エノカマの旅の途中

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カテゴリ:歴史連載( 69 )

行った日は台風直撃でありまして、シフトの都合をつけて行ったので予定もなかなか変更できなかったのですが、よくニュースであるような「傘パーン」の状態で歩くのはやっぱりきつかったです。 
海蔵寺の前の八間通と言うメインストリートでは歩行者天国にしてイベントもしてて、当地グルメのテントも出てたみたいだけどゆっくりと楽しめる余裕もなく
幸い寺町商店街と言うアーケード通りを抜けて雨を避けて、出た所を左に曲がると桑名市博物館(今回の特別展は11月26日まで)に面した道に出ました。
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展示は一階、二階とほぼフルにこの特別展にあてられていて数多くの出展がありました。
福島・会津から容保や戊辰戦争関連、茨城から慶喜関連、靖国神社遊就館から軍事資料関連が多く出されておりました。

興味深かったのは京都所司代の時使用された(墨書されている)書類箱、軍艦購入に関わる英文書(結果的に購入されてない)
犬山城主で尾張藩付家老の成瀬正肥が立ち会った長州三家老の首実検図は久しぶりに見たような気がします。

戊辰戦争での桑名藩士の軌跡ってのも興味深いところで細かい資料も残されているようです。
おそらく今まで見ていただろうけど頭に残ってなかっただけなんですが、幕末桑名藩の新政府軍への徹底抗戦派は会津から転戦して(庄内藩領だった)寒河江で最後の戦いをして(陽春院に墓がある)さらに清川から最後の最後に恭順した庄内藩領に入って大山で降伏し謹慎しています。専念寺と言う寺ですが、それまでの戦いで傷ついた藩士らが何人も命を落とし、こちらにも墓もあるそうです。


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by enokama | 2017-11-07 23:01 | 歴史連載 | Comments(0)

桑名の城下町

最近の家近良樹さんを中心とする研究もあって、幕末における京都での孝明天皇・朝彦親王から信任を得て
のち将軍になった慶喜周辺の幕府勢力を「一会桑」と呼ばれることが広まってきました。
その一翼で京都所司代を務めた桑名藩の幕末を紹介する「幕末維新と桑名藩」〜一会桑の軌跡〜と言う展示があり、初めて桑名に行ってきました!

名古屋から電車に乗って、木曽三川の揖斐川を渡り切ったところが桑名で駅東の揖斐川左岸あたりまでに城下町が広がっておりました。
最初に行ったのが譜代藩の城下町に似つかわないような島津家の家紋であります。

海蔵寺→HP

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by enokama | 2017-11-05 23:18 | 歴史連載 | Comments(0)
9月3日に神戸市立博物館で研究者3名と博物館学芸員さんによる「記念シンポジウム」があって再度訪れました。
こういう機会でもないと神戸に行くことって滅多にないんで、もう少し周辺を探りました。

伊藤町は神戸にもゆかりのある初代兵庫県知事・伊藤博文から
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by enokama | 2017-09-17 23:42 | 歴史連載 | Comments(0)
慶応三年から150年と言うことで(個人的には「大政奉還」と言うものが最重要とは思っていないので使いたくない)各所でいろんなイベントが行われていますが、開港150年でもある神戸でも神戸市立博物館を中心に特別展示も行われているようです。
昨年から書いていた原稿でだいぶ調べてたんですが、神戸開港(延期も含めた)に向けた諸外国との幕府の交渉、ある意味この開港を成し遂げたとも言える徳川慶喜の決断と言うものは幕末史における慶応期で主軸の流れと言っても過言ではないと思います。
今年はブラタモリの神戸編も三月にあったし、この神戸市博物館の特別展示も楽しみにしていました。
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by enokama | 2017-09-16 17:38 | 歴史連載 | Comments(0)
諏訪山公園と言うところに来ました。
全然いわれも所縁も場所も行ったことないし、知らなかった場所。
もう少し上がった場所にある有名なビーナスブリッジにはドライブがてら来たことはあるんですがね。
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第二次大戦前に王子動物園に移転する前の動物園があったり、諏訪山温泉と言う温泉街があって料亭もたくさんあったという。

こちらに石碑がある
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by enokama | 2017-09-15 13:46 | 歴史連載 | Comments(0)

神戸北野周辺の史跡

今年に入って「開港150年」のイベントもあって、神戸に度々訪れています。
四月に行ったところですが、大阪龍馬会の長谷さんに案内していただいた場所の紹介です(実際はもっと多くの場所に行ってます)

熊内八幡神社
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新神戸駅から東、山手へ歩いた場所で新幹線を跨線橋で超えてしばらくの場所にある。
幕末に中西誉左衛門と言う勤王家がこの地にいて、松林飯山・松本奎堂と言った志士たちの出入りがあった。

中西誉左衛門の娘・為子の歌碑。兵庫県初代知事の伊藤博文も為子に学んだと言う
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奎堂を偲ぶ句碑もある
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海が見える
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by enokama | 2017-09-14 22:59 | 歴史連載 | Comments(0)

佐賀関では近年研究が進んで現在の街並と幕末当時の屋号の照合が進められて、現在当該地には駒札が建てられて、わかりやすく散策できるようになっている
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by enokama | 2017-08-09 19:02 | 歴史連載 | Comments(0)
昨年夏、もうちょうど一年前になりますが大分県の佐賀関に行ってきました。

ピンと来る人は幕末に中岡慎太郎や西郷隆盛の立ち寄った場所で御存じでしょうが、僕は全然知らなかったんだけど勝海舟と坂本龍馬が立ち寄った場所と言うこともあって地元の方でも盛り上げられているということでした。
詳しくは中岡慎太郎を書いた原稿と大阪龍馬会の会報で書かせていただいてますので、こちらではその他のポイントを中心に書きたいと思います。

今回はボランティァガイドさんを依頼しました。
オーダーは慶応元年五月に西郷や慎太郎を乗せた薩摩船がどのあたりの入港したのかと言うことと、慎太郎の泊まった「大島屋」の場所がどこなのか?ということでした。
本来なら幸崎駅(もしくは大分駅から直行)から路線バス利用なんですが、ちょうどガイドさんが駅の近くにお住まいと言うことで、駅から車で乗せて行っていただけることとなって、幅広い範囲を回ることができました。
(団体案内なら一人300円だそうですが、個人案内は無料でされているということで何から何までお世話になりっぱなしで感謝でありました!)
ちなみに地名は神崎(こうざき)だけど、先に佐賀の神埼駅があったためにこちらの駅は「幸崎」になったと言う事で、現在は神崎と幸崎の名が混在しているようです。




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by enokama | 2017-08-07 23:08 | 歴史連載 | Comments(0)
御浜岬近くには旧戸田村によって昭和44年に開館した戸田(村立)造船郷土資料館があります
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by enokama | 2017-05-09 01:54 | 歴史連載 | Comments(0)
造船の場所は牛ヶ洞(地図・紫印)となった。
廻船業で栄えていた戸田には多くの船大工がいたことも、この地が選ばれた理由であった。
もちろん洋式の船は初めてで戸惑う面も多かったそうだが、ロシア人もその仕事ぶりを高く評価し
異例とも思えるスピードの二か月半ほどで全長24.6m、100トン弱の洋式帆船が完成し、安政二年(1855)三月に進水式が行われた。
プチャーチンは建造に携わった人々に感謝して「ヘダ号」と名付け、二十二日になって乗組員47名と共にペテルブルグに向かって出帆した。
残る乗組員はアメリカとドイツの商船を雇って、ロシアへと向かった。

大正十二年になって、この地に「造船記念碑」が建てられた。
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by enokama | 2017-05-07 17:55 | 歴史連載 | Comments(0)