エノカマの旅の途中

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江戸時代の旅と愛宕山登山

先日のヒストリアは「江戸・名所誕生ものがたり」と言うテーマでした。

庶民の旅行(移動)って言うのは江戸時代の体制下では縛られているように見えて
「お参り」「湯治」と言った理由があれば、比較的自由にできたそうです。
ここで「伊勢参り」が紹介されてましたが、僕が旅行の試験を受ける時に買った
参考書なんかに書いてある「旅行業の始まり」ってのが、それこそこの「伊勢参り」でした。
「講」という組織を作って、みんなでお金を積み立てて、交代ごうたいでお伊勢さんにお参りする。
その旅行を営業(番組では「お札が降ってくる」ことを言ってました)から道中の宿泊
(宿屋はそれぞれの地域で提携関係があった)、渡船の便や到着してからの観光案内・土産屋への案内など
今とも遜色ないような至りつくせりの「一生に一度の旅行」が、一般庶民まで広がった「旅行好き」の日本人を生んで行ったのですよね。。。
(抜け参宮の話もおおらかなことです)
今回取り上げられた熱海や、東北でも農閑期の「湯治」あたりは、今のライフサイクルでは
ありえないじっくりとした滞在の骨休めであって
最後のオールコックの富士登山での一般庶民とのふれあいは、それだけ当時の日本人が
金銭面に限らない「豊かな」生活をしていた証拠で
幕末に外国が無理やり力で開国や文化を押し付けたのではなく、このオールコックにしろ
ペリーにしろ、プチャーチンにしろ、その当時の日本文化や人物に触れたことにより
大の親日家として、世界に発信していったのです・・・
昭和初期の「新日本八景」として「自然」の名所を募集したときは、当時の総人口以上の投書が
あったようです!
今はどこも新幹線や高速が通って、便利になったようですが
渋滞とかゴミや環境破壊の問題・・・ゆとりのある旅行ってのは、中々できなくなってる感もあります。


話は変わってJTBに「るるぶ」ってブランドがあります。
「見る」「食べる」「遊ぶ」の略称なわけですが、幕末にそんなガイド顔負けの記録を残した
人物がいました・・・



「伊勢へ七度、熊野へ三度、愛宕山へは月参り」と言って
京都市民と、その市内最高峰・愛宕山(愛宕権現)へのお参りは古来から密接なものがあり
「火の神さま」として、火除けのお札がどこの家にでもあると言います。

「征西日記」を著した剣客・伊庭八郎(箱館戦争で戦死)は、将軍・家茂の上洛の際の御供として
上方に滞在中、回れる限りの名刹散策やグルメスポット、夜の街へ繰り出したことなど
事細かに「るるぶ」してるわけですが(笑)この中に「愛宕詣」の様子も書いてあります。
もちろん、京都ではポピュラーであって落語や壬生狂言にも「愛宕山」があるほどですんで
当然と言えば当然でしょうね。

今回の「愛宕山登山」はいつもお世話になっているAkiさんから、ここ2年ほどずっと話を聞いていて
半年前から具体的な予定を立てていた悲願でもありました!
今回はまあ、イバ八チにつきものの雨もあったけど(苦笑)みんな登れましたし
いい体験となりました。。。

(長くなったので分けます・・・続く)
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by enokama | 2011-04-29 23:21 | 私の好きな京都 | Comments(0)