エノカマの旅の途中

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北川村~向学の道ウォーク

北川村過去記事
2006年7月
(2007年9月 その1その2

9月22日(祝)
高知駅を8時30分発のごめんなはり線(→HP)直通快速に乗って北川村の玄関口である終着駅・
奈半利駅に9時40分着。
起点から終点まで乗るので「全線フリー券」が得かなと思って車掌さんに聞いたんですが、残念ながら
線内は1日用のみで2日用がない(今日は奈半利に泊まるので)との事。
この線に乗って北川行って、室戸を回って、帰りに安芸に寄るような方には2日用(5000円・奈半利から先のバス
も一部可)もあるようですが、今回のプランには合いませんでした・・・

奈半利駅からは連絡の北川村営バスに乗り換えて、北川村の誇る名所の一つ・モネの庭(→HP)に到着しました。
今日はここから、中岡慎太郎が幼少から青年期にかけて、学校に通った山越えの道「向学の道」を歩きます!

慎太郎の師・島村策吾の碑(モネの庭から歩いて5分ほど)
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大庄屋の跡取りとして生まれた慎太郎(幼名・福五郎もしくは福太郎)は、この北川郷を治めるに
ふさわしい人間になってもらう事を願って、父・小伝次の方針もあり幼少のころから学問に励みました。
4歳になったころから、地元の菩提寺・松林寺の禅定和尚に手習いを受け
7歳の頃からは途中に山越えもある約3キロの道を歩き、奈半利郷・野友(現在は北川村に編入し
役場所在地で中心の集落)の漢方医・島村策吾塾に四書を使った儒学を学びます。
授業は午前8時から午後2時で(早めに始まり、終わるのは家に帰ってからの仕事もあるからのよう)
慎太郎の足でも1時間強はかかっただろうし、冬はまだ薄暗い時間から歩いてたのでしょう。
14歳の頃には師匠に代わって、代講も務めたと言われます。

野友の塾があったあたり(奥さんの兼も、野友の庄屋・利岡家の娘だった)
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17歳のころからは田野(奈半利川河口の西側の町)までさらに足を伸ばし
このころ藩によって設立された田野学館(現・中芸高校敷地)に通うようになります。
ここで学問の師・間崎哲馬(滄浪)や剣術の師・武市半平太(瑞山)に出会い、彼に大いに影響を与え
のちに高知市内・江ノ口の間崎の私塾へ、また武市道場に寄宿するようになり
彼らが中心となって結成された「土佐勤王党」には、他の武市門下生と共に加盟し
幕末の志士への道へとつながって行きます・・・

つづく
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Commented by わだん at 2009-10-02 00:32 x
モネの庭は行ってないけど・・・

向学の道ウォークはしてみたいなぁ~
Commented by ji5isl at 2009-10-02 21:31
慎太郎の師・島村策吾の碑・・・あるのを知らんかった。
野友の塾があったあたり・・・まだ把握しておりません
まだ探索の余地が (^^ゞ
Commented by enokama at 2009-10-03 05:50
>わだん さん
これは行く価値ありですよ!
比較的歩きやすいですし。
Commented by enokama at 2009-10-03 05:51
>ji5islさん
モネの庭への上がり口ぐらいですね。
写真の通り、立派なものです!
by enokama | 2009-09-30 23:26 | 中岡慎太郎関連 | Comments(4)