エノカマの旅の途中

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1・17

あの震災からもう12年になる(なくなった方は13回忌になる)

僕は半壊した武庫之荘の友人の部屋に地震の7時間前までいた。
そこは駐車場が1階で、崩れてそちらに落ち込むような状態になったらしい。
当時も1階が空いた構造の建物で被害が多かった(僕が小学校時代によく
行ってた、思い出深い阪急伊丹駅もその構造で崩落)
友人は幸い怪我なく、ドアが開かないので窓から脱出したと言う。
僕も二十歳そこそこで、よく泊まりに行ってて雑魚寝のような時も多かったから
もしそこにいて、何か落ちてきて打ちどころでも悪かったらと思うと・・・

たしか義援金は50万ぐらいって言ってただろうか。到底足りないし、建て替えで
2重ローンになった人も多かっただろう(友人は運良く県営住宅に当たったが)
災害は到底、自治体・国は当てに出来ず、日頃から自己責任で備えておかない
とダメだと思い知らされたのもこの時。
ラジオはこの時、貴重な情報源で役に立ったと言っていた。持ち出すものや
防災グッズ・タンス等の倒れ防止はやっておきたい。

でも、あの時は異様な光景だった。徹底的につぶれたところとまったく景色の
変わってないところがほんと隣接するぐらい近かったり(豊中でも被害のあった
ところが実際あった)道路が寸断されて行き場をなくしたトラックが、三田市附近
でもあふれかえっていた。「お風呂屋どこですか?1週間入ってないんです。
三田に3軒あるって聞いたもんですから。」
ほんと2、30キロの距離の違いだけで災害があったわけである。

でも月日がたつのは早いもので、今の高校生ぐらいだったら記憶にはない世代
になってきてるだろう。やはり体験したものが語り継がないと。
そう言えば、この友人がこの年の春に「ローリングストーンズ」のコンサートに
東京に行くはずだったのが(もう最後の来日と言っていた。10年経ってもまだ彼
らはやって来ている 苦笑)当然だめになっても、チケットがあるので僕が行くこ
とになった。そして、東京に行った3日ほど後に、あの「地下鉄サリン事件」
が起こったのである。日本もバブルがはじけたあとで、安定と安全も揺るいできた
と言われたころだった。

また災害は忘れたころにやってくるかもしれない・・・
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by enokama | 2007-01-17 00:35 | 総合 | Comments(0)