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エノカマの旅の途中

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旅と歴史と競馬のお話をします

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「龍馬伝」第二十五回~禁門の変には中岡慎太郎もいた

すっかり中岡慎太郎、高杉晋作はいつ出るんだ~
モードになっていたわけですが、大物の登場を忘れていました。

禁門の変~神戸海軍繰練所閉鎖と今回は一気に流れてましたが
あのお方の次回登場の伏線だなと見ておりました。。。



お登勢さんと龍馬のシーン10分ぐらいありましたよね。。。
正直、今回の龍馬には思い入れも感情移入も到底できないんで、特に言うことも(苦笑)
お互いに「母上」「龍馬」と呼び合うシーンは、たぶん入れそうだなとやり取りでわかってしまいました。
やっと脚本の傾向が見えてきたのかな(でも理解不能は多いですが・・・)
でも草刈さんの女将っぷりは様になってますよね。
伏見のセットもすごくいいです!


禁門の変は真木和泉さんと来島さんが登場!
必死に止めるコゴローですが「進発論」が勝り、とうとう衝突します。
角ちゃんの来島さん、渋くてかっこいいですね~よう出してくれました。。。
しかし、そこに丸に十の家紋が。
まあ、会津も福井(村田氏寿が春嶽公の汚名を晴らすために頑張ってたんです)
もいただろってことは置いておいて(苦笑)
これから龍馬が薩摩と長州を結ぶんだッって言うことをわかりやすく(?)って意図でしょうか?

実は中岡慎太郎もこの戦いに参加していたのは、あまり知られてないかもしれません。
「思うこころは 神ぞ知るらん 大君の 辺にこそ死なめ 大丈夫の都はなれて 何か帰らん」
辞世の句も残しています。
この戦いでは天王山を含めて土佐人はいっぱい亡くなってます。
この事こそ出してほしかった気がします。
国司・来島隊の一員として中立売門で戦い、慎太郎は負傷するものの
知り合いの中沼塾同門生だった佐土原藩士の所で治療を受けて、長州に戻っています。
もう古いネタで、今はフィクションだとわかって使われなくなった話ですが
負傷した慎太郎が、薩摩陣の西郷の所に駆け寄り「薩摩はなぜ、長州にこんな仕打ちをなさる」
(おそらく「維新 土佐勤王史」に載っていた)と迫った話。
確かにあってもおかしくないように感じるんです(たぶん田中光顕が噛んでるのでしょうけど)
また、こののち福岡藩士・早川勇と「長州救済」にむけて、小倉で西郷さんと対面した時
「先年、京都ではどうも」とした記録も残っているので、すでに会っていた可能性もあります!



神戸海軍繰練所はとうとう閉鎖となります。
まあ、閉鎖の理由はもっといろいろな要素もあったようですがね。。。
もう与之助さんの庄内弁は聞けなくなってしまうのでしょうか(泣)
史実では与之助はこの後も摂海の海防担当として、幕末末期まで大坂に滞在します。


土佐はここで武市の毒饅頭が出てきました(リアルすぎ・・・)
このあたりの経緯は、右のライフログに載せている松岡司さんの「武市半平太伝」や
平尾道雄さんの各著書で、しっかり読んでいただきたいと思います。
ほんと最近、以蔵のこと一つ取っても半平太に対しての誤解・中傷が多いのが悲しいです。
それはそんな誤解を招く本も結構あるからです。

もう実名出します。
産経新聞で連載されていた山内昌之って人の本。
幕末の人物と現在の政治を無理やり絡めたような(先人に失礼だ)特に説得力もない文章ですが
そして主な引用が主に中村彰彦って・・・正直偏りも激しい。
東大の権威か(イスラムが専門)なんかわからないけど、幅広いようでも薄すぎる。
それを同じような切り口で書くから無理がある(童門冬二にも言えること)
そんで、新聞記事だからそれを引用してブログに書いたりするわけで
ワーっと中途半端に広がるもんだから、たちが悪いんですよ!


すいません・・・話飛びました。
来週の西郷さんは楽しみにしています!

Commented at 2010-06-21 16:48 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enokama at 2010-06-21 21:10
>鍵コメさん
初めまして。ご指摘、感謝いたします!
僕の手持ちの長州関連蔵書で片っ端から読んでみたんですが
やはり、桂の禁門の変の時の動きを書いた物がありませんでした。
正直、勉強不足で認識不足でした・・・
ネットでくぐったら、真木和泉らの進発論を抑えようと動いているんですね。。。
また図書館で調べて具体的な動きを確認してみたいと思います!
(本文も訂正しておきます)
ありがとうございました!
Commented by たいがー at 2010-06-21 23:16 x
エノカマさま
こ、こちらこそ丁寧なお返事、恐縮です!(汗
禁門の変には、中岡慎太郎の他、池内蔵太や那須信吾のお父さんも参加していますよね。
土佐勤皇党は、藩の後ろ盾がないので苦労したと思います。
桂さんは明治政府の高官になってからも、軍人が政治家を兼務するのを、生涯嫌いました。のちの太平洋戦争のことを考えると、先見の明があったんですね。
それは禁門の変で、進発をくいとめられなかった経験から、学んだという説があります。
Commented by 閑山亭石翠 at 2010-06-22 23:24 x
すみません余計なお節介ですが、桂さん、久坂さんの伝記物の紹介です。

「松菊木戸公伝」 妻木忠太著
「久坂玄瑞」 武田勘治著

妻木さんは元長州藩士でこちらは昭和初期頃に書かれたようです。一度図書館で借りたのですが、口語体で書かれているので読み進まず挫折しました(汗)現代語訳をどなたかが書いてらっしゃるようなので(著作者、出版社すみません失念)勉強熱心なエノカマさん、お時間あればお読み頂き、またこちらで(不勉強な自分に)教えて下さい。

お邪魔しました、以上ご参考までに。
Commented by enokama at 2010-06-24 01:40
>たいがーさん
明治維新になってからの木戸は「文民統制」を主張してましたね。
そのきっかけだったんですか!
その後の憲法論や、桂太郎あたりはどうだったんだ・・・
ここも相変わらず長州が絡んでくるところですね。
Commented by enokama at 2010-06-24 01:44
>閑山亭石翠さん
情報ありがとうございます。
正直、高杉本・松蔭本はあっても、コゴロー本はあまり知りません
ので(だから無知なんだ 苦笑)
紹介ありがたいです!

今年は土佐(これから慎太郎も出てくるし)で手一杯なんで
また落ち着いてから、読んで行きたいです
Commented by ゆずぽん at 2010-06-27 21:32 x
こんばんは!おひさしぶりです^^
産経の新聞記事は毎週木曜日のアレですよね!
わたしもこの半平太の記事読んで「なぬっ?@@」と
このテロリスト扱いに唸ってました。
龍馬伝の脚色具合もだんだんひどくなってきてて・・・
愛の蛍の話とかの小道具使いの演出の上手さとライティングの上手さはいいのですが・・・
弥太郎尋問役とか、毒盛り役とか・・・無理あるでしょ
・・・でも一般の人から言わせれば「ドラマなんだから
脚色は仕方ないでしょ!」って言われるし。><
龍馬伝観るたびに正直、心中複雑です。
Commented by ゆずぽん at 2010-06-27 21:32 x
>負傷した慎太郎が、薩摩陣の西郷の所に駆け寄り「薩摩はなぜ、長州にこんな仕打ちをなさる」
(おそらく「維新 土佐勤王史」に載っていた)と迫った話。

これ、よく劇中などでも場面としてあったようですね。
実際のところはよくわからないですが
寺尾先生の本には「これは創作では無く事実だと思う」ことが書いてありましたね。
なんか、西郷と慎太郎が対面し、その一年後に
再会談した折の記録の中に
「さて先年、天王山において段々歎願も致し候らえども・・・」
という一文がちゃんと残っていると。
現実に会ったということならば、さらに興味深いのですが^^
Commented by enokama at 2010-06-29 23:11
>ゆずぽんさん
この新聞連載ですけど、こんなに好き嫌いがあっていいもんかな
と思ってしまいます。
世良修蔵なんか無茶苦茶書かれ過ぎで
批判をされないような弱い、無名な立場の人物には容赦しないのかなと・・・
強い権力には何も言えない今のマスコミの内情がよく出ていると思います!
Commented by enokama at 2010-06-29 23:19
「維新 土佐勤王史」自体が信用できないってことは
いろんな人に聞きますからね!
でも慎太郎は中沼塾の入門も、西郷に近づきたかったことですし
現実にあったとしても、無理じゃない話でもありますね。

このへんは田中光顕あたりが口述録、残してないのかな?
どうしても聞く人は高杉晋作・坂本龍馬になってしまうんで
慎太郎が意外に語られないんですよね(泣)
by enokama | 2010-06-20 23:55 | ドラマ感想 | Comments(10)