エノカマの旅の途中

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南禅寺の紅葉と横井小楠墓所

(11月29日 撮影)
山門
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水路閣
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天授庵
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天授庵はちょうど山門の南に位置する南禅寺きっての古刹である。
本堂の山時代の名人・長谷川等伯の襖絵(未公開)、枯山水の庭園(画像)・本堂南側の池泉廻泉式庭園
(今回は紅葉が終わってしまって残念でした)が公開されている。
代々細川家との所縁が深く、山沿いの細川家廟所や肥後藩士の墓(結構多い)に続いた場所に
横井小楠墓所がある。



文久三年(1863)福井藩挙藩上洛計画(→関連記事)を中心になって推進した小楠は
その計画挫折により、数次・足かけ6年に亘って務めた福井藩顧問を追われ、8月に故郷、熊本に帰る。
しかし各論各派乱立する故郷・熊本藩政は従来より「議論倒れ」と言われ、幕末もその姿勢は一貫性を欠いて
逸材・小楠でさえも安住の地ではなかった。
幕末きっての賢候と言われた松平春嶽の下でこそ「幕末きっての先覚者」として、その理論の実践の場となり
「富国富民」と称された政策は次々と福井藩で実行(「福井藩」のカテゴリもごらんください)に移されたのだ。

そしてその12月、それまでも数々の酒での失敗(この手の先生方はなぜか酒乱が多い 苦笑)や
「士道忘却事件」もあって知行召し上げ・士籍剥奪となり(死罪に近かった)その生活も困窮を極めた。
しかし、その名声は引き続きの指導を求める福井藩(生活費の援助も行った)、小楠信奉者が多く
その理論を実行した柳川藩などからは再三、使者が意見を請いに来ていた。
また幕臣・勝海舟も彼の信奉者であり、その門人の土佐・坂本龍馬が数度にわたって沼山津の蟄居を
訪れた話は有名である。
「舟中八策」は小楠の理論のアレンジであり(「舟中八策」なるものの存在有無は不明だが)
福井藩士・三岡八郎(由利公正)起草の「五箇条の御誓文」も、小楠の弟子だからこその物である。

明治と改元(1868年)した新しい世の中となり、蟄居中だった小楠は朝廷より召命を受ける。
藩では厄介者扱いであり、藩庁も度々断るが(弟子の三岡八郎の召命も福井藩は同じ様な態度を取った)
4月になって上洛が実現、新政府より微士・参与を任命される。
この時60歳、太政官内では最年長でその見識が期待されたが、高齢ゆえの体調不良にも見舞われていた。
その後、体調は回復の兆しを見せ養生しながらの勤務が続いた。

しかしながら明けて明治2年(1869)正月5日。
売国(開国論)姦計(天皇廃帝論・キリスト教布教の許可)の斬奸状を携えた十津川郷士を中心とした
刺客団に御所の南(寺町丸太町下ル)で襲撃され暗殺された。
その背景には元来、攘夷派の多い公卿らからの教唆もささやかれ、小楠らの急進政策を喜ばない
保守勢力からは寛天論も持ち上がった(大村益次郎暗殺時にもこういう動きがあった)
もちろん、彼の中では「天皇制への疑問」や開国論とともに各国と付き合う上での「キリスト教への理解」
の項目も実際にあったようだ。
(日露同盟論・キリスト教の容認などは、小楠の影響を受けた橋本左内も持っていた)
この後ほどなくして京都では大村益次郎も暗殺されるが、急速な改革の先頭に立つ者はそれこそ命がけ
だったのである(この一連の暗殺には明治天皇からも異例の警告も発せられた)
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横井小楠墓所にある暗殺状況を記す碑
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墓所(沼山津の沼山の文字が)
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向かい側には梁川星巌夫妻の墓
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安政の大獄では梅田雲浜らと共に尊攘派浪士の指導者とされ、検挙の手が伸びたが
その直前にコレラで死去し、詩人にかけて「死に(詩に)上手」とも言われた。
妻の紅蘭も激しい尋問に耐え、その後も志士たちの支援を続けた・・・
日本で始めて新婚旅行をしたとされる。お互いに信頼をし合ったいい夫妻だった(→こちら
紅蘭女史は明治中頃まで生き、76歳で天寿を全うした。
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Commented at 2017-01-28 14:32 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by enokama at 2017-02-09 17:38
あまり最近は書けていないんですが、また福井とのつながりも含めて調べられたらと思います。
by enokama | 2009-12-04 23:21 | 横井小楠の周辺 | Comments(2)