北方領土と黒田清隆
2009年 02月 19日
新聞の社説より
ロシアとの経済協力の進展を、懸案の北方領土問題の打開にどうつなげるのか。
政府は、ロシアと粘り強く交渉を重ね、北方4島の帰属問題を解決していかねばならない。
麻生首相が、日本の首相として戦後初めてサハリン(樺太)を訪れ、メドベージェフ露大統領と会談した。
大統領は領土問題に関し、「新たな独創的で型にはまらないアプローチ」の下で作業を加速すると表明した。4島の帰属や返還を巡り、新たな打開案を探る意向を示したと受け止められている。
首相は会談後、「向こうは2島(返還)、こっちが4島では進展しない。これまでの宣言や条約などを踏まえ
政治家が決断する以外、方法はない」と語った。
領土問題に意欲的に取り組む姿勢を示したのだろう。ただ、政治的な成果を急ぐ余り、日本が長年守って
きた立場を損ねることがあってはなるまい。
ロシアは、平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を引き渡すとした1956年の日ソ共同宣言に基づく解決を
主張してきた。
しかし、国後、択捉両島を含めた4島は、日本固有の領土だ。
首相は外相当時の06年、国後、歯舞、色丹の3島返還論などに言及したことがある。ロシアの専門家には
「2島返還プラス国後、択捉の共同開発」による解決を探る動きもあるという。
5月のプーチン首相の来日が次の節目となる。領土交渉は国益に直結する。
ロシアの狙いを見極め、慎重に進めることが肝要だ。
会談では、ロシアが北方4島に入域する日本人に「出入国カード」提出を求めている問題の打開を急ぐこと
も確認した。ロシアは領土問題に本気で取り組むつもりなら、解決策を講じるべきだ。
首相は今回、大統領の招きに応じ、日本企業も出資する原油・天然ガス資源開発事業「サハリン2」の
稼働式典に出席した。
サハリン2はロシア初の液化天然ガス(LNG)輸出事業だ。経済危機にあるロシアは、天然ガスの販路を
欧州からアジア・太平洋にも広げ、日本から技術や投資を呼び込みたいのだろう。
日本にとっても、ロシアからのLNGの輸入は、エネルギー供給源の多様化につながる。
ただ、サハリン2は、事業の最終段階でロシア政府が強引に経営権を奪取した。日本政府は、経済協力
を進めるにあたっては、ロシアに投資環境の透明化を求めていかねばならない。
(2009年2月19日01時37分 読売新聞)
今、黒田清隆について興味を持って調べていることもあって、この事を取り上げます。
以上の記事で首相は「官僚まかせにせず、政治判断も必要」と言っていますが、もう先のない政権とは
全世界から見られてるんで、今の外交ではまともには相手にしてもらえないでしょう。
結果、霞ヶ関にしがみついている、現地内情もよく知らない官僚がするしかないんです。
諸外交にどんどん切り込んで解決していった、田中角栄クラスの宰相・・・もう出てこないでしょうか。
国に多大な貢献をした人物でも、平気で最後は「汚名」を着せ功績を認めないような風潮は(田沼意次、
西郷隆盛、板垣退助、そして黒田もそう・・・)この国の悪しき伝統です。
文中の「2島返還プラス国後、択捉の共同開発」は
「北方領土はライフワーク」と言って、勢力的に「政治主導」で動いていた鈴木宗男氏の論そのものです。
この人も結局、官僚に潰されました・・・
当時のニュースは「疑惑のデパート」って言って、一方的に悪いような報道がされてましたが
事細かなところまで責めると「政治活動なんかまったくできない」ってレベルまで行ってました。
まったくクリーンでも仕事のできない人と、ごり押しでも仕事ができる人(敵は作ってしまいますが)
後者はなかなか認められないんですかね・・・
鈴木氏は「段階的返還論」と称し、民間レベルの人道的な地道な交流から入ってましたし
漁船の「領海侵犯」等の強権行動はみられませんでしたが、鈴木氏失脚後はやはり、血の流れる事態
も現れてしまいました。
官僚は地元の意向や現状などは把握などしてないでしょう。
頭ごなしに「四島返還せよ」って言うだけで、ずっと交渉は停滞したままです。
「二島返還」をとりあえず実現して、交流のレベルを上げた上で交渉を進めるのも、今のまんま長い間
停滞させておくよりもいいと思うのですが・・・
<北方領土の経緯>
1858年 「日露和親条約」樺太(サハリン)は両国雑居。千島列島は択捉/ウルップ島を国境と定める。
1875年 黒田清隆・北海道開拓使は樺太放棄を決断。モスクワに意を受けた榎本武揚を派遣
「千島・樺太交換条約」を結ぶ。
1907年 日露戦争後、南樺太を領有。
1945年 第二次大戦で「日独ソ不可侵条約」をソ連が放棄し、対日戦に参戦。以降、北方領土はソ連
が占有。
今の領有の根拠は1858年の国境設定にあります。
維新後、両国民雑居となった樺太では、民族間対立があり治政(のちに京都の名知事になった北垣国道がいた)
も困難を極めました。
そこで、黒田は対露対策に「屯田兵」(武士の失業対策もあった)を置き、常時は北海道の開拓事業を
いざと言う時は防衛のための戦力としました。
樺太に関しては問題の多い(気候面も)点や、北海道内の開拓もまだまだ進まない状態だったので
領地を放棄し、道内に人材資源を集中させる判断をしました。
黒田は「領土拡張論」よりも「内治論」を取ることにより、主張は大久保利通と近いものとなり
のちに一番弟子を自認していた西郷隆盛とは袂を分かつこととなります。
ちなみに「千島・樺太交換条約」後、黒田は樺太を引き上げたアイヌ人に対し、札幌近郊の農耕作業に
従じさせます。
しかし、それまでの狩猟生活中心から一変した生活はうまく行きませんでした。
その事業では「アツシ判官」(アイヌ人の民族衣装を好んで着用することも多かった)と言われ、アイヌ人の
伝統生活を重んじた施策を取ってきた大判官の庄内出身・松本十郎と対立、松本は辞任し庄内に帰って
しまいます。
その後の経緯で今は「千島・樺太」はロシアの占有となっていますが、領土って時代時代で変遷するもの
だし、どういう主張がいいのかは僕にはわかりません。
大事なのは、日本に戻ってきてからのビジョンがしっかりできるかどうかでしょう。
今の日本は地方をないがしろにしすぎです。対馬もひどい状態ですし、黒田や榎本の夢見た大地・北海道
も地盤沈下が言われて久しいし、人口流出も止まりません。
東京だけしか見ていない官僚や政治家は、とりあえず飛行場と港は整備って言うんだろうな。
でも、北の最果ての地で肝心の人の定着できるような基盤作りってできるのだろうか。
そのあたりが一番の課題だと思います。
ロシアとの経済協力の進展を、懸案の北方領土問題の打開にどうつなげるのか。
政府は、ロシアと粘り強く交渉を重ね、北方4島の帰属問題を解決していかねばならない。
麻生首相が、日本の首相として戦後初めてサハリン(樺太)を訪れ、メドベージェフ露大統領と会談した。
大統領は領土問題に関し、「新たな独創的で型にはまらないアプローチ」の下で作業を加速すると表明した。4島の帰属や返還を巡り、新たな打開案を探る意向を示したと受け止められている。
首相は会談後、「向こうは2島(返還)、こっちが4島では進展しない。これまでの宣言や条約などを踏まえ
政治家が決断する以外、方法はない」と語った。
領土問題に意欲的に取り組む姿勢を示したのだろう。ただ、政治的な成果を急ぐ余り、日本が長年守って
きた立場を損ねることがあってはなるまい。
ロシアは、平和条約締結後に歯舞、色丹の2島を引き渡すとした1956年の日ソ共同宣言に基づく解決を
主張してきた。
しかし、国後、択捉両島を含めた4島は、日本固有の領土だ。
首相は外相当時の06年、国後、歯舞、色丹の3島返還論などに言及したことがある。ロシアの専門家には
「2島返還プラス国後、択捉の共同開発」による解決を探る動きもあるという。
5月のプーチン首相の来日が次の節目となる。領土交渉は国益に直結する。
ロシアの狙いを見極め、慎重に進めることが肝要だ。
会談では、ロシアが北方4島に入域する日本人に「出入国カード」提出を求めている問題の打開を急ぐこと
も確認した。ロシアは領土問題に本気で取り組むつもりなら、解決策を講じるべきだ。
首相は今回、大統領の招きに応じ、日本企業も出資する原油・天然ガス資源開発事業「サハリン2」の
稼働式典に出席した。
サハリン2はロシア初の液化天然ガス(LNG)輸出事業だ。経済危機にあるロシアは、天然ガスの販路を
欧州からアジア・太平洋にも広げ、日本から技術や投資を呼び込みたいのだろう。
日本にとっても、ロシアからのLNGの輸入は、エネルギー供給源の多様化につながる。
ただ、サハリン2は、事業の最終段階でロシア政府が強引に経営権を奪取した。日本政府は、経済協力
を進めるにあたっては、ロシアに投資環境の透明化を求めていかねばならない。
(2009年2月19日01時37分 読売新聞)
今、黒田清隆について興味を持って調べていることもあって、この事を取り上げます。
以上の記事で首相は「官僚まかせにせず、政治判断も必要」と言っていますが、もう先のない政権とは
全世界から見られてるんで、今の外交ではまともには相手にしてもらえないでしょう。
結果、霞ヶ関にしがみついている、現地内情もよく知らない官僚がするしかないんです。
諸外交にどんどん切り込んで解決していった、田中角栄クラスの宰相・・・もう出てこないでしょうか。
国に多大な貢献をした人物でも、平気で最後は「汚名」を着せ功績を認めないような風潮は(田沼意次、
西郷隆盛、板垣退助、そして黒田もそう・・・)この国の悪しき伝統です。
文中の「2島返還プラス国後、択捉の共同開発」は
「北方領土はライフワーク」と言って、勢力的に「政治主導」で動いていた鈴木宗男氏の論そのものです。
この人も結局、官僚に潰されました・・・
当時のニュースは「疑惑のデパート」って言って、一方的に悪いような報道がされてましたが
事細かなところまで責めると「政治活動なんかまったくできない」ってレベルまで行ってました。
まったくクリーンでも仕事のできない人と、ごり押しでも仕事ができる人(敵は作ってしまいますが)
後者はなかなか認められないんですかね・・・
鈴木氏は「段階的返還論」と称し、民間レベルの人道的な地道な交流から入ってましたし
漁船の「領海侵犯」等の強権行動はみられませんでしたが、鈴木氏失脚後はやはり、血の流れる事態
も現れてしまいました。
官僚は地元の意向や現状などは把握などしてないでしょう。
頭ごなしに「四島返還せよ」って言うだけで、ずっと交渉は停滞したままです。
「二島返還」をとりあえず実現して、交流のレベルを上げた上で交渉を進めるのも、今のまんま長い間
停滞させておくよりもいいと思うのですが・・・
<北方領土の経緯>
1858年 「日露和親条約」樺太(サハリン)は両国雑居。千島列島は択捉/ウルップ島を国境と定める。
1875年 黒田清隆・北海道開拓使は樺太放棄を決断。モスクワに意を受けた榎本武揚を派遣
「千島・樺太交換条約」を結ぶ。
1907年 日露戦争後、南樺太を領有。
1945年 第二次大戦で「日独ソ不可侵条約」をソ連が放棄し、対日戦に参戦。以降、北方領土はソ連
が占有。
今の領有の根拠は1858年の国境設定にあります。
維新後、両国民雑居となった樺太では、民族間対立があり治政(のちに京都の名知事になった北垣国道がいた)
も困難を極めました。
そこで、黒田は対露対策に「屯田兵」(武士の失業対策もあった)を置き、常時は北海道の開拓事業を
いざと言う時は防衛のための戦力としました。
樺太に関しては問題の多い(気候面も)点や、北海道内の開拓もまだまだ進まない状態だったので
領地を放棄し、道内に人材資源を集中させる判断をしました。
黒田は「領土拡張論」よりも「内治論」を取ることにより、主張は大久保利通と近いものとなり
のちに一番弟子を自認していた西郷隆盛とは袂を分かつこととなります。
ちなみに「千島・樺太交換条約」後、黒田は樺太を引き上げたアイヌ人に対し、札幌近郊の農耕作業に
従じさせます。
しかし、それまでの狩猟生活中心から一変した生活はうまく行きませんでした。
その事業では「アツシ判官」(アイヌ人の民族衣装を好んで着用することも多かった)と言われ、アイヌ人の
伝統生活を重んじた施策を取ってきた大判官の庄内出身・松本十郎と対立、松本は辞任し庄内に帰って
しまいます。
その後の経緯で今は「千島・樺太」はロシアの占有となっていますが、領土って時代時代で変遷するもの
だし、どういう主張がいいのかは僕にはわかりません。
大事なのは、日本に戻ってきてからのビジョンがしっかりできるかどうかでしょう。
今の日本は地方をないがしろにしすぎです。対馬もひどい状態ですし、黒田や榎本の夢見た大地・北海道
も地盤沈下が言われて久しいし、人口流出も止まりません。
東京だけしか見ていない官僚や政治家は、とりあえず飛行場と港は整備って言うんだろうな。
でも、北の最果ての地で肝心の人の定着できるような基盤作りってできるのだろうか。
そのあたりが一番の課題だと思います。
by enokama | 2009-02-19 11:18 | 歴史全般 | Trackback | Comments(3)
黒田さんについて調べてらっしゃるのですねー。
私も知りたいと思いつつ、とてもそこまで回らずにいるので
エノカマさんの調査の続き、期待して待っていますvv
>とりあえず飛行場と港は整備って言うんだろうな。
でしょうねぇ…。私の知人が、どうせ返還されても、せいぜいが
自然をぶっ壊して観光地化される程度なんだから
今のままの方がよっぽど幸せかも…と言っていたことを思い出しました。
ま、これはある意味極論かもしれませんが(苦笑)、
どうするのが島にとっても人にとっても地球にとっても最適かを
きちんと考える必要がありますよね。
私も知りたいと思いつつ、とてもそこまで回らずにいるので
エノカマさんの調査の続き、期待して待っていますvv
>とりあえず飛行場と港は整備って言うんだろうな。
でしょうねぇ…。私の知人が、どうせ返還されても、せいぜいが
自然をぶっ壊して観光地化される程度なんだから
今のままの方がよっぽど幸せかも…と言っていたことを思い出しました。
ま、これはある意味極論かもしれませんが(苦笑)、
どうするのが島にとっても人にとっても地球にとっても最適かを
きちんと考える必要がありますよね。
>Aki_1031さん
>黒田さんについて調べてらっしゃるのですねー。
調べてると言っても資料が、井黒さんの著書ぐらいしかないんですけどね(苦笑)
手に入れたいのですが、なかなかネットで引っかからないので図書館で読んでいます。
合わせて庄内のワッパ騒動とか、あの鬼県令・三島通庸あたりも調べてるんですが
貸し出しの出来ない本が多いので、図書館に篭もって調べています!
また、アップして行きます・・・
>黒田さんについて調べてらっしゃるのですねー。
調べてると言っても資料が、井黒さんの著書ぐらいしかないんですけどね(苦笑)
手に入れたいのですが、なかなかネットで引っかからないので図書館で読んでいます。
合わせて庄内のワッパ騒動とか、あの鬼県令・三島通庸あたりも調べてるんですが
貸し出しの出来ない本が多いので、図書館に篭もって調べています!
また、アップして行きます・・・
あと、北方領土に関しては今の日本だと戻ってきたとしても
今住んでいるロシアの人たちを追い出したとしても、好き好んで
最果ての地に、住もうとする人はいないと思います。
ただし、千島に関しては漁業権あたりの兼ね合いもありますし緊張
を取りのぞいた上で、お互いの交流を深めた上で結論を出して行けばと思います。
まあ、これこそ鈴木さんの方針だったんですがね・・・
バカな官僚が、みんな壊してしまったんです。
今住んでいるロシアの人たちを追い出したとしても、好き好んで
最果ての地に、住もうとする人はいないと思います。
ただし、千島に関しては漁業権あたりの兼ね合いもありますし緊張
を取りのぞいた上で、お互いの交流を深めた上で結論を出して行けばと思います。
まあ、これこそ鈴木さんの方針だったんですがね・・・
バカな官僚が、みんな壊してしまったんです。



















































