エノカマの旅の途中

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六角獄跡と竹林寺

じっくりと調査したレポや読書感想、講演の感想など書きたいんですが
なんやかんやバタバタしてまして、じっくり時間が取れません・・・
更新の方はしばらく、フォトレポートって感じで進めて行きます!

六角獄舎跡
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阪急大宮駅から真北へ向かい、六角通りを西に入ったところに
六角獄舎がありました!
今はごらんの通り、マンションが立っています。。。



元治元年(1864)7月。禁門の変で起こった火災はこの獄にも迫る勢いとなった。
獄舎には、去る6月の池田屋事件に関係した古高俊太郎、昨年に起こった討幕の魁の乱で
大和・天誅組の乾十郎、そして筑前福岡脱藩浪士で生野の乱の首謀の一人となった平野国臣。
事件が事件であり、この時勢もあって多くの未決囚が収容されていた。
獄舎ではこの囚人らの逃亡を恐れて、次々と首を刎ねた。その数30余と言う・・・
この判断には京都守護職・松平容保も、かなり怒りをあらわにしたと伝えられる。

処刑場跡によく見られる人体解剖の碑(本格的な人体解剖は我が国初めてだった)
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平野国臣らの忠霊碑など
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この向かい側には武信稲荷神社があって、今年の大河の影響で「龍馬スポット」として
紹介されるようになりました。
やはり、獄舎があったことで所縁の場所にもなったようですね。。。
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背の大きい木からは獄舎の様子も見えそうで、龍馬が登ったとか。


六角獄で処刑された志士たちの遺体は、西ノ京にあった処刑場付近に埋められてあった。
そこで維新後に改めて、この竹林寺に改葬された。
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西ノ京円町の交差点から丸太町通を東へ、天神川を渡ってすぐ川沿いを北へ上がる。
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入ってすぐの所に慰霊碑が立っています!
維新は彼らのような多くの犠牲もあって、成り立ったんですね。。。
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by enokama | 2010-12-15 23:55 | 私の好きな京都 | Comments(0)