寒波の京都で恒例の講演 と大河「江」~第五回
2011年 01月 30日
今年はそれにしても、しっかり寒いですね。。。
また雪は覚悟してたけど、今回はうちの周辺では意外に降りませんでした。
でも大雪で北国の方は、ほんと大変なようでお見舞い申し上げます。
大河「江」は4回目の放送でした。
トヨエツ信長は5回までの命ってことで、今日は例のごとく「本能寺の伏線」ってことで
市村光秀が追い込まれる場面が中心でありました。
「もう55歳だったら隠居せい」って迫られてましたでしょう。
これで年齢的なことでの市村氏起用は、わかった方も多いかと思います。
四国攻めのことや、中国の秀吉の応援のこと(黒田官兵衛が、あんな出方するとはね…)
光秀が家康に慰められていたり…
まあ本能寺の切り口はいろいろあるんですが、やはり無難なよく知られたような定説的な話
(豊臣史観にはなってくるんですが)今回はするんでしょうかね。
信長は「平和で安定した世にする」的なことを、保奈美さんに言って
ほろっとさせてましたけど、まあ今回は女性ターゲットですから
これでもいいのかも・・・
樹里ちゃんは今はこのキャラでいいでしょうけど、ここからどう変えて行くのかが
ポイントでしょうか。
去年は段々となんでもかんでも主人公が出しゃばって、鼻についてしまって
他の配役が「ただの脇役」にされて、他のキャラクター目的に逃げようとしてもできず
もうこんなの見られないってことになったんですけど
今回は戦国だし、それなりのビックネームはおざなりにできないし
話の流れもあると思うんで、まあ肩肘はらずに(一回ぐらい見逃しても、話には乗れるだろうし)
見ていきたいと思います!
今年も恒例の土方さんの講演(→こちら)に行ってきました。
今回は主に第二次大戦のことや、領土問題や外交に関してのこと。
企業経営者の方も多かったんですけど「政治不況」ってのも確かにあると思います。
政府の要人が国際会議に行くとする。そこへ多くの国だったら企業幹部を伴って行って
ほんとに国が先頭になって、セールスマンの役をするんですよね
(各国の新幹線売り込みのように。まあ県政レベルですが、宮崎県知事・東国原氏はそんな感じでしたけど)
数年前にトヨタが叩かれても、日本政府はなにもしなかったでしょう。
しっかりと基幹企業フォローするのも「国益」だと思うんですけど。
でも「企業と癒着」みたいにして、叩くマスコミがいるのかもしれませんけどね。
新聞なんて足引っ張ることしかしないですから。
領土問題のことにしても中韓あたりはずっと、何十年も話吹きかけてロビー活動をしてきた結果。
なんぼ「卑怯だ。根拠がない」って言っても、そんな外交は大昔からなんぼでもある。
日本でも、明治の対露交渉とか(→こちら)日露戦争の交渉なんて
(あれ以上戦争が続いてたら日本は確実に負けていた)
しっかりとした人脈があって国際的にも合法的なこともあったし、清王朝も中国史では唯一って
いいほど外交下手のこともあったし、そこら辺りにいくらでも付け込めたし
優位に進められる(日本の戦後史観では「侵略」にされてしまう訳ですが・・・)
外交はきれいごとより駆け引きだし、ときにはゴリ押しもいる。
ちゃんと歴史知ってるだけでも、外交には役立つはずなんですけどね。
ロシアに行った外交官が「あまり詳しくないんで」って言って、首にされたりしてましたけど(苦笑)
あと国際競争力はまだ日本は地力はあるけど
問題は人材の育成のようです。
留学なんて今はかなり減ってるんですが、中国なんて世界の一流どころの大学に
何百人と出してるんですよね。
そこで人脈も作ったりして、アッグレッシブな人材がどんどん出てくるんだ。
日本ではと言うと大学3年から就活。留学なんてしてたら仕事がない・・・
小さくまとまってしまうんですね。大学生活でのいろんな体験もできない。
幕末から明治の日本って、どんどん海外に人を出して国を作ったんでしょう。
福岡藩ってほんとその流れに乗れなくって、悲惨な運命になったんだけど
ただまとまって米国に留学生は送っていた。
そこで金子堅太郎のように外交畑・法務畑で活躍する人物が何人も出たりする。
今の政府は「子供手当」ただ同じように、みんな平等に配るんですよね・・・
ちょっと違うと思いますがね。。。
夜はいつものように山縣くんの庭園でした。
お世話になった皆様、ありがとうございました!
あとこの日の講演は、いつものように霊山歴史館の会議室だったんですが
たまたま、北川村の中岡慎太郎先生顕彰会の方が京都研修で来られていて(→こちら)
霊山の慎太郎墓所を清掃後、歴史館の見学をされてまして挨拶させていただきました。
それにしても、この日の霊山もたくさんの人が来てました(800人、入場したとか)
今年もまた、よろしくお願いします!
また雪は覚悟してたけど、今回はうちの周辺では意外に降りませんでした。
でも大雪で北国の方は、ほんと大変なようでお見舞い申し上げます。
大河「江」は4回目の放送でした。
トヨエツ信長は5回までの命ってことで、今日は例のごとく「本能寺の伏線」ってことで
市村光秀が追い込まれる場面が中心でありました。
「もう55歳だったら隠居せい」って迫られてましたでしょう。
これで年齢的なことでの市村氏起用は、わかった方も多いかと思います。
四国攻めのことや、中国の秀吉の応援のこと(黒田官兵衛が、あんな出方するとはね…)
光秀が家康に慰められていたり…
まあ本能寺の切り口はいろいろあるんですが、やはり無難なよく知られたような定説的な話
(豊臣史観にはなってくるんですが)今回はするんでしょうかね。
信長は「平和で安定した世にする」的なことを、保奈美さんに言って
ほろっとさせてましたけど、まあ今回は女性ターゲットですから
これでもいいのかも・・・
樹里ちゃんは今はこのキャラでいいでしょうけど、ここからどう変えて行くのかが
ポイントでしょうか。
去年は段々となんでもかんでも主人公が出しゃばって、鼻についてしまって
他の配役が「ただの脇役」にされて、他のキャラクター目的に逃げようとしてもできず
もうこんなの見られないってことになったんですけど
今回は戦国だし、それなりのビックネームはおざなりにできないし
話の流れもあると思うんで、まあ肩肘はらずに(一回ぐらい見逃しても、話には乗れるだろうし)
見ていきたいと思います!
今年も恒例の土方さんの講演(→こちら)に行ってきました。
今回は主に第二次大戦のことや、領土問題や外交に関してのこと。
企業経営者の方も多かったんですけど「政治不況」ってのも確かにあると思います。
政府の要人が国際会議に行くとする。そこへ多くの国だったら企業幹部を伴って行って
ほんとに国が先頭になって、セールスマンの役をするんですよね
(各国の新幹線売り込みのように。まあ県政レベルですが、宮崎県知事・東国原氏はそんな感じでしたけど)
数年前にトヨタが叩かれても、日本政府はなにもしなかったでしょう。
しっかりと基幹企業フォローするのも「国益」だと思うんですけど。
でも「企業と癒着」みたいにして、叩くマスコミがいるのかもしれませんけどね。
新聞なんて足引っ張ることしかしないですから。
領土問題のことにしても中韓あたりはずっと、何十年も話吹きかけてロビー活動をしてきた結果。
なんぼ「卑怯だ。根拠がない」って言っても、そんな外交は大昔からなんぼでもある。
日本でも、明治の対露交渉とか(→こちら)日露戦争の交渉なんて
(あれ以上戦争が続いてたら日本は確実に負けていた)
しっかりとした人脈があって国際的にも合法的なこともあったし、清王朝も中国史では唯一って
いいほど外交下手のこともあったし、そこら辺りにいくらでも付け込めたし
優位に進められる(日本の戦後史観では「侵略」にされてしまう訳ですが・・・)
外交はきれいごとより駆け引きだし、ときにはゴリ押しもいる。
ちゃんと歴史知ってるだけでも、外交には役立つはずなんですけどね。
ロシアに行った外交官が「あまり詳しくないんで」って言って、首にされたりしてましたけど(苦笑)
あと国際競争力はまだ日本は地力はあるけど
問題は人材の育成のようです。
留学なんて今はかなり減ってるんですが、中国なんて世界の一流どころの大学に
何百人と出してるんですよね。
そこで人脈も作ったりして、アッグレッシブな人材がどんどん出てくるんだ。
日本ではと言うと大学3年から就活。留学なんてしてたら仕事がない・・・
小さくまとまってしまうんですね。大学生活でのいろんな体験もできない。
幕末から明治の日本って、どんどん海外に人を出して国を作ったんでしょう。
福岡藩ってほんとその流れに乗れなくって、悲惨な運命になったんだけど
ただまとまって米国に留学生は送っていた。
そこで金子堅太郎のように外交畑・法務畑で活躍する人物が何人も出たりする。
今の政府は「子供手当」ただ同じように、みんな平等に配るんですよね・・・
ちょっと違うと思いますがね。。。
夜はいつものように山縣くんの庭園でした。
お世話になった皆様、ありがとうございました!
あとこの日の講演は、いつものように霊山歴史館の会議室だったんですが
たまたま、北川村の中岡慎太郎先生顕彰会の方が京都研修で来られていて(→こちら)
霊山の慎太郎墓所を清掃後、歴史館の見学をされてまして挨拶させていただきました。
それにしても、この日の霊山もたくさんの人が来てました(800人、入場したとか)
今年もまた、よろしくお願いします!
by enokama | 2011-01-30 23:14 | 歴史全般 | Trackback | Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
>鍵コメさん
確かにちょっと日程面で、バスではきついところあるかもしれませんね。
京都はどの時代を切り取っても、それぞれの見どころが残ってますんで
(まあ恵まれすぎて、ちょっと?って所もありますが)
また、お越しくださいね!
確かにちょっと日程面で、バスではきついところあるかもしれませんね。
京都はどの時代を切り取っても、それぞれの見どころが残ってますんで
(まあ恵まれすぎて、ちょっと?って所もありますが)
また、お越しくださいね!



















































