エノカマの旅の途中

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11月15日・霊山の墓前祭 2014

今年の11月15日は土曜日だったので(まあ今は関係ないか 笑)
2年振りに霊山の墓前祭に行ってきました。
(昨年の霊山での墓参は16日に行ってました)

いいお天気だったので、少し早起きして東福寺の紅葉を見に行ってきました。
てっきり9時からだと思ってたんだけど、8時半過ぎにはもう開いていました!
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八坂の搭もきれい
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10時すぎには護国神社についていました。
今年は軍鶏汁は11時過ぎからふるまわれて、先に墓参は済ませました(1時までだったら待つことないからね)
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1時からは木村先生の講演でした。
「坂本龍馬と薩長同盟」
桂小五郎の記述で「長薩同盟」とするものがあるが、まずはこの順番なこと。
薩長同盟が従来からの定説「武力討幕に向けた同盟」から、いろんな解釈が出てきていること。
「内乱回避説」ってのは尾張藩や筑前福岡藩が動いた「第一次征長」の交渉で不戦で終わった
「寛大策」からつながって行くものだろうし、まあブログにもたくさん書いてきましたが
僕は「抗幕」を前提とした、西国雄藩連合に向けて一つの動きだと思っています(佐賀あたりも割拠していたし)

龍馬の行動となるのは、小田村素太郎と大宰府で会ってから・・・あたりの話となります。
慎太郎ファン的には龍馬の前に「第一次征長の不戦」での条件、筑前勤王党が中心となってた
「五卿動座」もあるんで(このことを契機に長府藩から「薩長融和」が進んでいた)町田明広さんも調べて
おられますが、このあたりの話をもっと知っていってほしいなと思っています。
龍馬だけの話だと「その前提」が知られずに終わってしまいますから。
それにしても田中光顕にしろ、土方久元にしろ、何で「晋作、龍馬」って話になるんだろうね。
身近だったのは慎太郎だったし、なぜ二人の話を先に出すのだろう・・・

面白い話も聞いて、次の大河にも出る「劇団ひとり」の本名が川島なんだけど
慎太郎の長姉・縫(慎太郎は父・小伝次の後妻の子となるので異母姉)が嫁いだ川島惣次
(岩佐関所番人で、いわゆる「二十三士」の一人で斬首されてしまう)とつながる「川島家」なんだそうです。
すごい話だな!


今回は北川村の方やいつもの冨永さんともゆっくりお話しできて、情報交換もできました
ありがとうございました!
17日には北川村での墓前祭と行事があります(→こちら
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霊山の墓前祭では、各団体の墓前でのスピーチ(?)があります。
相変わらず県人会の挨拶は会長が変わっても、一言一句変わらない「龍馬のついでの慎太郎」でしたが(苦笑)
北川村の慎太郎顕彰会の挨拶の内容がすごくよかった(会長や副会長の時は声が控えめで、聞こえにく
かったので、初めて全部はっきりと聞くことができました)

あと墓前祭は3時半からで、そのころは個人の墓参の列が並んでいて
その列を止める形で(1時間弱進まないことになる)墓前での神事が行われるのですが
(2時半に並んだ方はギリギリ墓参はできてました)
列の下の方の方は事情がわからず「何で待たなあかんのや」って、僕もいつもハッピ着てるもので
聞かれるんですが(年によっては怒号が飛んだ時もあった)墓前祭での神事の趣旨をわかっていただいて
早めに余裕を持ってお参りをしていただくよう、周知してもらいたいなと思います!
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by enokama | 2014-11-15 22:40 | 私の好きな京都 | Comments(0)