エノカマの旅の途中

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旅と歴史と競馬のお話をします

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◎アイルラヴァゲイン
○アグネスラズベリ
▲ペールギュント
△サンアディユ

◎はコース巧者と展開利を見て。こちらを選んだ松岡の心意気。
好きな安定したラズベリ(前走は度外視)と、上村が手の内に入れたペール。
なんでアストンマーチャンが人気するんだろう?

今週から阪神で飯田祐史騎手が復帰。
がんばって!
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by enokama | 2007-09-29 01:02 | 競馬 | Comments(0)
今月は毎日新聞旅行の同じ日帰りコースを4本。
「松茸会席と鳥取の梨狩り」
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(標準時間)
朝8:00梅田ー8:30難波ー12:00千年亭(鳥取・羽合温泉)食事・入浴~
14:00ー梨狩り(40分食べ放題)ー海産物買い物ー16:20鳥取砂丘~17:00
ー梅田20:50ごろー難波21:10ごろ

食事は松茸会席(土瓶蒸し・松茸ご飯・焼き松茸・松茸すき焼き。他にそばも)で
松茸ご飯と甘エビ食べ放題! かなりのボリューム。
梨1箱(3Lが6個入り・ホテルでは2000円で売っていた)持ち帰りと、帰着が遅い
ので鯖寿司のお弁当(1700円ぐらい・これが身が分厚くって、臭みもなくとても美味
しい)付き。
で、旅行代金8800円より~
どうやったらこんな料金出るのか、添乗員自身わかりません(笑)

まあ、値段だけ見たらもっと安いのもありますが、この食事の充実ぶりだったら
大変お値打ちで、去年に続いて来たって人も結構おられました。
「食べ放題」がメインで、肝心の食事自体が・・・ってのも格安ツアーにあったりす
るんですが、やはり料金高めでも質のいい物を選んでいただきたいと思います。

あと、この手のツアーにはクイズ抽選で景品を用意するのが、常だったりするん
ですが今回は「僕の体重は?」ってのが1番盛り上がりました。
問題言ってから、答え言うまでのお客さんとのやりとりがむちゃ楽しい。また、答え
がかなりズレたりしてるし・・・(全体的になぜか、10kgぐらい少なく書く人が多い)

行程の時間どうり、かなり朝早くで帰りが遅いんで、半分趣味の副業とは言えきつく
感じます。でも、今回はいずれも好評だったし、次回の告知も反応よし。
また、リピートで来てもらって「楽しかった・・・」 その瞬間がとってもいいんです!
だからこの仕事を続けている・・・
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by enokama | 2007-09-25 23:16 | 添乗報告書・旅行業界 | Comments(3)

こんな所で

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この連休は山陰への日帰り添乗が2本。
中国道加西SA下りにて売っていた。伊勢名物・赤福ではなくて、二見にある御福餅(おふくもち)です!
関西で見るのは初めてで、何故ここに?って感じです。赤福より餅は柔らかく
あんも軽い感じです。パッケージはよく似てますが、れっきとした老舗の会社です!
また一度試してください。
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by enokama | 2007-09-24 00:42 | 旅行 | Comments(2)
久しぶりにテレビの特集で取り上げてました。

従来の「見廻組説」・・・明治になってから暗殺したと名乗る者が増えたのはどんな
ものか(桂早之助、今井信郎ら・・・売名行為?でも一番現実的な説)

「新撰組説」・・・あまり大義名分がない。真の暗殺の黒幕と言う人が、罪をなすり
つけた可能性も(中岡慎太郎が聞いた「こなくそ」の言葉の解釈や、現場に残さ
れた下駄。恨みの多かった土佐人の主張)

あと「薩摩説」は西郷の指示のもと、中村半次郎が暗殺したとの設定で、すでに
顔見知りになっている慎太郎から見えない角度(ふすまの影)でまず龍馬、次に
慎太郎を早業のもとに斬ったとか。
でも、龍馬単独ならともかく、慎太郎が一緒とわかっていて踏みこむのは信じられ
ない。「薩土」「薩長」の同盟に共に尽力した人物を、この時代では謀略は多かった
とは言え西郷がそんなことさせるだろうか?
この説を言うなら、西郷と慎太郎の関係をもっと知ってほしかった。
ただし、龍馬を消して薩摩に都合がよかったと言う流れは否定できない。

蛇足気味だが「中岡慎太郎心中説」
龍馬を暗殺と言う行為、慎太郎のことだったら、まったくないとも言えない。
でも、自らが下すわけないと思うし、せっかく土佐を討幕路線に乗せた時期に
それに水をさしかねないことは絶対ありえない。

まあ、慎太郎の事故後の証言は取り上げてはいたが、その慎太郎の人物
なりにほとんど(相変わらずだが)触れられていないのはどうかと思う。
「中岡慎太郎本命説」も一回、分析してほしいのだが。
僕はずっと思ってることだが、龍馬より慎太郎の死の方が、かなりの影響があった。

この龍馬の暗殺で大政奉還を実現させて、この時の主導権を握りつつあった土佐
(慎太郎の指示のもと乾・谷らの武力派もいたが)越前らの穏健な公武合体派は
ダメージはうけたのは確かで、武力討幕の工作がしやすくなった。
巻き添えと見られる慎太郎はほんとに惜しい最後だった。「見廻組」の仕業だったら
名も知らなかったんじゃなかろうか。
この慎太郎の死はいわゆる「薩長閥」の誕生であり、彼らの独走が始まった瞬間。
土佐民権派も違った流れで、議会・憲法も実際異なったものになっていただろう。
龍馬より、慎太郎の死で時代が動いた方が大きいのだ。
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by enokama | 2007-09-19 07:11 | 中岡慎太郎関連 | Comments(10)

2007 ローズS

せっかく、1ヶ月阪神開催があるので1回ぐらい行こうと思って
久しぶりに好メンバーで揃ったローズSをメインに、いつものごとく
朝1から出掛けてました!

サマージョッキーS優勝・角田騎手
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僕と同級生の角田騎手。
大好きなラズべリとキョウワロアリングを勝たせてくれてありがとう!
地方出身騎手に席巻されている現状において、大舞台に強い哲三と共に
また、盛り上げてほしい。G1も久しぶりに期待。

ローズS>>
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by enokama | 2007-09-16 21:33 | 競馬 | Comments(0)

慎太郎・龍馬の評価

改めて、高知に行って思ったことだが、やはり「龍馬」って偉大で少しでも足跡
のある地点は必ず名所になっている(空港名を変えるのは少しやりすぎと思うが)
少々こじつけ気味であっても、やはり国民的英雄だしファンが訪れるには
やはり楽しい場所であり、実際そうだった。
龍馬の付く博物館が3つあるのもすごいことだ。

一方、慎太郎。京都の墓は両雄並んでいるし、室戸の銅像も桂浜の龍馬像に
引けは取らないし、立った時期もそう遅れを取ってはいない。
司馬遼太郎氏の著書で龍馬がクローズアップされるまでは、地元ではほぼ対等
な評価だったと聞いたことがある。

このブログを始めた時にも書いたが、僕が幕末にのめりこむようになったのは
「竜馬がゆく」を読んでから。霊山に墓があるのも知ったし、寺田屋も長崎の亀山
社中にも行った・・・
でも、この作品では今まで知られていなかったような人物も、生き生きと書いて
ある。陸奥宗光・三岡八郎そして中岡慎太郎。福井の松平春嶽公は司馬さんも
すごい好きな人物なんだろうなって思う。
だから、その人たちも知りたくて下関も福井も行った。勝海舟はほんと、幕臣
では唯一の異端だと思ってたけど、春嶽と言う人も親藩と言う縛りがあって
思い切ったことはできなかったけど、先覚者で開明派、懐の大きさも負けはしない。
龍馬が脱藩してからの道筋をつけてくれた。
慎太郎も龍馬とは一括りには決してできない。薩長同盟、土佐の討幕路線化
岩倉具視を引っ張りこんだのも功績だし、1級の志士。

松岡司氏の著書のあとがきでの記述。
中岡慎太郎と坂本龍馬のどちらが偉かったか?人気は龍馬だが、じつは慎太郎
の方が偉大ではないのか・・・こんなやりとりをよく聞くが、興味のうすい問題で
私は武市半平太・吉村虎太郎ともども、4人の正四位追贈をほぼ妥当としている。
・・・おっしゃる通りと思います。

今回の高知は「坂本龍馬・中岡慎太郎展」
両雄の展示で行われたことは意味深いし、興味深く見た人も多いと思う。
これを機にもっと慎太郎のことを知ってくれる人がいたらうれしいし
もっと調べて行けたらと思ってます。
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by enokama | 2007-09-13 00:59 | 中岡慎太郎関連 | Comments(2)
高知駅でまた、ゆずぽんさんたちと一緒になって桂浜の「坂本龍馬記念館」へ。
今回は昨年に続いて2回目になるんですが、さすがに今年は人が多かったです。

近江屋の暗殺時の血染めの屏風。坂本龍馬の霧島での出来事を綴った手紙。
暗殺時に使われたと言う見廻組・桂早之助 の刀、中岡慎太郎の時勢論・・・
京都国立博物館や霊山歴史館にある、かなり貴重な史料を、しっかり多数借り
てきてあって、僕が京都で見た史料もありましたが、これだけ一同に展示を
見られる機会はそうそうなかったですし、夏休みを利用してこの合同展に来た人
も大満足と思います。

続いて車で東へ20分ほど、南国市の「歴史民俗博物館」へ。
附近は古墳等も多い丘陵地で、この博物館自体はその古代から近代にわたる
総合的な歴史展示のようです(福井歴史郷土博物館や大阪歴史博物館のよう
な感じ)
こちらでは以前も記事で取り上げた、中岡慎太郎の横山勘蔵名義での、岩倉
具視あての手紙がありました。
礼節をわきまえた律儀で簡潔な手紙は、いつも関心させられます。
横で見ていた人が「龍馬の手紙と対照的だな」って言ってました(笑)
また、両人の暗殺現場となった近江屋の部屋の実寸大の再現がしてあり
(まだ、ぴかぴかです。霊山歴史館にはもう少し縮小したのがある)
引き続きこの展示の後も移設されて見られるそうです。
もっと時間が経って、煤けた感じになったらリアルに感じられそうです。

この後は南国市才谷と言う場所へ。「才谷」はいわゆる坂本龍馬の実家の屋号
「才谷屋」に見られ、近江から移り住んだ坂本家がまず住んだところと伝えられ、
何代かあとの世代に高知市内に移っている。
場所はとんでもない山の中。「才谷龍馬公園」と書いた看板がずっと立っているので
迷うことはないが、なかったらたどり着けない。一般の龍馬ファンでも知らない人
が多いのでは。先祖の墓(?)と神社がある。

最後に高知市・五台山の東、田園地帯の中・仁井田と言うところにある武市半平太の旧宅へ。
(藩政にかかわるようになって、のち城下に移り住む以前の建屋)
今も住んでおられる住宅の敷地の奥に残されていて、在宅の時は中を見せて
もらえるそうですが、今回は留守のようでした(それでも敷地に入れますが)
隣接して「瑞山神社」と墓所。縁者はやはり「半~」と名のつく人が多いようです。

6時過ぎ「はりまや橋」からバスで帰路につきました。
今回は画像が満足に撮れてないのでji5islさんのところでお願いします(笑)


今回は2年続けての高知訪問となりましたが、さすがに特別展で各施設たくさ
んの人でしたし、かなり充実した展示もしてあったので見応えがありました。
また、今回はji5islさんに車を出していただき、バスで行けない細かなところまで
回ることができ、奥深い旅となりました。
部分部分ご一緒したゆずぽんさん、いろいろ教えていただいた地元の方
楽しく過ごすことができました。

ありがとうございました!
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by enokama | 2007-09-11 02:02 | 土佐藩 | Comments(2)
高知から西へ30キロ弱、伊野を過ぎて仁淀川を渡り、山間を抜けると佐川(さかわ)に出る。
山内一豊に従い入国した深尾氏(ルーツは中部地方)が佐川を拠点に江戸年間、佐川・越知・仁淀地域の
治世を行ってきた(佐川深尾氏 1万石。土佐は他に中村などに支領がある)歴史文化の薫る町。

幕末期の当主は勤王の志があり、また国防の必要性を実感し、早い時期に砲術を導入
大砲の鋳造にも挑戦した。
そう言った中で深尾家陪臣からも「土佐勤王党」に加わる者が10数人出た。
名を知られた中では、美作へ遊説に行き非業の死を遂げた井原応輔。
脱藩し長州で活動、陸援隊の幹部として中岡慎太郎・土方久元らと行動を共にすることも多かった
田中顕助(のち光顕。維新後は官僚、宮内大臣等)がいた。

田中光顕は昭和初期まで生き、長寿だったが一方で維新の最後の生き残りとして
史料が散逸するのを憂い、幕末の貴重な史料を集めに集めた。
大多数は茨城・大洗につくられた「幕末と明治の博物館」(旧名 常陽明治記念館)に。
また、自身の雅号・青山(せいざん)から「青山文庫」として一部の史料は地元に寄贈された
(他に深尾家の史料等も展示)
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佐川について>>
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by enokama | 2007-09-08 20:26 | 土佐藩 | Comments(5)
安芸の市街地から北へしばらく入ったところに、三菱財閥の創始者
岩崎弥太郎の生家がある。
倉には「三階 菱」の家紋が!
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東1キロほどの場所に安芸城跡、武家屋敷「土居廊中」、野良時計。
昨年にこちらは行ったので、今回はこちらへ車を進めてもらいました。

岩崎弥太郎>>
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by enokama | 2007-09-08 00:39 | 土佐藩 | Comments(3)
中岡慎太郎像
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桂浜の坂本龍馬像に触発され、安芸郡青年団および室戸岬町の有志によって
岬の一番突端部のこの地に1935(昭和10)年に建立された。
よく慎太郎の写真に見られる鋭い眼光ではなく、柔和な表情だ。

室戸岬周辺 撮りまくり>>
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by enokama | 2007-09-07 23:11 | 土佐藩 | Comments(2)