エノカマの旅の途中

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佐川2014~青山文庫の展示と古い街並み

順不同になりますが、続いて佐川(読みは「さかわ」で濁らない)のレポです。
前回も記事を書いてますが、7年振りの訪問となります!
今回は1日目に北川村に行って、宿泊は高知市内だったので
朝8時過ぎのディーゼルカー(高知で「電車」は土電の路面電車のこと)で佐川に向かいます。

高知駅の中岡慎太郎像と後ろはアンパンマン列車
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駅に入ると人が多くって、17日だし「帰省Uターンラッシュかな?」とも思ったんだけど
ちょっと雰囲気が違ってて、土佐山田~阿波池田間が大雨で不通になっているから
人があふれていたと言うことでした。。。(昼からは動いていたので、高松方面に乗ることができた)

佐川までは550円(28キロ)ってことで40分ぐらいで着くのかなと思ったけど
駅が14もあって(高知市内と日高村がたくさんある)55分かかりました。
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駅から右方向へ向かうと司牡丹の酒蔵が見えてきます
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以前に訪れた7年の間に新しい施設が、次々と上町の通りに移築されていたので紹介します。

名教館(めいこうかん・2014年3月移築)
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玄関と一部の居室が江戸時代の建物。深尾家の梅鉢紋が見える。
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幅広い分野の人物を輩出している(植物学者の牧野富太郎も有名)

安永7年(1772)深尾家の子弟の教育の場としての家塾として創設され
享和2年(1802)に拡張されて、家臣たちも学ぶことのできる郷校(藩校にあたるもの)となった。
天保になって、深尾氏九代・重教は長州萩藩の「明倫館」を視察し倣って
学習内容も武術(馬・弓・剣)・兵学・算術(測量等の実用面も)書道・華道と言った幅広い内容となり
学校も武道場・射場等、大きく拡張されている。
明治維新後は「佐川小学校」となり、明治初期には英語の授業も取り入れられたように
各方面に多様な人材を送り出している。

旧青山文庫(旧佐川警察署・2009年移築)
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この洋館風の建物は須崎警察署佐川分署として、明治19年に建てられたもの。
昭和5年に警察署は移転し、青山文庫が使用するようになり、昭和38年まで使われた。

この通りには、竹村家住宅(国の重要文化財)・旧浜口家住宅と言う古い商家も残り
こちらもごく最近に生家を復元した「牧野富太郎ふるさと館」もあります。


そして、青山文庫(HP的なものができていました→こちら。入館料は400円になっている)では
田中光顕脱藩150年記念「禁門の変と脱藩」の展示がされております(10月19日まで)

今回出ていたものは
伴林光平の和歌、頼三樹三郎の詩、真木和泉の和歌(かなまじりのきちょうめんな字)
久坂玄瑞の詩、福原越後の和歌、益田豊後の書及び蘭図、高杉晋作(東行)書状、入江九一の書状
徳川慶喜の詩、三条実美の和歌(三田尻で読んだもの)、川路聖謨の詩、松平容保の和歌、秋月悌次郎の詩

佐川関連では那須信吾の遺言状もありました。「天誅組の変」の前に故郷に送ってるんですね。
辞世の句とともに・・・それで信吾の場合は死んでしまって(慎太郎の場合は遺言状を書いても結果
「禁門の変」では亡くならなかったけど)文字通り「遺言」となってしまったと言う。
その宛名となっていた養父・俊平も、のちの「禁門の変」で亡くなってしまうわけです。
あと一点、なんか子供みたいな字の習字があるなと見てたら(現代でもよく子供たちの習字がならべてある
展示にあるような)井原応輔が12か13歳のころに練習していたものでした。よく残していたな・・・
田中光顕ら五名の佐川深尾家家来が脱藩した際、土佐勤王党の重鎮であった平井収二郎が
この「五士」の身分を証明した紹介状を、長州の久坂玄瑞に送った書状もありました(中々興味深いな・・・)
久坂の妻だった吉田松陰の妹・文が、のち再婚した楫取素彦家に伝わっていたものを光顕が譲り受けた
と言うことです。
経緯も面白いので、ひょっとして来年の大河ドラマの巡回展にも出てくるかもしれません。。。

他の土佐関連は武市半平太の染色された有名な美人画。慎太郎の書(扇子に書いたもの)・龍馬の書状。
西郷さんの西南戦争前に書いた大きな掛け軸に書いた書もありました。

それにしても青山文庫は2回目でしたが、今回は幕府寄りの史料もあったりして、田中光顕のコレクター
ぶりを改めて感じました。
前回あった橋本左内関連が出てなかったりするので、まだまだ貴重な物があるのかもしれません。
やはり全国の研究者の垂涎の場所と言えるのでしょう。
また全国で貴重な遺墨が見られる機会があればなと思います。
高知へ行かれる歴史ファンの方、ぜひ少し足を伸ばして佐川にも行ってみてください!
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by enokama | 2014-08-23 20:31 | 土佐藩 | Comments(0)