エノカマの旅の途中

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慎太郎と龍馬ゆかりの佐賀関~肥後藩細川領の史跡

昨年夏、もうちょうど一年前になりますが大分県の佐賀関に行ってきました。

ピンと来る人は幕末に中岡慎太郎や西郷隆盛の立ち寄った場所で御存じでしょうが、僕は全然知らなかったんだけど勝海舟と坂本龍馬が立ち寄った場所と言うこともあって地元の方でも盛り上げられているということでした。
詳しくは中岡慎太郎を書いた原稿と大阪龍馬会の会報で書かせていただいてますので、こちらではその他のポイントを中心に書きたいと思います。

今回はボランティァガイドさんを依頼しました。
オーダーは慶応元年五月に西郷や慎太郎を乗せた薩摩船がどのあたりの入港したのかと言うことと、慎太郎の泊まった「大島屋」の場所がどこなのか?ということでした。
本来なら幸崎駅(もしくは大分駅から直行)から路線バス利用なんですが、ちょうどガイドさんが駅の近くにお住まいと言うことで、駅から車で乗せて行っていただけることとなって、幅広い範囲を回ることができました。
(団体案内なら一人300円だそうですが、個人案内は無料でされているということで何から何までお世話になりっぱなしで感謝でありました!)
ちなみに地名は神崎(こうざき)だけど、先に佐賀の神埼駅があったためにこちらの駅は「幸崎」になったと言う事で、現在は神崎と幸崎の名が混在しているようです。






神崎にある教尊寺はこの地域に領地のあった肥後藩細川家ゆかりの寺(細川家の家紋がある)で、坂ノ市・鶴崎・佐賀関と言った地域は加藤清正の時代から肥後藩領であり、細川家の参勤交代も鶴崎から海路を取るルートであった。

この寺での藩主の休憩もあって、当時の書院がそのまま残されている。

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こちらにある経蔵は九州では貴重なものであり、近年修復も行われた。

神崎から佐賀関へは海に山の迫る地形だが、こちらを行き来した峠道が「海舟・龍馬の歩いた道」として整備されている
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先に岬(関崎)に行っていただきました(半島のくびれたところが佐賀関の中心地。岬はその先端)
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四国へは最短のルートで佐賀関から佐田岬へはフェリーも出ている。

町中へ入り早吸日女神社(はやすひめじんじゃ)へ。加藤清正の時代に社殿が再建され、続いた細川氏によって修築が重ねられて今日に至る
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細川氏と延岡藩の内藤氏
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速吸瀬戸と言われる潮流の激しいこの周辺の海域では「関〇〇」ブランドと言われるほど、魚のおいしいところとして知られるがこちらにはタコにまつわる伝説もあって、お参りをしたあとに一定の期間「タコ断ち」をすると願いが叶うとして奉納がされている。
またこの門前には高橋水月堂と言う和菓子屋があって「関あじ最中」「関さば最中」も売っています(ちなみに店主の方が豊後龍馬会の会長です)


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by enokama | 2017-08-07 23:08 | 歴史連載 | Comments(0)