ANA国内線【PR】

エノカマの旅の途中

enokama.exblog.jp

トップ

semスキン用のアイコン01カテゴリ:大坂発見semスキン用のアイコン02

  

  • 豊臣ゆかりの玉造稲荷神社と淀君の墓
    [ 2012-03-02 22:16 ]
  • 必見!大坂史跡探訪ガイドブック
    [ 2011-06-01 23:46 ]
  • 大阪城と講演「坂本龍馬と大坂」(住吉陣屋)
    [ 2010-05-22 23:14 ]
  • 2010桜~造幣局の通り抜け
    [ 2010-05-04 23:42 ]
  • 細川ガラシャ終焉の地~越中井
    [ 2010-03-27 22:11 ]
  • 真田山~幸村巡り2
    [ 2010-03-25 23:03 ]
  • 上町台地ブラブラ~幸村巡り1
    [ 2010-03-24 23:03 ]
  • 大坂下町ブラブラ~天下茶屋から新世界
    [ 2010-03-19 23:27 ]
  • 大坂下町ブラブラ~すみよっさん
    [ 2010-03-18 23:13 ]
  • 堺事件・土佐藩十一烈士~堺の町を巡る
    [ 2010-03-10 22:00 ]

semスキン用のアイコン01豊臣ゆかりの玉造稲荷神社と淀君の墓semスキン用のアイコン02

  

2012年 03月 02日

最近は忙しいのと、今年に限って確定申告に行かないとだめなんで
なかなか時間が取れません・・・
なんとか確定申告の書類が全部そろって、来週の半日休めそうな時に行こうかなと
早く落ち着いた気持ちになりたいもんです!

記事も調べ込んだこんだものが書けないので、ウダウダと時事ネタに文句ばっかり言ってるようで
恐縮にも感じますが
相変わらず韓国の因縁吹っかけがうざいし、どっかの大臣(?)が公務中に競馬サイトを見てたとか
(馬を持ってるそうで、やっぱり政治家は資産家なんだな)
こんなニュース別にやらなくてもいいやないか・・・

「絆」って綺麗ごとのように連呼して、応援してるように見せる一方で(被災市民に本意でないのに
「絆」って言わせた馬鹿放送局があったとか)瓦礫の処分に反対して(岩手の分に放射能は関係ないだろ)
被災地に対しての実際の行動に示せない、相変わらずの風評被害・・・
まあ「おまえはどうやねん」って言われそうだけど
どうやってお金儲けができるか常に考えてるし、今ある仕事は必死に取り組んでいます。
横井小楠先生風に言いますと、頑張ることで日本が富んで税収が増えれば財源もできることですし
そして東北行って、温泉入ってお金使いたいと思ってます。

久しぶりの大坂ネタ>>

by enokama | 2012-03-02 22:16 | 大坂発見 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01必見!大坂史跡探訪ガイドブックsemスキン用のアイコン02

  

2011年 06月 01日

大阪龍馬会の長谷(おさたに)さんが「大坂の史跡探訪~龍馬の足跡」を
発行されました!

僕も、このブログで「大坂発見」と言うカテゴリを作って
いろいろ大阪市内を散策したレポを載せさせていただいてるんですが
そのほとんどが、長谷さんの発掘された史跡へ、同行案内で行かれた方に紹介された所が多くって
例えば天王寺~松屋町あたりの寺町ってほとんど知らなかったんですが
これだけ大阪にも歴史的な貴重な史跡が、たくさん残ってるんだなと改めて感心して
さらに興味を持っていったわけなんです!

今回はその出版披露の史跡案内と言うことで
今まで中々タイミングが合わなくって、長谷さんのツアーに参加できてなかったんですが
ようやく参加できることができました!
詳細はご本人のブログ(→こちら)で紹介されてますのでご覧ください!
今回はその一部のレポです。。。

もっと見る>>

by enokama | 2011-06-01 23:46 | 大坂発見 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01大阪城と講演「坂本龍馬と大坂」(住吉陣屋)semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 22日

ほんとは日曜日、高野山にお参りの仕事が入ってたんですが
参加人数が少なくって、取り消しになってしまいました。
朱印があるので二人添乗のサブだし、スーツ着なくていいし
今どきまずないチップももらえるし、調子悪い時に直前の峠道で酔ってしまう以外は
おいしい事ずくめなんですが・・・
お客さんも四国八十八ヶ所を満願した後の高野山へのお礼参りなので(弘法大師・空海ですね!)
話もするのも面白いんですがね。。。残念

そこで土曜日の夜に、前から行きたかった大阪龍馬会の長谷さんの講演に行ってきました。
長谷さんの「大阪学」は、ほんとに聞き応えがあるんですよね!

18時からとなるので、その前に大阪城に行ってきました。



講演>>

by enokama | 2010-05-22 23:14 | 大坂発見 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン012010桜~造幣局の通り抜け semスキン用のアイコン02

  

2010年 05月 04日

(撮影 4月18日・クリックすると拡大します→過去記事
長州出身・遠藤謹助

今年も行ってきました!

もっと見る>>

by enokama | 2010-05-04 23:42 | 大坂発見 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01細川ガラシャ終焉の地~越中井semスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 27日

Akiさんと回った大阪散策レポ、最終回になります。
午前11時前から回って、三光神社を出たのが午後3時45分ぐらい・・・
この後に予定があるとお聞きしてたんで、一応4時終了めどで回ったんですが
もう一箇所、下調べをしていた時に見つけた場所が大阪細川屋敷跡。

関が原の戦いの前に、西軍の大将・石田三成は諸大名の妻子を人質として大坂城に移そうとしましたが
すでに越中守細川忠興は東軍・徳川家康についており、この命を断り「辱めを受けるぐらいなら」と
家来に討たせて亡くなった夫人・ガラシャの終焉の地が残されているんです。
明智光秀の娘・玉として生まれ「本能寺の変」のあとは、丹後・宮津藩にて一旦は幽閉生活を送っています。
のちにキリスト教の洗礼をうけ「ガラシャ」となり、教義により自害はしませんでした。。。
そして付き従った家臣たちは全員自害し、屋敷は火に包まれました・・・

「時間ぎりぎりですけど、行きます?」「ぜひ!」ってことで一旦、空堀(豊臣時代の外堀の跡で
有事の際だけに水が張られた)に下り、また御城方面へ高台に上って行きます。
実際に歩くとほんと大阪も高低差が結構あるもんです・・・
そして10分ちょっと歩きました。






越中井>>

by enokama | 2010-03-27 22:11 | 大坂発見 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01真田山~幸村巡り2semスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 25日

今回は初めての地図作成で紹介します!
地下鉄鶴橋で降り、北口から真田山を目指します。
とは言っても現在は住宅が立て込んでいるんで、往時を偲べないし山と言う形でもありません。
地名だけに「真田山」が残っています。
伊庭八郎は真田山に登って「御城外まはり見物」と記しているので、大坂城の全景が見られるぐらい
当時は眺望がよかったんでしょう。。。

ちょうど明星学園のあたりが一番標高があって、山頂であっただろうと言われています!
大坂冬の陣のおり、真田幸村はこちらに大坂城の出城(真田丸)を築きました。
この頂から現在の三光神社にかけてあったとされます。
ぎりぎりまで敵を引き付けてから討つ。。。数々の伝説が生まれました!

高低差(タモさん風に)です。明星学園カメラポイントより北・東方向!

このあたりは寺が多くて、西麓(ちょっとイメージないけど)一帯は大阪一の密集地帯となっています。

幸村像>>

by enokama | 2010-03-25 23:03 | 大坂発見 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01上町台地ブラブラ~幸村巡り1semスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 24日

こちらからの続きです。

昼ごはん食べたら、雨がひどくなってきて(3日ほど前までは天気予報よかったのに・・・)
たまらず傘を購入。
基本的に傘差すのが嫌いだし、元来天気男だったんで持っていかなくっても大概降らないし
へたに持って行ったら絶対忘れてしまうので、念のためのカバンに入る折りたたみだけしかもって行かない。
でも最近はどうなんだろう。なんか年を重ねるごとに休日は外で過ごす事もあるし(普通、逆なのかな 笑)
昔より休日の雨って増えてるように思いません?
競馬場も行く2日に1回は必ず降ってるような気がする。。。

まずは茶臼山へ。
家康も陣を張ったけど、やっぱり真田幸村なんですね!
(天気が悪かったので写真は前回の取材記事で→その1
今の時期は椿が咲いておりました!
イバハチも訪れております。。。

イバハチは幸村好き!>>

by enokama | 2010-03-24 23:03 | 大坂発見 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01大坂下町ブラブラ~天下茶屋から新世界semスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 19日

当日行く前、事前に「行きたい所リスト」を送っていただいてたんですが
その中に「天下茶屋跡」がありました。
関西人だったら「天下茶屋」は駅名にもあるし(南海・地下鉄堺筋線)下町の代表的な所で知られていますが
実際にあったものだとは、あまり知られていないかも知れないし、僕も最近までそうでした。
天下茶屋とはあの太閤秀吉が住吉参りや堺への行き帰りに、茶の湯を楽しんだ場所。
また茶の湯に適した名泉がありました。
こちらにも伊庭八郎は訪れています!

それで行き方なんですが、天下茶屋駅で降りればわかるのでもなくって
むしろ一つ、堺寄りの駅・岸里玉出のほうが近いんです。
だから、天下茶屋と言う地名は比較的幅広い地域で呼ばれているんですね。
それと秀吉が住吉参りの途中に立ち寄ったと言うことは、その街道(紀州街道)沿いにあったというで
まさにそのルートにそって、チンチン電車(阪堺線)が走っているんです!
今日は住吉から入りましたので、そのチンチン電車に乗って、最寄の電停・天神ノ森まで。
おそらく関西では唯一と言っていいぐらいの路面電車。
他は嵐電や京津線の一部だけだと思います。
道路の3分の2ぐらいが軌道敷で、電停に止まるたびに後ろの車もストップしてました。
それと広島や長崎ほど道幅はないけど、中心街を走るわけでもないんで結構スピードが出てました。
かつては日本の各所で見られた風景がこちらには残っています!

続き>>

by enokama | 2010-03-19 23:27 | 大坂発見 | Trackback | Comments(0)

semスキン用のアイコン01大坂下町ブラブラ~すみよっさんsemスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 18日

先週土曜日は大阪市南部の史跡めぐりをしてきました。
以前、庄内藩を調べていた時に知り合ったAkiさんとご一緒。
実は庄内以外にも長州、佐賀、龍馬より慎太郎、競馬ファンと趣味や好物の共通項が多いので
一度、史跡めぐりを一緒に行けたら楽しいだろうなと思ってたんですが
この度、Akiさんの上洛の予定があって、大阪にも立ち寄るとお聞きしたんで、声をかけさせてもらって
実現しました。

テーマは幕末当時の幕臣で剣豪で知られた伊庭八郎の足跡を訪ねる旅。
彼が時の将軍・家茂に従い上洛した際に書き残した「征西日記」は、その題名に反して(?)
別名「幕末るるぶ」と言われるそうで、職務の間に立ち寄った上方のグルメから神社仏閣などの
感想が、事細かに書かれた幕末でも異色な記録となっています。
行くコースを言われた時にAkiさんが「エノカマさんにはちょっと違うかな」と言われたんですが
日記見てたら凄いワクワクしてきて、絶対おもろいだろうなと思ってました!

そこで最初訪ねたのが住吉大社。
別名が、地元では「すみよっさん」って言われてるらしい(知らなんだ・・・)
実は関西にいながらまったく初めて行きました!(イバハチのおかげです 笑)
ここがなかなかの見所でした。。。


住吉大社>>

by enokama | 2010-03-18 23:13 | 大坂発見 | Trackback | Comments(2)

semスキン用のアイコン01堺事件・土佐藩十一烈士~堺の町を巡るsemスキン用のアイコン02

  

2010年 03月 10日

こちらからの続きです。

先週7日の日曜日に再度、堺に行ってきました。
実は前回はかなり迷いながらの散策でしたんで、今回は事前に下調べをして
同行の仲間を案内してきました!
今回は散策時間を書いておきますんで、また参考にしていただきたいと思います。
(今回は歩き3時間で回りました)
なおずっと雨にたたられてしまいましたんで、画像は前回の分を載せておきます!

堺東駅は西出口(実質・南向きで高野方の出口)に1時の集合。
駅前の道路を渡って、南向きに市役所の高いビルを目指して歩き
市役所へ渡る横断歩道の前に「堺東観光案内所」(→ここ)がありますので、まず立ち寄ります。
そちらでは「エコマップ」をもらって散策に向かいます(拝観料の割引特典も付いてます)
また、堺の観光案内の展示や土産・特産紹介(やはり刃物が有名ですね)のスペースと
レンタサイクル(自転車のギアも堺特産です)もおいてあります。
エコマップの範囲全部を歩いて回るのは大変なので、借りるのもいいでしょう。
続いて市役所に展望スペース(21F・9時~21時まで)があるので、エレベータで上ります。
南側には巨大な仁徳天皇陵を始めとする古墳群が一望できます。
天気であれば関空や大阪市内の高層ビル群、港の方も見えるでしょう。
こちらから歩いて15分、妙国寺には2時に到着です。


前回は予約なしでも行けたんですが、マップや案内には「要予約」となっていて
他の拝観の方と重なる可能性もありますんで、事前に一報入れておく方がいいでしょう!
大蘇鉄は現在、囲いが取り除かれ周りの土が掘り返されて「再生事業」の工事が行われていました。
不死鳥のごとく、伝説が語り継がれてきた蘇鉄もいくぶん弱ってきたようで
この工事にあわせて根の張り方や生態の再調査も行われるそうです。

続いてガイドさんの案内で宝物室に入って再度、堺事件の所縁の遺品などを見てきました。
前回からいろいろ書物も探して読んでみたんですが「彼らが埋葬された新墓の前に
供えられた血染めの三宝や指揮旗」と書いてあり、それらがそっくり今も残してあるんですね。
陣笠、辞世の句(当初の二十人)、橋詰を含めた十二人の肖像画、遺髪・・・・
十二番目で切腹を逃れた橋詰愛平は当時40歳で、順番が先だったばかりに自分より若い者が
死んでいったのを、ずっと死ぬまで悔い、肖像画にも十二人目として描かれています
また堺も昭和20年の7月に空襲にあって、妙国寺も立派な三重塔もあった広大な寺域を全焼したんですが
この寺のシンボルである蘇鉄は焼け残り、土佐十一烈士遺品を含む寺の宝物は蔵に運びこんだそうで
難を逃れて、今も見ることができるんです。。。
ほんとに生々しい物だし、当時の彼らの思いが伝わってくるようです。
近代国家への礎になったとも言えるこの事件が、いつまでも語り継がれていかれることを願います。

また十一烈士墓所の宝珠院は、やはり日曜日の休園日には門が閉じられて見られませんでした。
見られる日も昨今の時勢で学校施設への出入りは難しくなってますんで、保母さんに一言
言ってくださいとのことでした。

歩きます>>

by enokama | 2010-03-10 22:00 | 大坂発見 | Trackback | Comments(2)