エノカマの旅の途中

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京都で最近建った石碑~十津川屋敷跡など

今日はいつもの霊山歴史館の土曜トークの日で
女性から見た幕末や京都の著作もある、研究家の辻ミチ子さん「お菓子 幕末よもやま話」と言うお題で
少し違った角度からの幕末研究のお話を聞いてきました!

皇室のお月見のお菓子メニューには
羊羹や饅頭などの中に「月見まんぢう」があって直径21cmの大きなまんじゅうの中心に穴を開けて
そこから月を見ていたと言う逸話や
菓子類はお茶(茶道)とともに進化していったり、社寺参詣の名物楽しみとして(下鴨神社→みたらし団子
上賀茂神社→神馬堂のやきもち)京都名物となって行った経緯、将軍家茂が甘い物好きでの虫歯だったこと。
水戸の徳川斉昭がああ見えて、茶道の嗜みがあり茶菓子の本を描いていると言う意外な側面。
松平春嶽の日記が(慶応3年)肝心な政治の話がぼやかして書いてある一方、その日食べたものは
きっちり書いてあったり、公家とのやりとりでお歳暮によくカステラが登場してくるなど
80歳過ぎの方ですが、しっかり調べられてお話され、興味深い内容でありました。

今の時代では茶道は女性の嗜みになっていたり(明治の学制になって女学校で教えられるようになったから)
お菓子・スイーツも女性って感じですが、当時の文化人や公家・殿様、志士あたりもむしろ甘い物が
好きだったようにも思うし、普通に食べてたんじゃないかな・・・
そういう僕も辛いきつい物が好きな一方、デザート類も大好きであります!

午前中はいつものように京都の史跡巡りを少し。
ネットでくぐっていたら、おもしろいサイトが見つかって→いしぶみデータベース
何か所か行ってきました。。。

ここは全然知らなかったな・・・
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背景を撮った画像もあるんですが、映りが悪くって碑の写真のみで申し訳ないです。
こちらは幕末の十津川屋敷跡の場所で、2009年に十津川村教育委員会によって建てられています。
明治維新直前の動乱の京都で、御所を警護した「勤王思想」の強い土地で知られた十津川郷士たちの
拠点となった十津川屋敷跡。住所は新烏丸頭町下切通上ル。
検索して場所はほぼ掴めたんですが、詰めにきてやはり迷いました(苦笑)
ちょうど御所の東で、同志社の創立者・新島旧邸の真裏あたりと言ったら一番わかりやすいでしょうか・・・
茶色い2階建てぐらいの集合住宅の前になります。
十津川村の研究者の方が場所を見つけられて、建てられたんですね!


少し飛んで三条京阪へ
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こちらも昨年に立ったようです。
池田屋殉難者の墓所・三縁寺は、元々三条通沿いのこの地にありましたが
京阪電車の地下化工事に伴い、立ち退いて岩倉に移転し、志士たちの墓もそちらへ改葬されました。
その時の移転の条件に、この碑を建てることがあったと言うことです。
駅から地上に出て東側のレンタサイクルの場所にあります。

そして近くには「小川亭跡」の碑があります。
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こちらの女主人が幕末の志士たちを庇護したのは有名な話ですね。


あと上のデータベースでは龍馬関連とか、さすがに最近よく建っているようですが
別にこちらで取り上げることもなく、くぐったら有名ですし紹介もあると思うんで省略します。
(便乗だし、別に立てるほどの価値のないようなものもあるし)
特に取材もしませんのであしからず。。。
またこのブログらしく、あまり知られていない場所を探し求めて、紹介していきます(笑)

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by enokama | 2011-10-01 23:30 | 私の好きな京都 | Comments(0)