エノカマの旅の途中

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淀城と鳥羽伏見の戦い~石碑と埋骨地

淀小橋跡
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千両松方向の堤と淀城下を結んでいた橋で200mあったと言う。
敗走する旧幕府軍はこの橋を焼くが、淀城には入ることができなかった。




競馬場敷地に隣接する光明寺跡。
「戊辰役東軍戦死者埋骨地」とある
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明親小学校(明親館跡)
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淀藩校跡で、旧幕軍本陣となった。名前もそのままに小学校として残る。
この戦いで淀の城下は焼かれるが、住民たちは城下の六ヵ寺に東軍(旧幕府軍)死者たちを埋葬する。
いずれの寺も宗派が違っていたので、それこそ一致して協力しての行動だっただろう。

文相寺
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近くの大専寺にも同様に小さな「東軍死者埋骨地」の碑が建つ

当時は旧幕側の野戦病院となった長円寺前には、榎本武揚筆の大きな「戊辰之役東軍戦死者之碑」が建つ。
亡くなる前年の明治40年(1907)に建立された。
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塀の内側にも小さな石碑
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稲葉家の菩提寺だった東運寺にも石碑がある
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by enokama | 2016-05-14 18:35 | 私の好きな京都 | Comments(0)