エノカマの旅の途中

enokama.exblog.jp

旅と歴史と競馬のお話をします

ブログトップ

五卿ゆかりの筑前黒崎宿と曲里の並木

小倉から八幡西区の宿場町だった黒崎に移動します。
実は最近まで知らなかったことだけど、イメージ的に遠賀川だったり北九州市で分かれてそうな
「豊前」と「筑前」の境界ってのは、今の小倉と戸畑の間であり、同じ北九州市でもカテゴリ(福岡藩へ)変更いたします。
福岡藩の上方への玄関口としての湊町でもありました。

元治元年の長州征伐での「征長軍解兵」条件の一つは、いわゆる「五卿」の第三国への動座であり
元治二年(1865)一月十五日。長府の功山寺に滞在していた三条実美、三條西季知、東久世通禧 壬生基修、四条隆謌の五卿は長州領の彦島から船で九州で向かい、黒崎に上陸した。
なぜ小倉や門司に渡ったのではなく黒崎なのかなと思ってたんだけど、前述の通り筑前領(福岡藩)となってるので
譜代藩の小倉領を避けて「五卿動座」や長州救済にも尽力した福岡藩士も待ち受けるこの地になったものと思われます。
今回は行けなかったのですが、その上陸地の碑も建てられています(→こちら
f0010195_11064109.jpg




五卿は黒崎宿の櫻屋に入る
f0010195_11071268.jpg
当主の宇都宮正顕は脇本陣を経営し、薩摩藩や佐賀藩との関係が強く情報も集まり
勤王の志も篤いこともあって、志士たちの活動を支援していた人物であり、五卿はここに三泊している。
平成二年に残されていた離れ座敷が解体されて、跡地に碑が建てられている(→こちら

黒崎城跡も近いJR沿いにあった離れ座敷は解体されたがその庭にあった歌碑(三条と東久世)が残されている
f0010195_11074113.jpg
ちなみにこの櫻屋には中岡慎太郎も泊っている。
慶応三年正月に京都から大坂を経て馬関経由で大宰府に戻っているが
一月七日に馬関から大里に渡り、その日に当地に泊まっていることが日記に残されている。

長崎街道を進みます
f0010195_11270853.jpg
いろんな人が通った
f0010195_11273709.jpg

岡田神社(岡田宮)
f0010195_11311601.jpg
f0010195_11314888.jpg
三条実美もこの地に詣でて、歌碑が残されている
f0010195_11370944.jpg
f0010195_11321821.jpg
f0010195_11325125.jpg

曲里の松並木(→こちら
f0010195_11333905.jpg
f0010195_11340992.jpg
f0010195_11344321.jpg
「こころ旅」で火野正平さんも訪れてますが、長崎街道の松並木が一部残されています。
ここ、ほんとによかったですよ!
番組でも紹介された八幡西図書館もそばにあります。
実は前述の「櫻屋」の離れ座敷がこちらに復元されているのですが、この時点で知らずに行けなかったのが残念・・・

[PR]
by enokama | 2017-07-09 10:53 | 福岡藩 | Comments(0)