エノカマの旅の途中

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京の冬の旅~退耕庵・即宗院

(2月28日 散策・撮影)
先月最後の日曜日。
mixiでイベントを立てて、京都へ幕末史跡めぐりに行ってきました!

朝10時半に東福寺駅を集合・出発。
目的は「京の冬の旅」公開中の、東福寺塔頭・長州藩ゆかりの「退耕庵」と薩摩藩ゆかりの「即宗院」です。
何度か訪れてますが(→関連記事)今回は特に幕末ゆかりの展示があるので行ってきました。

「退耕庵」は完全に画像は撮れませんのでレポだけですが
今回の特別展示は、長州藩士・品川弥二郎作詞と言われる「トコトンヤレ節」の歌詞を書いたかわら版と
戊辰戦争を描いた版画で、これは色鮮やかに染色がしてあって、当時を伝える物としては珍しいん
じゃないでしょうか。
品川と言えば「錦の御旗」の仕掛け人だし、このあたりはイメージ戦略に長けた人だったんですね!
南庭の苔の覆われた緩やかな起伏で表現された「真隠庭」はいつ見てもいいものですが
春になると、赤いつつじに覆われてとてもきれいなんだそうです。
ただし最近の公開は、ここ数年は冬の年一回(2ヶ月ほど)になってるんで
違う季節(以前は秋もあったように思います)に来たら、また違った景色も見られると思いますんで
ぜひ公開をお願いしたいですね!

「即宗院」は例年紅葉のころ、11月に公開されてるんですが
今回は幕末がテーマと言うことで、特別に今の時期に公開されています。
秋の公開は庭の見学と、裏山にある西郷隆盛揮毫の「薩摩藩士東征戦亡之碑」を見ることが
できるんですが(拝観200円・だからこの碑を見られるのは年1回だけになる)
今回は統一の600円となり、いつもは入らない本堂の中に特別展示があって上がって見学してきました。




展示はこの碑の拓本(西郷さん自筆)と、丸に十の島津家紋入りの火鉢と重箱。
元々島津家は京都が発祥で、守護大名として薩摩に行ってから名家となったんですが
その京都島津の菩提寺として創建されたのが始まりで、開山・玄柔和尚は島津藩主の養子であった人物であり
所縁以上に島津家そのものと言え、この土地も薩摩藩の領地と言えるものでした。
ですから幕末に、西郷隆盛が隠れ家とするには最適な地であったのです。
庭の説明もガイドさんがしてくれて、普段入れない一番奥のあたりも本堂から見ることができました。
平安後期からの庭もあったそうで、当時の滝の跡なども発掘されて復元された所も見てきました!

裏山に登って「薩摩藩士東征戦亡之碑」の地にも行ってきたんですが
こちらにもしっかりガイドさんがおられて説明を聞いてきました!
こちらには慶喜・容保の文字が見えるように、戊辰戦争のいきさつが簡潔明瞭に書いてあります。
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19歳で亡くなったんですね。。。
鳥居近くの一番手前の小さい碑です。
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またこの高台にも大砲が備え付けられ砲撃をしました。
旧幕軍からしたら薩摩の土地ですし、この地も知らなかったんでしょうね・・・

ガイドの方がとても西郷さん好きなようで、しばらく西郷談義をしてきました(笑)
この裏手にも薩摩人の墓があると教えてもらい、行ってきました(案内はできませんとのこと)
京都府知事にもなった薩摩脱藩士で、土佐・後藤象二郎の書生となった一風変わった人物・
中井弘(当時は田中幸助)のでっかい墓がありました(結局、墓は薩摩だったんですね)
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by enokama | 2010-03-08 22:55 | 私の好きな京都 | Comments(0)