エノカマの旅の途中

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前原外務大臣は、坂本龍馬の何を学びたかったのかな?

僕は別に前原さんが辞任する必要はなかったと思います。

坂本龍馬が好きで、ここ数年は毎年命日近くに霊山に墓参りに来られてました。。。
でも「龍馬が好き」って言う人は、どの部分を見て、そう思うんだろうって
僕は疑問もあるんだけど
一般的には「戦争をせずに、平和革命で日本を変えようとした」って言うのかな?
いえ違うでしょう、薩と長・薩と土を結集させて討幕に向かわせる時に
まず、中岡慎太郎が議論で説得しました…そこに龍馬が「武器、斡旋するよ」でまとまったよね!
この龍馬の実利を伴った、割り切り方は僕も好きだな(笑)
今の日中やら日露関係もそうですよ。
まともに話し合っても、わかりっこないですよ。。。


幕末の外交は川路聖謨や岩瀬忠震、中島三郎助、小栗忠順もそう
長らく「鎖国」してた国とは思えないぐらい、堂々と諸外国に臆することなく対応してたし
地方の志士たちも吉田松陰や橋本左内の意識なんて、すごく危機感を持って
多くの人たちに知られることになったことで、独立を保った維新になったんです。。。

しかしながら、外国との「不平等条約」が維新後も残ってしまったのは
優れた外交官や交渉人物はいたんだけど、肝心の政権がころころと変わってしまって・・・
大老・井伊直弼の時に「日米修好通商条約」を結んで、まあこの時はこの時でしょうがない面も
あったんだけど、これで「開国」したらいっぺんに、日本は不景気になってしまった。
そこで「攘夷」だと叫んぶ志士が暴れだしたころは、外交の当事者だった川路・岩瀬を罷免してしまった
井伊が暗殺されて、野党だった一橋慶喜や松平春嶽の政権だったんだけど
そこに長州の連中が、わっと行って「不平等な条約を破棄しろ」って迫るわけ。
でも「日本側の都合で、ころころと態度を変えるのも国際関係上よくない」ってことで躊躇してたら
またごちゃごちゃして、政権も長く続かずに幕府自体も終わってしまった。。。
維新後の不平等条約改正交渉も長くかかったからね。

ようするに「外交」は政権の安定と、継続性が必要なんですよ。
明治政府の「千島樺太交換条約」も、台湾問題も使命を帯びた人物がみっちりと交渉した結果で
榎本さんも長くロシアに行って頑張ったんですよ・・・
それが今、日本に欠けてるから「なめられるし」国際的な信用のなさが
競争力の低下になってるんです。

「20万円」でしょう。それで「竹島売る」とか言うんか?
辞める必要などない。
今必要なのは「国益」「国際信用」
また選挙して政権変わって、大臣の膿探してね・・・
いい加減に新聞も「日本の国際競争力の強化」について考えろよ。
「やめろ、やめろ」なんて馬鹿でも言えるわ!

よっぽど経済通の独裁者でも出ないと(もちろん報道統制もして)この国はよくならないんじゃないかな?
あんな、ひどい言われようのカダフィが続く理由わかる?
前の阿久根市長さん、選挙で惜敗だったんだよ。
これで新聞の世論誘導がわかるよね。

志半ばで前原さんも残念だと思います。
今思えば、尖閣で思いっきりやってほしかったな・・・
もしくは国交大臣を続けて、あの高速道路の愚策をとっとと止めて
瀕死の状態の、各地方鉄道や船舶も守ってほしかったです。

また、この辞任で今後の自身の身の振り方を考えて(あまり深い傷になる前に辞めることで)の
行動ともする報道がありましたが
また総理候補になりたいとのうんぬんよりも、今の時点での外交政策について
穴を開けてしまった責任を、これから自覚しての行動も求められると思います!
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Commented at 2011-03-07 08:13 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enokama at 2011-03-11 00:39
>鍵コメさん
おっしゃるとおりですね!
まったくクリーンってよりも、今は実行力のある人物が必要なんでしょうけどね…
我々も性急な結論を待たずに、少し待つのも肝要かもしれません。
by enokama | 2011-03-06 23:39 | 総合 | Comments(2)