確立されてなかった)運動者としての年季が入っていないため、素人くさい活動
となりジグザグな行路を取ってしまったことである。

板垣は私欲がなく、正直でほんと「いい人」の見本のような人。
長州による下関での海外艦隊への攻撃には「自分も兵を率いて行く」と言った具合
にまっすぐな尊攘論は下士中心の土佐勤王党にも通じ、いわゆる武市半平太らに
対する弾圧にも反対し、長らく江戸に左遷されることとなる。
討幕の機運が高まってきたころ、土佐を討幕路線に転換する切り札として
中岡慎太郎、薩の西郷隆盛・土佐にも知己の多い吉井幸輔らによって呼び寄せら
れ、ただちに土佐軍を銃隊中心の近代的な規律正しい兵制に切り替え、中岡坂本
の暗殺後も、その討幕の意は揺るがず(山内容堂の意にも反した)
東征軍の中心として大いに功績をあげた。
その司令官の器量は元々学問ぎらいで、兵法はほとんど学んだことはない
と言うが、戊辰戦争時の宿命のライバルと言うべき、旧幕陸軍を率いた軍学者でも
ある大鳥圭介の軍に対しての戦闘は、ほぼ圧倒しているほど天性のものがあった。

本来はその武功から言うと軍人への道と見られ、実際不祥事の相次いだ山県有朋
の替わりの人材と考えられていた時期もあったようだが、陸軍については完全に
長州閥に押さえられて政治家に回らざるを得なかったようだ。
(あとがきに板垣がリベラリズム・山県がミリタリズムと対照的なライバル論があり
おもしろい)
「中岡が生きてれば土佐を代表する参議になっていただろうし、坂本は五代才助の
ような実業家になっていただろう」と板垣は語っていて、力不足は感じていたに違い
ないし(本来なら参議は板垣ではなく、中岡のポストだっただろう)
政治に必要とされる清濁おりまぜた交渉ごとは不得手だった。
のちに野に下り「自由民権運動」を起こすが、中岡がいたら政府与党自体が
民主的な政策を取っていたかもしれないし、歴然な差があった。

しかし、生きるか死ぬかと言った時代が終わり、近代国家における言論における
「野党」の存在を見せた意味は大きいし、中江兆民・大江卓・幸徳秋水と言った
大正デモクラシーにつながる人物(尾崎行雄らもこの流れで頭角を現した)
も続けて輩出した。
土佐の偉人としてもっと評価されていい人物だと思います。
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by enokama | 2008-01-14 02:08 | 土佐藩 | Comments(6)

大晦日 東京の風景

今年の始動は風邪気味もあって、ぼちぼち行ってます・・・
まあ、休日が近づいてきたら「どっか行きたい」病で、むずむずしてくる訳ですが(笑)
日曜は行けそうだったら、淀で飯田君を応援しに行きたいと思ってます。
ブログの更新は、当分は撮りだめた写真を紹介して行きます!

浅草
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隅田川
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東京タワー>>
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by enokama | 2008-01-11 21:58 | 旅行 | Comments(0)

今年初コメ

遅ればせながら・・・あけましておめでとうございます!

正月の多忙と、ちょっと風邪気味だったのでレスも滞ってました。
今日からボチボチ再開して行きます。
今年もよろしくお願いします!

海ほたるより富士山
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by enokama | 2008-01-10 22:30 | 総合 | Comments(0)