こちらからの続きです。
先週7日の日曜日に再度、堺に行ってきました。
実は前回はかなり迷いながらの散策でしたんで、今回は事前に下調べをして
同行の仲間を案内してきました!
今回は散策時間を書いておきますんで、また参考にしていただきたいと思います。
(今回は歩き3時間で回りました)
なおずっと雨にたたられてしまいましたんで、画像は前回の分を載せておきます!
堺東駅は西出口(実質・南向きで高野方の出口)に1時の集合。
駅前の道路を渡って、南向きに市役所の高いビルを目指して歩き
市役所へ渡る横断歩道の前に「堺東観光案内所」(→
ここ)がありますので、まず立ち寄ります。
そちらでは「エコマップ」をもらって散策に向かいます(拝観料の割引特典も付いてます)
また、堺の観光案内の展示や土産・特産紹介(やはり刃物が有名ですね)のスペースと
レンタサイクル(自転車のギアも堺特産です)もおいてあります。
エコマップの範囲全部を歩いて回るのは大変なので、借りるのもいいでしょう。
続いて市役所に展望スペース(21F・9時~21時まで)があるので、エレベータで上ります。
南側には巨大な仁徳天皇陵を始めとする古墳群が一望できます。
天気であれば関空や大阪市内の高層ビル群、港の方も見えるでしょう。
こちらから歩いて15分、妙国寺には2時に到着です。
前回は予約なしでも行けたんですが、マップや案内には「要予約」となっていて
他の拝観の方と重なる可能性もありますんで、事前に一報入れておく方がいいでしょう!
大蘇鉄は現在、囲いが取り除かれ周りの土が掘り返されて「再生事業」の工事が行われていました。
不死鳥のごとく、伝説が語り継がれてきた蘇鉄もいくぶん弱ってきたようで
この工事にあわせて根の張り方や生態の再調査も行われるそうです。
続いてガイドさんの案内で宝物室に入って再度、堺事件の所縁の遺品などを見てきました。
前回からいろいろ書物も探して読んでみたんですが「彼らが埋葬された新墓の前に
供えられた血染めの三宝や指揮旗」と書いてあり、それらがそっくり今も残してあるんですね。
陣笠、辞世の句(当初の二十人)、橋詰を含めた十二人の肖像画、遺髪・・・・
十二番目で切腹を逃れた橋詰愛平は当時40歳で、順番が先だったばかりに自分より若い者が
死んでいったのを、ずっと死ぬまで悔い、肖像画にも十二人目として描かれています
また堺も昭和20年の7月に空襲にあって、妙国寺も立派な三重塔もあった広大な寺域を全焼したんですが
この寺のシンボルである蘇鉄は焼け残り、土佐十一烈士遺品を含む寺の宝物は蔵に運びこんだそうで
難を逃れて、今も見ることができるんです。。。
ほんとに生々しい物だし、当時の彼らの思いが伝わってくるようです。
近代国家への礎になったとも言えるこの事件が、いつまでも語り継がれていかれることを願います。
また十一烈士墓所の宝珠院は、やはり日曜日の休園日には門が閉じられて見られませんでした。
見られる日も昨今の時勢で学校施設への出入りは難しくなってますんで、保母さんに一言
言ってくださいとのことでした。
歩きます>>