エノカマの旅の途中

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東山の観光整備を行った中井慈眼と忘れられた石碑

こちらからの続きです。
(2014年7月21日 探訪・撮影)

井上馨の詩碑から進むと開けた場所に出る(東山山頂公園)
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ここは車なら東山ドライブウェイで来ることができ「夜景の名所」ともなっているのだが
歩いて登ってきたのは初めて。。。考えたら、まっすぐ来たら清水寺から40分もあればたどりつけるので
「意外に近かったよね」ってことも話してました。

展望台からの風景
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さらに北へ歩くと意外な人物の道標(?)が
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こちらは将軍塚大日堂と言う「大日如来」が本尊の青蓮院門跡の飛地境内となっている
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せっかくだから拝観しようとしたんだけど、今は残念ながら閉まっていた(→HP
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大隈の他に東郷平八郎の御手植えの松もあったりするようで、また機会があれば訪れたいです。

この大日堂はある人物によって、建立(再建)されたもので
紹介してきた伊藤・井上の詩碑や途中の道標と言った東山一帯の遊歩道も整備してきた(→こちら
中井慈眼(1851~1932)は中井三郎兵衛と称し、三条東洞院で紙商を営んだ人物。府会議員・市会議員
をつとめ明治京都の実業界で重きをなした。かたわら京都を観光都市として発展させるために東山の開発
に尽力した。中井は近くの将軍塚の大日堂を明治41年に建立し、この碑一帯の整備にも意を注いだ。

京都一周トレイル㉒
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円山公園にも行ける。くぐってたら長楽寺のあたりに降りるようだ。
我々は元来た道を下ります(⑲分岐まで)
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⑲分岐まで戻って、次は木戸孝允の碑方面へ(地図上の尾根伝いの青線を北西方面)
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通行止め(通りぬけできません)を構わずに進む
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「木戸公墓所」「伊藤公詩碑」「高台寺」との道標あり(これも中井が整備したもの→こちら
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尾根伝いを歩くも途中でブッシュがあり、腰ぐらいまである草をかき分け進むと
見たことのある風景が→こちら
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今回、僕も勘違いしてたんですが古いネット更新では、この霊山山頂の伊藤博文詩碑の周辺が
現在よりもかなり開けた印象(今はその写真よりも樹木がかなり繁っている)で「この伊藤・井上の二碑
以外にも別に木戸の石碑?がある」と思いこんで、だいぶ今回も⑲の付近を探したんですが
(かなり、あちこち探したけど見つからなかった。。。)
家に帰って再度確認したら、その開けた風景の中に立つ石碑の画像と、今回撮ってきた石碑の形が
同じだったので「当時と今では周辺の景色が変わっているので違う碑に見える」(だから同じ物になる)
と結論いたします。(また情報あれば、お寄せください)
⑲案内板の「木戸孝允の碑」(道標に合わせて伊藤博文詩碑とする)ってのも、書き方を変えた方が実情に
近づくかと思います。

ここからは、前回とは逆に「道なき道」もある斜面を下りて、正法寺の横に出てきました。
(追記 2014年8月2日)
この伊藤詩碑から1か所だけ「まともな道」があります。
おそらく、この下の画像の場所に出てくるのだと思います!
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右に見える石垣の上は木戸公夫妻のお墓であります。
そんな下横で嫌がらせかよ!って感じで通せんぼにしてある。。。
ちなみに白い看板?には「ここからは有料拝観」って書いてある(苦笑)
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ちゃんと「伊藤公詩碑」って書いてある(明治43年)それにしてもひどすぎる状態だ。
わざと行けなくしているとしか思えない!

あと木戸公墓所下には、やじさんの墓の案内もありますが、今は御承知の通り行くことができません。。。
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そして、霊明神社を訪れてお話を聞こうといつもの階段を下ると、運よく神主さんにお会いできまして
いろいろと2時間ほどお聞きすることができました。
そして今日と前回の「登山話」をさせていただくと、この「伊藤・井上」の両詩碑が忘れられたようになっている
のを残念に思った有志の方で、ちょうど署名運動をされているとのこと!で喜んで署名してきました。
また、今回の記事でも再三「いしぶみデータベース」を引用してきましたが
そのデータベースに登録したのも、今回の運動の一環の一つだと言うことです。
確かにそれがなければ、僕も知ることはなかっただろうと思います。

あと今回の登山は「木戸墓所の奥に伊藤博文石碑があるが、今は霊山からは行けずに清水寺から行く」との
記述を見たのと「東山山中に井上の碑がある」と言う話を聞いたことでした。
くぐっていたら「京都一周トレイル」に行かれる方は知っておられますが、ほとんどが「木戸の石碑」と言う
(伊藤詩碑、井上詩碑どちらとも)書き方をされているんですね。
これまで書いてきたことをまとめると、木戸の三十三回忌がきっかけで伊藤と井上の詩碑ができたってこと
ですが、やはり一般的には知られていない。
そして今回、清水寺から登ったことでわかったのは「風光明媚な東山山中の自然を感じながらの回遊ルート」と
することで、清水寺~高台寺~将軍塚~円山公園~蹴上と結び、途中に公園や詩碑も設置し
ゆったり散策してもらいたいと言う、中井慈眼の思いをなんとなく感じ取れたような気がした。
(市街地の近くとは思えない鳥のさえずりとか、通る風の涼しさが何ともここちよかった)

しかし現状では東山山頂公園の井上詩碑は登山道からも見にくいぐらいに林の影に隠れていたと言うし
(伐採して見えるようにしたそうだ)
霊山の伊藤詩碑は北(往時は高台寺からしっかりとした道があったのだろう)はちゃんとした道がないし
南からは上記のように「通行止め」の表記で行けないようになっている(地図上では孤立している状態)
50mほど、草刈りさえして整備したら通れる。本当は通っては行けないんだろうけど「それを破らないと」
行くことができないって言う現状が問題。

いろいろと国有林だったり、各所の所有者と言った問題もあるようですが
きれいに整備が出来たら、いい自然を感じる回遊ルートとして観光客にも喜んでもらえるんじゃないかなと
僕は思うんですが、どうにかならないのかな。。。

この現状をできるだけ多くの人に知ってほしいので
この記事を「いいね!」と思った方は下のソーシャルツールをクリックしていただいて
ご紹介いただければ、うれしく思います。。。
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Commented by 明治維新余話研究会 at 2016-01-10 08:31 x
いい記事ですね。

もっと紹介されてもいいと思います。
20数年前は、木戸孝允夫妻墓所横から霊山城犬走りの道として自由に行けましたが、龍馬ブームと共に墓を拝観させて、拝観料徴収せしめんがゆえに、霊山護国神社が出入りを自動改札式にしたりで通行止めにして行き来出来なくしてしまっています。

井上世外碑はまだしも、総理大臣でもあった伊藤博文碑に行けなくしているのはおかしな話で、林野庁まで抱き込んだか、巻き込んで通行止めにするのに、観光都市京都は何を考えているのでしょうか。
Commented by 明治維新余話研究会 at 2016-01-10 08:35 x
京都の観光行政は恐らく、何も考える能力はないのでしょうね。

東からどんどん皆さんが行けば、道は歩かれるようになり、知られる事になります。

三連休という日がな一日、将軍塚から久しぶりに歩いて、通り抜け出来ませんを無視して歩けるようになっていた、してくれていたのは欣快の至りです。

霊明社に降りる道も模索中との情報もありますから、市民、観光ハイクの道として応援しましょう。
Commented by enokama at 2016-01-13 00:49
コメントありがとうございます!
木戸公墓所から伊藤公石碑への道は、ほんと殺生なもんであります。
こうやって書いて知ってもらいたい気持ちもありますが、知られたくない(道のこと。拝観料を取り出した理由・経緯)人たちもいるようなので難しいものですね。
せめて霊明社から伊藤の碑まではちゃんとした道で行けるようにしてほしいもんです。
by enokama | 2014-07-23 19:00 | 私の好きな京都 | Comments(3)