エノカマの旅の途中

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龍馬・慎太郎の暗殺について 2008

今週になって、いよいよ寒い~^^って思う気候になってきました。
そして、もうこの時期かって思う頃でもあります。。。

先週の何本かのテレビ・出版されている各雑誌、伝えられるのは相変わらず坂本龍馬のみで
中岡慎太郎の存在は薄いどころか、まったく存在のないのは何年も憂いてることですが・・・
先月の福井に続いて、土日に「維新」に会った方で、こちらがファンと名乗る前に慎太郎を
熱く語ってくれる人に出会いました。
わかる人はわかってくれるんだ、いつか世に出るだろう・・・
今望むなら、来年から並び始めるだろう龍馬本の中で、慎太郎をしっかり書いてくれる人が
出てくれないだろうか(多少の偏りはいいんで、一坂太郎氏あたりで)
再来年、ちょっとしたブームが起こることを期待します。

後、暗殺の件で言っておきたいことは(簡潔なんで少し言葉の足らない面があります)
・暗殺のあった状況は、ほぼ即死の龍馬に対して、しばらく命のあった慎太郎の証言によって
 残されていること。

・土佐脱藩後の二人は薩摩(龍馬)と長州(慎太郎)で違った方向で活動した。
 長州にあって、過去の怨恨を抑え薩摩の真意を伝え「薩長融和」に動いた慎太郎。
 薩摩の援助で設立した社中(海運)によって実利をもって、両藩を結んだ龍馬。

・終始、討幕を意識した長州を主に活動の場とした慎太郎は、久坂玄瑞~高杉晋作の影響も
 あって「武力で幕府を討つべし」土佐では乾退助と結ぶ。
 龍馬は脱藩後の人脈が、勝海舟・大久保一翁ら幕府の要人にも多い関係で「大政奉還」を目指し
平和裏に政権交代を目指し徳川も一諸侯として残す構想。
 「薩長同盟」も軍事同盟と言う意味合いよりも、国内分裂を防ぐ方策だったかもしれないし
 尾張・福井の長州に対する寛大論とも合致している。後藤象二郎と結ぶ。

・薩摩の要人では両者とも親しい吉井幸輔(龍馬の新婚旅行に同行。早くから薩長融和に
 動く慎太郎にも長州・福岡で協力。乾退助や福井の村田氏寿とも多様な人脈あり。
 二人の最後も見届ける)
 西郷は神戸操錬所閉鎖後の龍馬の行動に(亀山社中など)大いに協力を惜しまず、
 慎太郎に対しては「禁門の変~下関攘夷戦~第一次征長の休戦」と失意の底となった
 長州への寛大な処置を「五卿問題」で共に尽力する。

・薩土では「武力討幕」 西郷・大久保・中岡・乾 VS 「大政奉還」小松・坂本・後藤 
 と言った対立が一応 成り立つ。
 「薩土盟約」はその中で「大政奉還」を提示し、幕府が拒否したら「武力」もありえる同盟。
 武備は必要条件だったが「一兵も出さぬ」と山内容堂の説得に後藤は失敗。破約の格好
 となる。鳥羽伏見では、西郷・乾の個人的(中岡の仲介で)約束によって容堂の命令を無視
 形で参戦に踏み切り「薩長土」と言う勢力になる。



薩摩は絶対ありえない・・・

西郷の存在によって両人とも活躍したと言っても過言ではない。
でも生殺の権利があるとは言えない。
龍馬を非常に大事な存在としていた逸話もいくつかあるし、最後の意見も多少のプロセス
の違いの事。龍馬は武備も実際十分、用意していた。
 
慎太郎は、むしろその思想を西郷が影響を受けた面もあった話もある。
この存在がなくなると土佐の討幕路線は、なくなってしまう。
辛うじて乾主導の土佐軍は進軍でき、大きな戦力となったが失う可能性も出ていたわけだ。

両人をよく知っている西郷が「二人一緒の可能性」を知らないはずがない。
進む路線が違えども、同志であり何でも語り合える友であった。。。
大久保・岩倉も中岡の死を非常に悲しんだ・・・


土佐は・・・

後藤が「船中八策」の手柄を独り占めにしようとして。。。
とても馬鹿らしい!
龍馬は別に自分の発案とは頓着しない人だろう。後藤もそんなケツの穴の狭い人物だろうか?
龍馬の死・小松の病気での上京不可で「公議論・議会開設」を望む彼の構想への同調者
がいなくなってしまい。「王制復古」では西郷・岩倉らに押し切られてしまう。

後藤だと、むしろ慎太郎本命(藩論に背く行動をしている)はわかる気もするが、やはり龍馬と
一緒の可能性はわかるはずだし、彼のそのころの苦悩は深く、自藩士の暗殺など思い浮かぶだろうか。
むしろ、陸援隊の過激派の暴発(「龍馬暗殺」って映画もありますが。両人の動きは筒抜けで
わかるし)や
乾はもちろん、後藤さえも理解しない佐幕派の犯行だと両人とも斬る目的はある。
また、両人とも安全な「藩邸」に入ると言う理解が、脱藩を許されたのに関わらずまだ
得られてなかったと言う現実もあります。


やはり「見廻組」か・・・
「大政奉還」は慶喜が良しとしても、300年近く担ってきた幕臣・長らく「京都守護」として
駐屯してきた会津兵らにとっては耐えられない現実は十分わかる。
慶喜はむしろ薩長との妥協ではなく、身内の暴発の方を抑えるのに苦悩していただろう。
一番具体的になっている話だし、二人とも消す理由はある。

今日はこれぐらいにしときます・・・


最後に今井幸彦氏(刺客・今井信郎の子孫)の文より

自供文中にも、判決文中にも中岡慎太郎の名がひとつも出てこない。
今井は「龍馬も慎太郎も斬った」ことで伝わってるが、慎太郎の暗殺状況があいまいである。
だか龍馬には関わって、慎太郎はわからないんじゃなかろうか。

なんでよく見られる判決文が龍馬だけなのかと思ってたんですが、、、事実そうだったようです。
今井は見張り役だったと言うので、実際に斬ったのかはわかりません。
他の刺客たちは皆、各地で戦死しています。
このあたりが今井の信憑性や、真相を探ろうとする谷干城との対立ともつながります。

なぜ、龍馬に負けるとも劣らない功績を持つ慎太郎があまりにも語られないのか。
そちらの謎が、この暗殺の真相にも関わってくるのでは、と勘ぐるのは僕だけでしょうか・・・?
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Commented by ji5isl at 2008-11-12 01:35
>「武力討幕」 西郷・大久保・中岡・乾VS「大政奉還」小松・坂本・後藤
小松が後者の立場で対立があったのは「篤姫」見るまで知りません
でした。龍馬との距離が近かったんですね、その辺大変興味深く思
います。
松岡氏が言うように「過程が違うだけで目的は同じ」はうなずけるの
ですが、中岡の構想には早くから「大政奉還」もあったにもかかわら
ず、「武力討幕」にこだわったのは長州での活動を主においたから
でしょうか。この辺も龍馬の影に埋もれ要因なのでしょうね。
やはり「大政奉還」を偉業と見る向きが多いでしょう。
ブログで書きましたが、TV等での目に余る扱い、県を上げての抗
議活動も必要かと (^^ゞ
「抗議」を話題にする手も。
Commented by enokama at 2008-11-14 18:53
> ji5islさん
小松は埋もれていた人材で、やっと日の目を見た感じでしょうか!

とりあえず、西郷・大久保をどうしても悪者にしたい史実家は
必要以上に対立をあおる気がします。
この暗殺もすでに概要がわかっているのに「黒幕薩摩論」をぶつ
のはとんでもないことで、必要以上に龍馬がキーマンとされ、
慎太郎がほとんど無視されることとなり、非常に遺憾に思います。
実際はそれほどお互いの勢力を「殺したい」ほどの対立はなかったと見ます。

反論がある人はかかってきてください(笑)
論破しますから・・・

県を上げてってのはどうでしょうか?
龍馬が良ければいいって人いそうですし・・・





Commented by ji5isl at 2008-11-14 20:25
>県を上げてってのはどうでしょうか?
失礼ながらこれはちょっと黙って入られません (^^ゞ
「抗議」はしゃれっ気でと言う意味も含んでるんですが、それはとも
かく、慎太郎は我々高知県人の誇りであるはずです。「龍馬が良け
ればいいって人いそうですし」・・・これもそうなのですが(苦笑)、
これは「県を上げてまでする価値がない」ともとれます。
私たちにとっては同郷、見習うべき身近な大先輩です。県をあげい
でどうする!のかと。
>再来年、ちょっとしたブームが起こることを期待します
そんな事言ってる間は無理です。
Commented by enokama at 2008-11-14 21:32
明日の「墓前祭」ではいつも、高知関係者の式辞があるのですが
残念ながら、北川の方以外は慎太郎の事にほとんど触れられていないです。
また、僕は「墓前祭」としか言いませんが、一般的には「龍馬祭」
として、霊山周辺の案内看板では周知されている現実があります。
本文中に書いてますが「慎太郎の功績」(あまりこの表現もよくないですが)
は龍馬に対しても、また薩摩の西郷・大久保らと比べても遜色の
ないものです。
このあたりは毎年、北川の方と話しております。
ぜひ、県をあげての動きに繋がっていければと思います!

Commented at 2008-11-14 22:15
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enokama at 2008-11-14 22:26
>鍵コメさん
また、明日のことも報告します!
「慎太郎をおもてに出す会」は初耳でした・・・
「・・・世に出す会」みたいに、ビデオとか出さないでしょうか?
Commented at 2008-11-14 23:34
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by enokama | 2008-11-12 00:02 | 中岡慎太郎関連 | Comments(7)