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岩国吉川家の城下町~岩国城と錦帯橋

岩国城 は1608年 (慶長13年) に初代岩国藩主の吉川広家が、蛇行した錦川を天然の外堀とし
戦国の流れを汲んだ「要害」とした山城を、その背後にそびえる横山(城山・標高が約200m)に築城。
三層四階の桃山風南蛮造りの天守も築かれる。しかし幕府の「一国一城令」もあって、築城より僅か
7年後の1615年 (元和元年) に取り壊しとなり、その山麓にあった「お土居」と呼ばれた居館を陣屋とし
代々藩政を司り、周辺(横山地区)が上級武士の居住地や諸役所になっていた。

防衛上には有効な錦川の流れも「暴れ川」と言われ、対岸と連絡する橋も度々流されて
その対策も急務となっていた。
延宝元年(1673)10月1日、中国杭州の名勝・西湖に架かる橋をモデルとして(→参考記事
独特の景観を持つ「錦帯橋」が架橋され、以後修復・架け替えを繰り返し「名橋」として
観光名所となっている。



錦見側から(渡橋料がいります)
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流出を防ぐため、基礎部分がしっかりと作られている
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岩国陣屋址(吉香神社)
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遺構である錦雲閣
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往時の岩国陣屋
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堀にある菖蒲園
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山上の復元天守
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ロープウェイで上がる。
錦帯橋から見やすいように、昔の位置から少しずれているとか。今回は時間ないのでパス。

佐々木小次郎像
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てっきり僕は福井出身だと思ってたんだけど「岩国説」もあって立てられているそうだ。
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by enokama | 2015-02-11 20:17 | 歴史連載 | Comments(0)